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第一話 「異世界転生者排除法」

 この王都での生活にやや慣れてきた頃、俺は仕事の合間を見つけて書物がズラリと並ぶ図書館に一度立ち入った。目的はもちろん帰還方法を探すため。


 しかし、仕事の合間にそんなことを見逃すジュラルではない。こっそり抜けたはずなのに予め知っていたかのように俺を発見、説教だ。


 そして今日、俺はまたその書庫へ立ち入る。場所はしっかりと頭に叩き込んでいる。前回の失敗を繰り返すことがないように俺は仕事の途中で行くのではなく、深夜、みんなが寝静まった頃を狙って行く。


 宮殿内を歩き回る兵士達ももちろんいるが、従者が夜中に歩き回るのは別に良いらしい。ラッキーだ。


 「うっし……行くか」


 俺は蝋燭片手に黒燕尾服を着て部屋を出た。時間帯は一時くらいか? もう良い子ちゃんは寝ている時間だ。

 書庫は俺の部屋がある棟の向かいの二階にある。そこまでは決して遠くはない。むしろ近い方だ。

 この世界にやって来てもう一週間が経過した。なんともまぁ早いことだが……俺はさっさと帰りたいからね。


 足音はなるべく立てない。


 夜中に歩いても良いのだが起こしてはいけない。睡眠の邪魔をされる以上に最悪なことは無い。


 うるさくして扉の中から狂気に満ちて凶器を持った人物に刺されて人生終わり、なんてゴメンだわ!!


 「……っと」


 俺は反射的に隠れてしまった。

 見回りを行っている騎士たちに見つかるのはグレーゾーンではあるがそれはややセーフ寄り。だが、一人だけ注意しなければいけない者がいる。


 「やっぱり起きてるよね」


 ジュラルだ、一瞬だが目をギラつかせていた年老いたおじいさんが見えた。

 廊下の灯火は無く、暗闇に満ちていたが俺の目は幸いなことに慣れるのが早い。つまり闇夜に紛れても視界が見えていた。


 危機一髪。少しでも早く行こうとしたのが功を奏したな。

 ジュラルは剣に手をかけながらキョロキョロとしている。もしかして……バレたか?

 彼はもと騎士団の副団長、現在は団長になっている。その感は戦場で鍛え上げられた本物の力。俺ごときがそれを惑わそうとできるわけが無い。


 「----」


 固唾を飲んでその時が来るのを待つ。

 息を殺して、存在自体をこの世から消すように……。心臓の鼓動が高まるのを感じる。バレたら終わりというスリルが脳汁を溢れさせる。興奮を抑え、俺は心の中で唱える。


 俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気、俺は空気。


 するとジュラルは俺の目的地とは違うルートへ向かった。だがまだだ、まだ出てはいけない。少し距離が出来てからだ。歩く速度は分からないが、時間をやや置けば良い。


 「----っ」


 俺は忍者の如くその場を滑走した。その速度は世界最速、とまではいかないが自己ベストは超えていたはずだ。


 その後は特にこれといった危機に陥ることは無く俺は目的地へと辿り着いた。


 扉を押せば乾いた木の香りが鼻の中を通り抜ける。工事現場とかで家の枠組みを作っている時の香り、そんな感じだ。

 構造は普通の図書館、と言いたいがこの図書館、なんと二階から五階まである。つまり、いずれかの階からも入ることが可能。


 とりあえず、朝になるまで転移について調べようとした時---


 「何をお探しですか」


 「うわぉ?!」


 声を掛けられた。神聖な、人間では出せないような響きの声。ややエコーが掛かっているせいか不気味に感じる。

 誰にも見つかっていないと思っていたが誰かがいたらしい。俺は声がした背後を振り返った。

 そこには蒼の光の粒子が飛んでいる。

 まさかこれが……俺に話しかけたのか? そんなバカな粒子が話しかけるなんて……


 「気のせいだな」


 そう言って歩き出そうとしたらまたしても声がする。


 「私ですよ、振り返ってください」


 振り返る、はて……そこには誰もいないのだが。やはりこの粒子だろうか。

 人の声を出している以上、人型の何かだと思いたいが、そうはいかないのがこのファンタジーだよな!! 知ってる!


 俺はゆっくりと歩みより手を差し出した。

 すると不思議なことにその粒は俺の手のひらに乗った。やはり、こいつが声の主だったか。


 「どのような本をお探しですか」


 同じ言葉。

 この書庫の管理人、いや管理粒とでも言うべきか? それしか言わない。普通であれば名を名乗るのが礼儀だろうに。まぁいいか、彼女がそう言うなら俺も流れに乗って話を進めるべきか。余分な話をして目的から逸れるのはゴメンだからな。


 「転移について書かれた本を探しているだ」


 「分かりました、こちらに」


 再びのエコー声。ヒラヒラと動き出すと大量の本棚の間を進み始めた。どこもかしこも本、本、本。人混みならぬ、本混みか。読書は嫌いじゃないけど、流石に天井にまで届くほど高く積まれ、両脇にも分厚い本が置かれていると気持ち悪くなるよ。


 その粒子くん? ちゃん? について行くと図書館の中心にある螺旋階段を登り、三階の隅の隅にやってきた。

 

 「ここにございます、お楽しみください」


 そう言って俺の傍にやって来た。

 とりあえず適当なものでいいか。最悪持ち出して部屋で読めば良いし。

 

 つーわけで早速、俺は一冊の本を手に取り中を開けた。しかし、その本は長く読まれていないのかホコリが被っていた。軽く叩き中を開けた。


 「……スー、マジか。これはすげぇや」


 俺はそこで衝撃的なことを知った。

 それはこの世界にやって来て受けた衝撃ランキング一位に堂々と輝くだろう。


 「読めねぇな……」


 全く知らない文字だった。


 俺は言語が通じることに疑問を持たなかった。そのため、文字も日本語であると何故か錯覚していたのだろうか。だとしたら過去の自分に言いたい、お前詰んでるぜ、ってな。


 しかし、不思議と落胆はしない。何故だろうか、期待を裏切られたのにも関わらず怒り、悲しみが湧いてこない。


 「あのー、すみません。これってなんて書いてありますかね」


 「文字がお読みになれないのにここへやって来たんですか?」


 なんと辛辣なコメントなんだろうか。ド正論だが、もっとこう、優しい言い方とか無いのかな。まあまあ、それは向こうが正しい。読めない場合を想定してなかったわけだしな! 


 「今すぐにお帰りになってください」


 おう……なんとも直球的。帰れだなんて、これ前代未聞じゃない? 文字が読めないから帰れ! なんて。

 俺が踵を返そうとした直後、


 「と、言いたいのですが、それでは私がいる意味が無いのでお任せください」


 「……ぇえ?」


 そう言った直後、微粒子がフワリフワリと俺の方へやって来ると俺の中へと入って行った。通り抜けたのか、そう思ったのだが後ろを振り返っても青白い小粒は見当たらない。


 直後、眩い光に包まれた。

 自分から発光し、暗闇を照らした。それは数秒続き、寿命が尽きるかのように徐々に輝きを失ったり

 すると、胸の中で誰かが喋っているかのように声が聞こえてくる。


 「先程の本を持って、中を見てください」


 言われるがまま、先程の書物を見てみる。パラパラと適当にページを捲り、中を覗いてみる。


 「ま、マジか!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 咄嗟に口を自分の手で抑えたが、それほど驚きが大きかった。文字が読めないという生きる上で最大の障壁が易々と越えられたのだ。


 俺が唯一知っている言語、日本語になっていたのだ。


 「おや、見たことがないですね」


 エコー声でそう言った。

 まずい、俺が異世界人であることを知られたら終わる。全てが終わってしまう。


 殺される、この世界には『異世界転生者排除法』というのがある。俺は一度、転移直後にそれに則られ死の手前まで追い込まれた。今でも思い出すが、生きているのが不思議でならない。


 「興味深いですね……是非とも読んでほしいです」


 「読んでどうするんですか?」


 「私があなたの中にいることで私はこの字の読み方を知り、あなたは知りたいことを知れます」


 なるほど、つまりwinwinの関係になっている、ということか。ならそうだな、着々と読み進めていくべきか。俺はその場に座り込み、本の一番最初のページへと戻る。


 ドクンドクンと心臓が激しく脈打つのが分かる。ついに来たのだ、帰る手がかりを手に入れることがようやく出来る。

 俺は小刻みに揺れる手で紙の端をつまみ捲った。


 「転移、それは転生とは異なり肉体と精神を兼ね備え場所を移動すること。71年に大規模な災害により行方不明者が続出したのを皮切りに、年々転移したと疑われるもの達が急増。しかし、中にはこの世界のものでは無い者がやって来る場合もある。


 その者はこの世界に利益をもたらす者、不利益を出す者がいる。中でも後者は悪質であり、この世界の人間であることを装い、当たり前のように生活を送っている。そこで我々は転移者であることを見分けるため、75年に異世界転生者排除法を制定。

 これは世界中の有力者達の話し合いにより決定された政策である。具体的な内容としては二つ。


 一つは見分けるために、今生きている者(人種は問わない)、今後生まれてくるものにこの世界の人間の証である魔力石を体内に入れること。魔力石は近づけると共鳴し合うため、転移者でないことが分かる。


 二つ目は転移者の排除。魔力石が反応しない場合、即座に処理すること。判断に迷う場合も含む。その時は罪に問われない。なお手助けした場合、凌遅刑に処す。


 しかし、現在では異世界転生者排除法に疑問の声が上がっている。

 それは簡単に人を殺しても良いのかということ、これはいつか発生することだと考えられていた。そのため問題にするに足りない。

 がしかし、転移者を殺すと明記しているのだが、転生者と名前に入っていること。これは、かつて制定されたころの認識が鮮明では無いために起こったことだ、そう言われている。そのため改名をするべきだと声が上がっているが連合国はそれを拒絶している。


 なぜ名前を変えることに抵抗を感じているのかは一切不明。確立されてから100年が経過した今なおその問題は解決していない」


 俺はゆっくりとその本を閉じ、棚に戻した。


 「どうしましたか?」


 「いや、別の本を読みたいなーって」


 本当は違う、続きは気になる。今すぐにでも読みたい。だがそれ以上に俺は怖くなってしまった。あの時俺を襲った人物が口にした法律は実際に存在するものだった。


 だが何よりも俺の心に刺さったのは「転移者は当たり前のように生活を送っている」という言葉。俺はその言葉に酷く共感できる。本来であれば存在するはずのない人間がそこにいる。


 そして、この世界が進むはずではなかった未来になってしまう。それが以下に残酷であるか、もちろん理解している。


 だから俺は藁にも縋る思いでここにいる。俺がここにいてはいけない。留まれば留まるほどこの世界の歴史が、未来が、大きく変動してしまう。


 「転移方法について書かれた本はある?」


 「禁書庫にございます」


 「案内してほしいんだけど、行ける?」


 「ダメです。禁書庫に立ち入ることが許されているのは皇帝陛下だけです」


 「--ハッ、また皇帝か」


 どうやらどの世界でも権力者にしか許されないことが多いみたいだな。結局、権力がものを言うのか……。過去に殺された転移者達は決して悪気があった訳では無い。むしろ彼らの方が被害者だ。理由も分からず転移され、理由も無く殺される。

 こちらの気持ちを考えて欲しいものだ。


 「おや、こちらはなんですか?」


 その時何かに気がついたのか、俺のポケットの中を見て欲しいと言い出した。

 俺はドキッとした。この中に入っているのは未来が書かれている手帳。俺は盗まれることを恐れ、常にこれを持ち歩いているのだが、裏目にでたようだ。


 「いや、これは」


 「ぜひとも読んでみたいのですが」


 「これはダメです。僕の大事なものなので」


 「とても気になります。ぜひ見せていただけませんか」


 「見たいなら禁書庫に入らせて欲しい、そこで転移方法について探すことも許可する、交換条件だ」


 「それは誓約により不可能です」


 「だったら俺も見せられないな」


 互いに一歩も譲らない。中にやましい事がある訳では無い。

 しかし、見せてはいけないと俺の中でそう言われている気がするんだ。それは恐らく人の生死を左右するものだからだろう。

 何よりもこれは俺の神から与えられた唯一のギフトだ。それを簡単に披露するのは少し抵抗がある。


 「とりあえず、次の本だ」


 俺は重い腰を上げ、手に持っている本を見つめる。どうやらタイトルに書いてあったのは『異世界転生者排除法の過去と今後について』らしい。こいつとは何かと縁があるみたいだがそんな縁クソ喰らえだ。


 まぁこの本を手に取った時は字が読めなかったから仕方ない。今の俺は字が読める。だから本の題名も分かってしまうのだ。


 「うーんと、おっ? これはなんだ?」


 今度俺が手に取ったのは「アティード手記」と書かれている。まじまじと眺めてみれば表紙は無いに等しい、一番最初のページが露になっている。


 「もしもあなたがアティード手記、つまりあなたとその周囲の人の将来ついて書かれている手帳のようなものを手にした場合、その行動に従ってはいけません。すぐに捨ててください」


 アティード手記……という名前は聞いたことが無いが、未来が書かれた手記、それについてはとても知っている。今もなお、ポケットの中に眠っている。


 従ってはいけない、俺はその言葉に惹かれ中を読み進めていく。

 夜も深けている中、俺は一人書庫で人生を左右しかねないことを知ろうとしていた。


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