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第十話 休息の時

 「トーマ、こっちこっちー!」


 店内に入って視界に入ったのは大理石のような物で真っ白になった世界。テーブルやイスやらも石のような物でできている。イスに関しては素材が硬いためかクッションがある。


 そして耳に入ったのはミユの朗らかな声。その声のする方向にトウマは歩き出した。


 「………まじ、か」


 ジュウという音とともに、肉の焼ける香りが強くなる。すでに着座しているヘルメスは肉を焼いていた。

 ミユはそれを一輪の花のような笑顔で見ている。一方のジュラルはいまだに意識が戻っていない。


 「おうヘルメス! 今日も来たのか!」


 窓に近い場所に座っている彼らの奥からジャラジャラとブーツの拍車を鳴らしながら、ウエスタンハットを脱帽する。


 堀の深い顔には闘志が宿っているかのようなブルーアイ。鼻筋はしっかりとし、口元には立派な髭がある。


 「えぇ、この店は何度来ても飽きませんからね」


 「ガハハハ! そうかそうか! ところで、今日は客人もいるようだな!」


 そう言ってぐるりと周囲を見る。彼は物珍しい物を目にしたかのようにトウマで視線が止まった。


 「あんた、珍しい格好してんな!」


 「え、お、俺ですか?」


 「おうよ、オリジナルか?」


 「えぇ、まぁ………そうですかね」


 「ガハハハ!! そうかそうか!」


 バシバシと力強い力でトウマの背中を叩く。

 喉に何かが詰まったときに一度で吐き出せるほどの力だ。


 「も、もしかして、銃………なんてないですよね!!」


 「銃? もちろんあるぜ」


 そう言って腰のホルスターから黒光りする近代武器を取り出した。ウエスタンの街に相応しいリボルバーだった。


 トウマは絶句した。あるはずのないものがあったからだ。彼の中で一定の憶測があったものの、否定されるのではなく肯定されていくことに少し恐怖した。


 「い、一騎打ちみたいなのも………」


 「もちろんあるぜ! 俺ぁ、最近連勝なもんでな! 最近気分が良いんだ!」


 どうやら間違いないようだ。ここではアメリカ文化が生きている。ただの西洋風の剣と魔法の世界ではない。トウマがいた世界の文化、そして剣と魔法が混合している世界。


 「おーい! ガーシュ! 行くぞー!」


 もう一人のカウボーイが声をかける。それを聞いたガーシュという男は立ち去った。

 

 「ミユさま、焼けました。お召し上がりください」


 「おおー!! ヘルメスさすがー!」


 一方でミユは食事を始めた。大きなバーベキューコンロのようなもので焼いた肉をミユは食べていく。


 「トウマ、君も食べてみてくれないか」


 そう言って自分が焼いた肉を皿に乗せトウマへと差し出す。いい焼き加減だ。彼は内心そう思った。

 しっかりと焼けている肉は香ばしいタレの香りが鼻を突き抜け、食欲を駆り立てる。


 彼はそれを受け取り、無言で口に運ぶ。

 口に入れると焼けて間もないのを感じさせる熱。噛んだ時には溶けるような感触と程よい油。タレがそのおいしさをさらに増幅させる。


 「うまー!」


 と、思わず口にしていた。


 ミユも同じような反応を示していた。その顔は幸せで溢れかえり、両手を頬で抑え、まるで頬がトロけているかのように左右に揺れていた。


 ヘルメスは満足そうにしていた。


 「美味しそうで良かったよ」


 「ヘルメス! 次も次もー!!」


 「お任せを!」


 そう言ってヘルメスは次の肉をコンロへと置いていった。その中にはピーマンやトウモロコシ、ウインナーのようなものまである。


 (とりあえず今は良いか………)


 ずっと悩んでいても仕方がない。そう思った彼は素直にBBQを楽しむことにした。


 「さぁ! 焼けましたよ!」


 そう言って焼き上がった物をどんどん皿の上に乗せていく。


 「ヘルメス、そろそろ代わるよ。お前も食べろよ」


 「僕は大丈夫だ。君たちこそお腹いっぱい食べてくれたまえ」


 「大丈夫はこっちのセリフだ。俺はこうみえて焼き肉王なんて言われてたからな。焼き加減に関しては凄腕だ」


 「そうか、では君の焼く肉を頂くとしよう」


 トウマは自分の持っていた皿をヘルメスへと渡した。彼はコンロの前に立つ。

 彼の趣味、いや、特技というべきか。他の人に負けないものと聞かれてトウマが真っ先に挙げるもの。それが肉を焼くことだ。


 トウマの父親はBBQや焼き肉によく連れていき、男のロマンは肉を焼くことだ、と彼に教え込んでいた。最初はそんなものどこで役に立つんだと、そう思っていたがこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。


 (火の勢いは悪くない。弱火でじっくりと焼いて炭の匂いをつける)


 その頃、ミユはヘルメスの焼いたモロコシをひとかじりしていた。汁がじゅわと飛び出す。


 「んんー! モロコシもうまーい! さすがヘルメスー!」


 「身に余るお言葉です。ありがとうございます」


 ジューという焼ける心地よい音が響く。トウマは焼くことに全集中していた。


 (脂身と肉の割合がベストだな。肉を切ってる人はよく分かってる………。

 焼きすぎると肉が固くなる。肉汁が滲み始めた、もう頃合いだ)


 彼はサッと肉を取ると、タレを目分量で肉の二十パーセントの量をかける。

 それをヘルメスとミユへと渡す。


 「おおー! トーマすごーい!」


 「すごいなトウマ、香ばしいね」


 そう言って二人は肉を口へと運んだ。

 使われている肉が良い、というのものあるだろうが肉の焼き加減はトウマのもの。

 タレと肉汁が入り混じり、コンサートのように口の中で騒ぐ。


 「んーん!!」


 「これは………!!」


 二人は言葉に詰まった。茶碗の米を口へと運ぶと肉の旨みと米の甘さがさらに食欲を駆り立てる。


 「すごーくおいしいー!! 今まででいちばん!! さいきょー!!」


 「これは足元にも及ばないな」


 それを聞いたトウマは満足そうにしていた。特技で他人を上回るという快感もあったが、それ以上に彼らの発した感想がトウマの承認欲求を満たしていた。


 「どんどん焼いてくからたくさん食べてくれ!」


 それを聞いたミユは水晶のように透き通った瞳がキラキラと星のように輝いていた。

 ヘルメスもまた、トウマの焼く肉が出来上がるのを今か今かと待っていた。


 


 ◇ ◇ ◇



 「ほんとうにおいしかったよトウマ。感謝するよ」


 「これから毎日ミユのために焼いてほしいなー!!」


 店を出て開口一番のセリフがそれだった。あの後、ヘルメスとトウマは入れ替わりに肉を焼いた。


 「にしても惜しいですね、あれほど珍味なものをジュラル殿は食べられなかった」


 そう言ってヘルメスはいまだに項垂れているジュラルを見た。やはり威力が強すぎたのではないか、トウマはそう思った。


 「是非ともご教授願うよ。あれほど上手にできるなんてとても羨ましいよ」


 「ミユもミユもー!」


 度重なる褒めの言葉にトウマの欲求は最大限に満たされた。ポリポリと頭の後ろをかく。

 昔は地味だと言われた自分の力が役に立った。彼は内心自分の父に頭を下げた。


 「では、いきましょう」


 そうして、再び目的地へと歩き出した。


 先頭に行くのがヘルメスと抱えられているジュラル。ミユはその隣に行き、ヘルメスと楽しそうに何かを話している。


 トウマはその後ろに一人。つまり


 未来投写(ミライスケッチ)の時間である。


 ササッと取り出し、未来を確認だ。


 「BBQの後、宮殿へと入る。ヘルメスとはそこで別れ、転移初日を終える」


 そう書かれていた。

 事件はない、命に関わることは起こらない。それだけでもやはり安心する。明日が約束される、というのはこうも安心するのかとトウマはフーッと息を吐いた。


 (銃、か………この世界になぜあるはずのない文化が根付いているのか。それを紐解いていけば帰還の方法があるんじゃないか?)


 なにより、彼はこれから国の中心部へと入る。そこにはさぞ重要な情報があるに違いない。大きな情報を手に入れることができる確率はかなり高い……。


 「トーマ! 早く早くー!」


 ミユの無邪気な声が耳に入った。彼女の可愛らしいドレスの裾が小刻みに揺れる。


 彼は急いで走って行った。


 (とりあえず、書庫のような場所に案内してもらおう………そこで転移方法や、この世界のことについて調べる)


 彼の中で希望の光が見えて来ていた。

 

 

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