第九話 「変化」
「……っ! 隣国と全面戦争を、する?」
「どうか誰にも言わないで欲しい、皆が知ったら大変なことになる」
なるほど、そうか、そうなんだ。やっぱり避けられないんだな。
隣国とはグラン帝国のことであり、超武闘派の軍事大国。歴史的に見ても最強の国。真正面からやり合ったら到底叶わないとヘルメスが唸りを上げている。
「開戦はいつかは分からない、君も来る時のために準備しておくんだ」
「準備って、俺も戦争に?」
この国に徴兵制度があるかは不明であるが、大国との戦争を行うのであれば大規模な人数が必要。未成人の子供から老人に至るまで、全員を徴収し、敵に体当たり……なんてな。
そもそもこの国に軍隊なんてあるのか? 騎士団があることは承知しているが、軍と呼べるものがあるとは……。
「いや、違う。逃げるんだ、逃げる準備をするんだ。戦っても勝てないなら逃げるのが懸命な判断だ」
「………っ!!」
逃げる……ヘルメスからそのような弱気な言葉が出るとは思っていなかった。だが、逃げるという説明を言う必要が無くなった。
「だけどさ、逃げるってどうしたら良いんだ? 俺も考えてるんだけどどうしたらいいか分からなくて……!」
「今すぐにこの国を発つんだ、最善だ。後のことは僕に任せて、だから君は――」
「ダメだ!」
俺はヘルメスの話を遮った。内容から推測するに、自分を犠牲に他を守ろうとしているに違いない。彼にとってそれはいいことなのかもしれないが、俺にとってはダメだ。ヘルメスも生きて逃げる必要があるんだ。
「だったら俺もここに留まって戦う、君も一緒に逃げるべきだ!」
「出来ることならそうしたいけれど、公事を後回しにして私事を優先することなんてできない。僕には恩があるんだ、命尽きるその瞬間までこの命はこの国のために使うんだ」
「……は、何言ってるんだヘルメス、死ぬんだぞ、死が何か分かってるのか!?」
それを聞いてなおヘルメスの顔色は一つも変化しなかった。むしろ開き直っているのか、「ああ、もちろん」と言うだけだった。
「ミユ様を頼んだよ。時間を稼ぐからしっかりと逃がすんだ」
「殉死……それは美しいように見えて馬鹿らしい行動」
俺がいた世界にも主人が亡くなった後に、ついて行くかのように自刃する行動、殉死があった。その文化はこの世界にもあるようだ。
多分だが、ヘルメスは死を覚悟している。目には一切の曇りが無いブラウン色、決意に満ち足りている。
そんな人間がどういった行動をするかは目に見えている。言葉で屈服させることなんて到底不可能。諦める他無い。主である皇帝と臣下のヘルメスとの間には俺が割って入ることが出来ない絆がある。俺が何と言おうとヘルメスの心は揺るがない、だとしたら上手く扱うしかない。
「―――ヘルメス、だったら俺に稽古をつけてほしい」
「どうしてだい? 君は逃げるんだ、戦いなんて必要ないはずだろう」
「仮に逃げられたとして、後は? 俺は非力で誰かを守護できる自信が無い。だから俺に力をつけてほしいんだ」
一瞬迷いの表情を浮かべたが、そういうことならばとヘルメスは首を縦に振った。即興のアドリブが上手くいったようだ。
俺たちは一度その場を離れ、中庭へと向かった。
「短期的に強くなるのは不可能、君は強くなるためだったら手段は問わないかい?」
「もちろん、そう言いたいが、悪い手段は使いたくない」
「本当はやりたくないことなんだけど……仕方がない」
そう言うとヘルメスはその場に座るように促した。俺は言われるがまま正座をした。するとヘルメスの手が頭に当てられる。するとまたたく間に、淡い閃光が走った。同時に俺の肉体に変化が起きる。
クリスタルを初めて触っていた時のようだが、異なる。内側に何かが入ってくる感じではない、肉体そのものが変化しているかのようだ。
ボコボコと膨張、縮小を繰り返しながら書き換えられていくかのように。
数十秒間、リピートした後黄金の光は縮小していき収まった。そっと目を開け、自分の腕や脚を確認してみるが特に以上は無い。腕の筋肉が増した訳でも増えた訳でも無い。
「肉体の書き換えは禁術なんだけど、仕方ない。これは秘密だ」
「書き換え……?」
「戦闘者向きの身体へと変えたんだ、実際にやってみれば分かるけれど武器の扱い方、身体能力が向上したんだ。
申し訳ないけど僕に出来ることはここまで、あとは君自身が慣れるしかない。急すぎるかもだけど頑張って」
そう言うとヘルメスは俺に背を向けてどこかへ歩いて行った。
ヘルメスは嘘をつかない人間だ、信じてみるしかない。俺は木剣がないか周囲を探索し、手に取った。不思議と手に馴染む感覚。感覚としてだが、太刀筋が見える。どこを切れば良いのか見える。
俺は地面を蹴った。それは以前よりも速く、ナイフよりも鋭かった。両手に握った剣を振り上げれば、太刀筋が自然と見える。斜め袈裟に落とす。倍速になったかのように速い剣速。豆腐を包丁で切るように柔らかくするりと台を切断した。
メキメキと音を立てながら崩れ落ちていく打ち込み台。本来であればもう出来ないと思っていたことが、出来た。
「………これは、マジかよ」
肉体改造は時として不幸を招くが、俺は幸を得たらしい。一瞬にして、代償も無く。その経験に高揚しているのか、はたまた心配しているのか。二つの感情が入り交じり、複雑な気持ちだった。
しかし、今はそんなことに悩んでいる場合ではない。急がないといけないんだ。ただ、台とやり合い続けても意味が無い。
「ワンジュを呼びに行こう!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「かの大国から使者がやって来ました。お話をされますか?」
「いや、これを渡すだけで良い。そしたら帰せ」
「しかしそのような雑な態度でお迎えしてよろしいんでしょうか」
「問題ない、私が保証する」
「はい、分かりました。では確かに……」
「ククク……あと少しで準備が終わる。そしたら私の時代だ、皇帝の時代は幕だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「珍しいな君が私と剣を交えたいとは」
「前よりも腕が上がった気がするんだ、だから再挑戦という感じで」
中庭で二人の人物が向かい合っている。加えて握っているのは木製の剣ではなく、銀の鋼を輝かせているもの。
ワンジュはじっとトウマを見つめる。彼は少しの違和感を感じていた。数日前まで凡庸であったトウマの闘気、肉体、構え方が今では一変し、様になっている。
「……この数日で何があったんだ? たったの数日で型を収めたかのように素晴らしいものだ」
「うっ、事情はともなく俺は強くなりたいので」
「なるほど、男を磨きたいならそれに応えよう」
ザンっ! と踏み込むワンジュ。その突撃は今までのとは異なる。レベルが違うんだ。それをジッと目で捉えるトウマ。普段の彼であれば見えることが無いだろうが、今の彼はその時のトウマではない。
(見える……!)
「フンっ!」
陽光に照らされキラリと輝く刀身がトウマ目掛けて振り下ろされる。しかしそれはしっかりと捉えることが出来ている。それに合わせて受けを作り出す。
金属どうしが触れ合い、耳に嫌な音が響く。
「―――っ?!」
それをまさか防がれると思っていなかったワンジュは驚きを隠せなかった。それによって一瞬の隙が生まれる。
今のトウマをそれを逃がすそれではない。
「返しの刀!」
その声に合わせ銀閃が真横に走る。ワンジュも瞬時にバックステップを踏むがトウマの剣の方が速い!
上裸である彼の胸ににツーッと赤い液体が走る。
「これはヤバいな、本当に何が……」
自身に傷をつけるほどの実力者に化けたトウマに驚きを隠せないワンジュ。正眼に構えたまま思考を飛ばすが答えにはたどり着かない。すぐに到達するのは不可能と悟った彼はこう言った、
「続けようか!」
呼応してトウマも剣を走らせる。魔法も特殊能力も無い、ただ斬りあう。そう思っていたがワンジュがリズムを変化させる。
「私が戦をする時はこういうものだ」
ダン! と垂直に地面を蹴り抜くと紅色の魔法陣が出現。そこからは火や水、風などが出現し彼の周囲を固める。
咄嗟にトウマは距離を取る。下がりながらも彼の頭は動き続ける。
(見たことはない、だけど何となく予想が出来る。壁が出来上がるな……)
火炎の塊がトウマに襲いかかり、氷壁が周囲を囲む、かまいたちが空をも裂く。
「シィッ!!!」
火玉を叩き切り捨て、風を避ける。それだけでは終わらずワンジュは自ら突っ込んで来る。死を象徴するかのような刺突が襲い、上から無数の火玉、下からは殺す風、後ろには壁がある。
全てを捌き切ることは不可能、ならば優先順位をつけ自分を殺す可能性が高いものからたたき落とすのがベスト。
では自分を焼き殺さんとする炎?
切り刻もうとする死の追い風?
まだ未知数の氷の障壁?
はたまたワンジュの「死の突撃」か?
否、トウマの中で答えは出ている。
全ての攻撃を際の際まで引き付けたトウマが見据えていたもの、それは――
(来た……!)
雷を握り締めているかのように帯電したワンジュの拳、まともに喰らったら一溜りもない。身体中は痺れ、意識を飛ばすであろう。
第五の刺客がトウマを滅さんと迫り来る。
脚の力を全て抜いたトウマの動きは消えるが如く、素早いものだった。拳は空を殴り、死角にはトウマがいる。彼が手の剣を首に当てる、
「はい、俺の勝ち」
ワンジュの首元にはトウマが突きつけた刃が迫っている。力を入れれば頸動脈を掻っ切ることが出来る。まさかの結末、トウマはワンジュに勝利してしまった。勝ちを確信したトウマにワンジュは軽く笑って言う、
「私の勝ちだ、トウマ。最後の最後、詰めが甘かった」
悲しいかな、ワンジュの剣はトウマの皮膚へと突き刺さっていた。ポタポタと生暖かい鮮血が滴る。これ以上押し込めばトウマの死は必然。
ワンジュはトウマが避けることに賭けて拳にではなく、先に放っていた突きをブラフであるかのように装い、本命にしていた。結果、彼の予想通りにトウマは躱し勝ちを確信してしまった。
「やっぱり戦場で恐れられている人は強いな……」
「まさか君を相手に使うことになるとは予想してなかった、だが、どうやってそんなに強くなったんだ?」
それを聞かれたトウマはゲゲッと嫌な顔をし、どう言い訳をしようか考えを巡らせた。朝起きたらこんな風になってました、魔法〇女になりたいと契約したらこうなりましたなんて通るわけが無い。
「えぇっと……それは」
「皇子さまー! ここにいましたか!!」
切羽詰まった時、一人の人物が二人の間に割って入ってきた。視線をそちらへと動かした彼は何かを悟ったかのように駆け出した。トウマの方へ振り返り、
「申し訳ない急用だ! また後ほど話そう!」
と、言うと使用人らしき人物と共に宮殿内へと走り去っていた。ホッと息を吐くと、トウマはその場にへたりこんだ。
手には鋭い刃のついた剣がある。
「分かる、さっきまでの俺とは断然違う。この世界に順応して、練習を積み重ねた感じだ」
争いとは無縁でありたかった彼だが、神様はその願いを叶えるつもりはないようだ。元の世界前に死んでは元も子もない。この世界で生き抜くために必要なのは「力」だ。人を襲うのは同じ人間だけではない。魔物が外をさまよっている。人外の生物も命を脅かす存在だ。
遠からずこのようになる運命だった。
トウマは自分の中でそう結論付けた。だが一つだけ自分の中でも予想していなかったことがある。それは、彼の心のどこかに「嬉しい」という感情が入っているということ。自身では気がついていなかったが、トウマは自分も彼らのように戦闘ができるようになりたいとどこかで思っていた。
その思いが叶った。が、死ぬ確率は高くなった。戦闘ができるということはいざと言う時は戦力として戦地へと身を投げる必要があるということ。
「帝国、か。しかも超大国らしいじゃん、ヤバいな」
初陣を飾るのは圧倒的格上の武力国家、その国で名を上げている人物と交戦の可能性も視野に入れて置く必要がある。強くなっただけではこの先に発生する出来事を掻い潜ることは困難。
「情報」が必要なんだ。




