第十六話 「獣を狩る」
シュラーゲル王国の国都ケルガルムに限らず、基本的に国の重要地点である国都の警備は厳重である。特に魔物の統率に関しては時に国の命運を分ける時もあるため、総力を挙げて監視している。
国の命運をも乱すことがあるならば魔物は全て駆逐するべきであるという意見が出されるだろうが、それは不可能である。原初の魔物達は人間から誕生したと言われている。魔道に堕ちた人間が創造し、「天」、「地」、「海」の三つに呪いをかけた。その呪いを打ち消さんと身を削ってまでも立ち向かう者もいたが全て失敗に終わった。
魔物は呼んで字のごとく、魔に生きる生物の総称である。呪いをかけられた「天」と「地」と「海」から、降り立つ。もしくは、生まれ落ちた時より「魔」のエネルギーを抱えている人間より生まれる。
人間より創造される際は「魔」のエネルギーが一定量溜まると外へと放出される。そのエナジーが結晶化し実体として具現化されるのが魔物。「天」、「地」、「海」の時も同じでありその流れを抑制さえできれば良いのだが魔のエネルギーを止められる人間はいない。
魔の結晶が大きければ大きい程、獰猛な怪物へと化ける。基本的にその魔物どもを狩るのは国の兵士、騎士達ではなく、「ハンター」や「冒険者」と呼ばれるもの達である。狩った報酬としてお金や高額な値段で売ることが可能な魔物の一部を入手できる。
だが、偶然なのか、シュラーゲル王国にはそれらの役職が存在しなかった。そのため、他国と比較するとやや魔物の管理が雑であり被害に遭う人は少なく無かった。だが運が良いことに大きな結晶となる魔物は滅多に無く、現皇帝が即位してからは一度も無い。
だが、それはある意味このように捉えることが出来る。
「魔のエネルギーがどこかで詰まっているのではなないか」と。エネルギーが消費されずにどこかに蓄積されているとしたら、限界を越えた時、それは爆発的に結晶化する。
加えて、そこにまた偶然が重なる。
今宵は紅魔の月である。その日の夜、魔物は活発的に動き、やつらの能力値は跳ね上がる。ここ数十年はエネルギーの消費がとても少ない。今夜は、過去最悪なほど被害が広がり多くの人間が死に至るだろう。国都が抱える人口は他の都市とは比べものにならない。
そこに重なる形で起こるのが、かの帝国の進行。人間だけでなく異生物も相手にする必要がある。
◇◆◇◆◇◆◇◆
衝撃音を耳にしたジュラル、ウリル、ミユの三人はあらかじめ造り上げていた抜け道を目指して広間を目指している。
「して、抜け道はどこに繋がっているのでしょうか」
三人並列走行をし、中央を走るジュラルがそう語る。たとえここから抜け出すことが出来たとしても抜けた先で敵と出くわしてしまっては意味が無い。
「そこまでの詳細は語られませんでした。ですが、安全な道に出るようになっているみたいですよ」
「転移魔法陣が組まれているのか、道が掘られているのかどちらでしょうか」
「うーん、でもここら出られるならなんでもおっけー!」
「ダメですよ姉様、魔法陣ならまだしも長い道のりだった場合、先程のような爆発が起きたら崩れてしまいますよ」
黒衣のローブが風に靡かれフワリと揺れる。
早くせねば計画は失敗に終わってしまう。だから、一刻も早く―――
「お止まりください!」
ジュラルは両脇にいる小さな猫族を制止させる。ザザザっと地を削るように足を止める。
袖を振り払い、腰に帯びた剣を抜くジュラル。それと同時に影から大きな何かが飛び出す。
「ギィギァァァァ!!」
全てを吸い込むブラックホールのように暗いボディ、紅の閃光を放つ瞳。狼のように長い顔には体と同じ色をした角がある。四足歩行で長く毛の生えた尾っぽ、研ぎ澄まされた牙が生える口からは異常な程の唾液が滴る。
「ギァァァァ!」
三人を真っ直ぐ見据えた「それ」は迷わず突っ込んで来た。その速度はただの生物では無い。瞬発力が異常値をたたき出すであろう速さは時速百キロをゆうに超越している。
狼狽える暇なんてない。
口を大きく開いた「それ」に合わせるようにジュラルは滑り込む。ザザザーッと地を走りながら剣を立てる。その剣筋に沿って、その魔物の肉が斬られ血が噴き出す。顎から胸にかけてバックリと割れ、鮮やかな紅をした臓物が飛び出す。
腹をかっさばかれる痛みは生きているうちに味わう痛みの中でも最上位だろう。鈍い声を出し、ヨロヨロと歩いた後、ばったりその場に倒れ込んだ。目の光は潰えていく中で、ピクピクと痙攣し、数秒後に息絶えた。すると、全身にひび割れが生じた。宝石が崩れていくかのように魔獣の身体も結晶となり細かく砕かれた。そして、小さな光へと移り変わり空気中に消えていった。
ジュラルは敵の返り血に塗れた剣を振り払う。ビシャッと血塊が床へと叩きつけられる。そのまま鞘へとしまう。年老いてなお高い身体能力を保持している彼は未だに現役である。
「お二方怪我はございませんか? 」
「だいじょぶだいじょぶ! ミユも戦いたーい!」
「いえ、お嬢様は……」
「ジュラルさん、皇族の僕たちでも戦うことくらい出来ます。なので心配は無用ですよ」
それを聞いてジュラルはうーむと声を出しながら迷った。許諾し、怪我でもさせた場合の責任も重たいものであるが、従者としての役目を果たせなかったことの方が重大である。
前線に立ち、敵を屠るまでいかずともそれは自分が行えば良い、彼はそう考えていた。
チラッと横目に二人を見る。闇夜に溶けるようなローブで全身は見えないがその中に小さな顔が二つあることは確認出来る。一方はニコニコと笑いマリンの瞳は自信に溢れ、もう一方は同じ色の瞳を動かさずジッとジュラルを見つめている。
「むむむ……では、こう致しましょう。
私が先頭に立ち戦うので、その援護をお願いされますかな。ですが、ご自分の身を何よりも優先してくだされ、この老いぼれは最悪捨て駒になされよ」
「やったやったー!」
「分かりました」
このようなことで何時までも悩んでいては無意味である。恐らく何時間考えたとしても同じ結論へ辿り着くだろう。
ジュラルの懐には念の為を思い暗器や護符を所持している。恐らくだが、対人よりも魔獣との戦いがメインになってくる。基本的にはひたすらに突っ込んで来る脳死攻撃を仕掛けてくるため対処は容易であろう。
「さぁ、おいでなされ」
三人は二列で走り出した。先頭を走り、敵の有無を確認するジュラル。その後ろに並列で走るウリルとミユ。駆ける間、ミユはキョロキョロと首を激しく動かしていた。その理由は至って単純。敵と戦いたいからである。
決して戦闘狂という訳では無いが、彼女は楽しさを一度感じたものに対しては強い執着を表面に出す。
長い道のりではあるが、数分もあれば辿り着く。到着したのならばこっちのものである。他の人間には見つけられにくい場所にあるため、侵入の心配も無い。
走る中でフードの中に隠されたミユの耳がピンと立ち上がる。ピクピクと耳を動かし何かを察知したのか、突然前へと走りだす。それを見たウリルも姉の行動の意味を悟り、同じく前へと出る。
後方の足音が速くなり、自分に近づいていることを感じたジュラルが振り返ると―――
「うぉー! 見つけた見つけた! 喰らえー!」
「そこにいるのはバレバレです!」
「お二方! お待ちを―――!」
突然の出来事に静止させようと両手を広げるが、それを掻い潜った二人は廊下の一角に標準を当てる。
二人は四本の指を曲げ、人差し指を立たせ銃のような形を作り出す。両者の指に魔力が集約し、魔法が発動する。ミユの指にはバチッと炎が唸りを上げ、ウリルの指には細かな粒子が結集する。
「イグニス!」
「テラニス!」
暗黒の世界に一筋の炎が灯り黄砂が舞った。火炎がそれらは隅に向けて放たれており、炎が奥へ奥へと飛び立つと「やつ」がいた。
先程とは違い、背に二対の黒翼を携えライオンのような鬣、肉食獣の犬歯、蛇の尻尾をもったキメラのような魔獣。それもやはり墨のように黒く、クリムゾンの眼。それがまさに今、飛び掛ろうとしていた。
だが、それは未然に防がれた。ウリルの放った砂が地面へと落ち、化学変化でも起きたかのように泥へと変化した。それがやつの脚を絡め、身動きを取れなくした。回避不能と化した状況にミユが放った豪炎の球が襲いかかる。
キラッと光った瞬間―――
バゴォーン!!!
先程の衝撃とまではいかないが、耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまう程の爆音が響いた。それはまるで爆弾のように強烈であった。モロに喰らったキメラは原型を止めることなく灰と化した。
「わーいわーい!」
「姉様なら火炎を選ぶと思っていました」
ジュラルはそのテンポの良さ、コンビネーション、そして威力に呆気に取られていた。ミユは十三歳、ウリルに関しては十歳であるが、そこら辺のベテランと遜色ない火力を出せる。特にウリルの使った土魔法を苦手とする人物は魔法使いの中でも多く、土から泥への変換をスムーズに行うのはかなりの研鑽を積む必要がある。
紅魔の月で魔物の行動は活性化し獣化が進み、危険性が急上昇する。だが、それを相手にし善戦以上の善戦を見せた。一部始終を眺めていたジュラルは胸を撫で下ろし、二人に伝える。
「しかと見届けさせて頂きました。これなら心配はございませんな」
加えてミユとウリルは魔法使いの三大装備無しでそれをやり遂げた。魔法使いの三大装備とは「杖」、「ローブ」、「トリコーン」のことである。一般的にそれら三つのうち、最低でも二つを持ち合わせるのが常識。
「ふふん、ミユの力思い知ったかー!」
「姉様、声が大きいですよっ!」
勝どきを上げるミユとそれを必死に抑えるウリルを眺めるジュラルがそろそろ行きましょうと声をかけようとした時、
「……待てよ」
彼の中で一つ引っかかりが生まれた。
その言葉を聞いた二人はジュラルの方を見つめると、苦い顔をし冷や汗をかいていた。彼の懸念点、それは―――
「なぜ魔獣がここにいる……」
先程の衝撃が国門を破られたものであるとしても王宮まで長い道のりがあり、道中一般市民もいる。一直線にここまでやって来ることなどあるだろうか?
否、そんなことはあるわけが無い。紅魔の月での魔獣は人を襲い、血肉を喰らわんと近くにいる人間目掛けて暴れる。ここは国都ケルガルム、人口はかなり多い。いくら羽があるといえども、ここに来るまで空から突然降下することはある。
王宮外の人間を襲い、王宮に来るとするならばあまりにも早い到着である。あらかじめ隠されていたとしても誰かしらが見つけるはず。
では、考えられる可能性は何か。
その考えに至ったジュラルの背筋が冷たくなる。
「これも帝国側の策略、いや、もっと言えば――」
その時、彼らの背後から「足音」が聞こえてくる。三人はすぐさま警戒態勢に入る。光の当たりづらい通路から、甲高く、鼻につく声色が響く。
「正解、帝国ではなくオレたちが操作していたんだよ」
月光に照らされ現れたのは、鋼のように透き通った銀の長髪。瞳は対照的な山吹色。口角はニヤリと上がり目もつり上がっている。胸元に大きなリボンがつき、肩にはフリルがついた濃紺色のジャケット、ベージュのショートパンツ。冷たい廊下を裸足で歩く様は異様。
その人物はいかにも悪そうな人物の顔をして現れた。
「オレがやってたんだ、可愛い子たちをよくもいじめてくれたなぁ」
「何者だ貴様!」
ジュラルが前へと立ち、剣を手にかける。
「オレは正理機関分派「ヘカテ=パラジーズ」のカシーシュだ」
このようなタイミングで面倒な敵と相対することになるとは、ジュラルは頭の中でそう呟いた。だが、決して偶然ではないだろう。
つまりは、グラン帝国が正理機関と手を結んだということである。やつらは徹底的に潰しにかかって来ていると、そう認識させるほどカシーシュの登場は強烈なインパクトを与えた。




