第十九話 騎士VS正理機関
「よいしょお!!」
「フンッ!!」
大斧と伝家の宝剣が舞う。さまざまな方向から死の刃が襲いかかる。互いの間には果汁が飛ぶかのように鮮血が飛び散る。だかしかし、その血は全てメルビスのもの。リクからは一滴の血も溢れていない。
その光景に呆気に取られてしまった他の者たちは割って入ることができなかった。
(団長、今助けます!)
だがジュラルは違った、常備していた弓を取ると矢を番えた。本能的に察知したのである。このまま続けていればメルビスが死んでしまうと。
狙う先にいるのはリク。がむしゃらに矢を放つのではない。完全に油断した時に矢を放つ。
ジッと隙ができるのを待つ。獲物が罠にかかるまで、釣りのように―――
「お待ちを!」
突如、構えていた弓に剣がカチンと当たった。声の主を見てみれば碧海のような瞳を大きく開いているヒューズ。しかし、ジュラルはそれを必死に退ける。
「副団長! 騎士道を忘れたんですか!」
「バカを言え! これは一刻を争うのだ! 騎士道云々言っている場合ではない!」
「ですが団長の名誉を傷つけることになります! やめてください!」
「名誉なんぞ知ったことではない!」
「落ち着いてください!」
必死になって弓の射線に入り妨害をするヒューズ。そして、正面からリクと斬り合うメルビス。
「退くのだ!」
そう言ってヒューズを無理やり押し退けると、弓を構える。狙うは一撃必殺、頭だ。
右へ左へとズレる。だがジュラルは正確にその後を追い、いつでも打てるように構えていた。
「そいやぁ!!」
大段上に斧を振り上げる。一対一であればあまり大きな隙にはならないだろう。だが、間合いの範囲外から狙っている者がいる。それを逃すジュラルではない!
(ここだ!)
「ヒュン」という弦のうなる音ともに尖鋭の矢が空気を裂き目標の的に向かって飛び出した。
リクはそんなことに気が付かず、目の前の戦闘に夢中であった。
矢がリクの体を貫く―――――
はずだった―――だが、なんと矢は壁にでもぶつかったかのように落ちたのだ。食らいついたのではない、落ちた。
「バカな………!」
驚いたのはジュラルだけではない。それを見ていたヒューズを含む他の騎士団員までもその出来事に冷や汗を覚えた。
すると、戦いを中断してリクがこちらへ向き直る。
「おいおい、邪魔すんなよなー。今俺はこいつとやってんだからよぉ」
言い終わると再びメルビスに向き直り、斧を振り回す。それに応えるかのようにメルビスも黄金の剣を振るう。本来であれば大斧は振り回すことができるものではない。しかし、リクはそれを剣のように扱っている。
決して筋肉質の体ではない。それを振り回す体力もあるとは到底思えない。それを可能にしているものそれは、
「黄金の鎧………ぶっ壊す!」
「やれるもんならやってみなぁ!」
だがそれだけではない。剣を振れば全て防がれるのだ。先ほどからメルビスは全力を尽くして戦っている。彼は強い。歴代の正教騎士団の団長の中でも指折りの強さである。上げた武功の数は王都軍を率いている将軍以上。そんな彼が本気を出してなお、傷つけることができない。
メルビスは先ほどから果敢に攻めている。それは剣を振っているだけではない。体術も込みで動き回っている。そしてそれは何度かヒットしている。だが何故かメルビスの方がダメージを負うのだ。
「ぐぼぉ?!」
「体術なら俺も使うけどねぇ!」
ナイフのように鋭い蹴りがメルビスに深々と刺さった。鎧をつけていてなお、その衝撃を緩和することはできなかったのだ。
地面を削りながら後退していくメルビス。
先ほどから観戦している騎士団はうずうずしていた。戦いに参加すれば自分が足手纏いとなることは分かっている。だが、参戦しなければ後に後悔する。板挟み状態になり、動けなくなっていた。
「ゲホッ………お前ら、正理機関はなんなんだ」
その問いかけにリクは迷うことなく答える。
「ただ世の中を平和にしたいだけだよぉ? そのために活動してる」
「なんだと……平和? それはお前たちと最も縁が無いものだ!」
「そうかなー、俺たちはそんなことないんだよねぇ」
歯ぎしりをし、力いっぱい手を握る。腹の底からみるみると怒りが湧いてくるメルビス。
「っけんな…………お前が、お前のせいで、俺の師匠が死んだんだ!!」
正教騎士団前団長は、リク・ガルベンの手にかかって死んだ。それは五年前のこと。誰もが悲しみに暮れたあの日、メルビスだけは復讐の魂を燃やしていた。その炎は日増しに強くなり、現在ではあの頃の何倍もの勢いを放っている。
「ヒュニス!」
そう唱えるとかまいたちのような風がリクを襲った。全てを切り裂く鎌のような風である。
しかし、それすらも大斧で防いでみせた。
騎士である以上、魔術を使わないのは暗黙の了解となっている。そのことは上は団長、下は団員に至るまでの共通認識である。決して誰かに強要されたのではない。誰もが剣に命を捧げると誓った時に「悟る」のである。
「まだだ!」
指をピッと横に振るとそれに沿うように再び斬撃のような風が襲う。それは認識が不可能なほど細く、視認が困難なものであった。
「見えてるよぉ!!」
だがまたしても防がれる。これだけやってもリクはかすり傷一つすらもない。だがメルビスは全身から出血している。どれも致命にはならないものの、同じものを刻まれ続ければ出血多量で死ぬだろう。
互いに地面を蹴る。メルビスは正面から叩き潰そうと画策していた。それはリクも同じ、だが攻撃の仕方が違った。メルビスは斬り合いで、リクは一撃で潰しにかかった。
「ほいさぁ!」
そもそも斧は振り回すものではない。本領を発揮するのは切断することである。普通であれば知っていて当然だが、メルビスの頭にはそれが抜けていた。
すぐさま防御の構えを取る。
「ぐぅっ!」
剣とまさかりによる鍔迫り合い。「ギギギ」という音とともにメルビスが押し込まれる。額に冷や汗を浮かべた彼は咄嗟に後ろへ下がる。だが、それを待っていたと言わんばかりにリクは腰の手斧を投げた。
「ちっ!」
それを弾き返す。だがもうリクは距離を詰めている。今し方叩き落としたせいで致命的なスキが生まれていたのだ。
絶体絶命、そう思った直後――――
なんとメルビスは持っていた剣をその場に突き刺した。その場にいた誰もが戦意喪失をしてしまったと、そう思っていた。それはリクも例外ではない。
だが、メルビスは微塵も諦めていない。リクは減速することなく、詰めてきている。それを見たメルビスはニヤリと笑った。
リクが斧を振り上げる――――
「ブリーズ」
彼は小さく、誰にも聞こえないように呟いた。
直後、血飛沫が宙を舞う。それはメルビス―――
ではなくなんとリクだった。黄金の鎧が切り裂かれ、その間から真紅の液体が止まることなく流れる。
「ぐぉ………?!」
誰もが予想しなかった出来事、思わず膝をつくリク。メルビスは剣を引き抜き、地面を蹴った。攻守が移り変わったのである。メルビスはただ一点を見つめていた。それは、たった今自身が切り裂いた場所――――
「―――っ!」
「はぁぁぁあ!!」
メルビスは全身の力を、剣を握っている腕に集中させた。彼の腕に宿るは何年にも渡って蓄積させてきた怒りである。
何の迷いもなく金閃が走る!
彼は容赦なく傷口に剣を突き立てた。
「ゴフッ………ガァッ………!」
彼は直感で感じたのだ。傷がついていない鎧の部分目掛けて切りかかっても殺すことはできない。だが、すでに破損している部分ならば傷を抉り、命を取ることができると。
その予想は的中し、リクの土手っ腹に深々と剣を差し込むことができた。
そのまま倒れ込み瞳からは徐々に光が消えつつある。呼吸も不安定となっていた。
「舐めてかかるからだ………そんなもの騎士道に反する。想いを背負い、誓いを貫く、お前にはそれが無い……!」
「ゴフッ………っくそがぁ…………」
そのままガクリと動かなくなった。
それを見た周囲の騎士団員たちはドッと歓声を上げた。だがしかし、メルビスの闘志はいまだに燃え盛っている。喜びを露わにする群衆たちに向かって言った。
「気を抜くな! まだだ! まだもう一人残っている!」
その通りである。情報によれば正理機関は二名。うち一体は始末したが、もう一人は生きている。そいつも倒さなければ任務は終わったと呼べない。
「団長! 手当を!」
「いらん! かすり傷しかない、このまま進むぞ!!」
そう言うと足早に馬へとまたがり、駆け出した。




