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降雨の少ない、常春の国。
陽だまりにいるとすぐにあくびが出てしまうくらい、のどかな国。
かつてそんな穏やかな日々を脅かした魔王がいたなんて誰が信じるのだろう。
魔王から平和を取り戻したこの国の英雄は、城のなかでいちばん日当たりのいい中庭にいると、すぐ眠たそうに瞼をこするのだった。
「あー、楽しかった。久しぶりに大声をあげて笑ったな。あいつら、ちゃんとは言わなかったけれど、気を遣ってくれたんだよな」
隣で膝を抱えて座ったアイは、大きく頷いた。
「皆さま、あるじのことが大好きです。ぼくはあるじが楽しそうにされている姿を見て、とても、えぇと」
「うれしい? かな」
言葉に詰まるアイに、アルトールは助け船を出す。
「はい。うれしい、です」
「アイは喜怒哀楽でいうと、『喜』と『楽』が強めだな。ルーハは『怒』と『哀』が強めだ。ウゥルも、程よく混ぜてやればよかったのに」
「きどあいらく?」
「いろんな感情のことだよ」
ぽん、ぽん。アルトールがアイの頭を撫でた。
「徐々にいろんな感情を身につけていくといい。それがアイの力になる」
「ぼくは、あるじに頭を撫でてもらうのが、うれしい、です」
「それはよかった」
アルトールは照れくさそうにして、空を見上げた。
ふと、アイは地面に視線を落として、咲いている小さな花に触れた。
「あるじ、ルーハに花を飾ったみたいに、ぼくにも花をください」
それは純粋な望みだった。
アイとルーハは、盾と剣として、アルトールの一対の武器だった。ルーハが手に入れたものは、真似ではないけれどアイも倣いたくなる。
「それなら、とっておきのお守りをあげよう」
少し考えてから、アルトールは首に提げていた指輪のネックレスをアイの首にかける。
それは、女神のお守りのひとつ。
この国を創造した女神は、みっつの宝石を人間に授けた。
紅玉。翠玉。そして、蒼玉。
女神の力の一部が閉じこめられた美しい宝石は国が国であることを永遠に保証する。
蒼玉は長い間行方不明となっていたが、王都を離れた女神が自らの子孫に密かに継がせていた。美しく輝く蒼玉の嵌めこまれた指輪を持って登場したことで、アルトールは女神の血を継ぐことを証明されたのだ。
アルトール以外が持っていてはいけないものだということはアイにも理解できる。だからこそ理解ができなかった。
触れることもできずに慌てる。
「こ、これは、女神さまの! いいんですか?」
「この前一緒に抜け出してイザードに怒られたお詫びも兼ねて。また一緒に抜け出して、アイスクリームを食べに行こうな」
アルトールは人差し指を自らの唇に当てて、片目を瞑ってみせた。
そんなアルトールに、アイは力一杯頷くのだった。
「はい!」