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父親の気持ち


バルドーにバンジャマン、カロリーヌがやって来た。

ヴィクトリーヌの結婚話をまとめるために来てもらったのだった。

とは言っても、真正直に話したところで反対されるだろうから、コランタンの事は伏せていた。

ここに来て、レアンドルとマルティナ、ジローとブリュンヒルデと縁談がまとまり、更にヴィクトリーヌもとなれば、兄弟三人が同時期に結婚するという異例の事態となる。

さすがに時期が悪いとも思わないでもなかったが、ある意味どさくさに紛れて決めてしまおうと言う魂胆でもあった。

レアンドルは、ヴァレリーに相談したかったが、今ヴァレリーに北海条約以外に気苦労をかけるわけにはいかないと思っていた。

また、レアンドルは、ヴィクトリーヌが先走ってバンジャマンに全てバラしてしまわないかと心配していた。

しかし・・・

レアンドルとバンジャマンが談笑しているところへカロリーヌが駆け込んできた。

「閣下!バンジャマン様!」

「どうしたのだ?そんなに慌てて?」

レアンドルは嫌な予感がした。

普段は決してバタバタと走り回ることが無い、完璧な体面を作るカロリーヌが、髪を振り乱して駆けてきたのだ。

「お聞きになりまして?ヴィクトリーヌのお相手?」

やっぱり!

レアンドルは頭を抱えたくなった。

ヴィクトリーヌとカロリーヌは非常に仲が良い。

最愛の姉が産んだただ一人の姪が可愛くて仕方がないカロリーヌと、自分を産んで直ぐ亡くなった母のことを教えてくれ、子供の頃から面倒をみてくれた叔母に、母を重ねるヴィクトリーヌは、実の母娘のようでもあったのだ。

今朝も朝駈けから戻ったヴィクトリーヌは、カロリーヌとお茶を共にしていたのだった。

「閣下!お相手は貴族でも他国の王族でもなく、農民だと言うのですよ!」

やっぱり・・・しかし農民はなかろう・・・

レアンドルは本当に頭を抱えた。

「レアンドル!どう言うことだ⁉さっきからのらりくらりと話をはぐらかしておったが、そういう事なのか⁉」

ふぅっと一つ息を継いでレアンドルは「まあ落ち着いてください。」とカロリーヌを座らせた。

「父上、カロリーヌ様、先ずこの件については、私は姉上の結婚に賛成しています。」

「な、何を・・・」

「まあ最後まで聞いてください。」

珍しく取り乱すバンジャマンを見て、「父上も人の親だな・・・」そう思った。

「実は私は姉上に連れられて相手のコランタン・バルテレミーに会っています。まあ、姉上の騙し討ちみたいなものでしたが・・・」

まだ興奮が収まらないバンジャマンの背を擦りながら、カロリーヌも落ち着こうとしていた。

「父上はジローがブランシュに戻ったときに飲んだVINを覚えてらっしゃいますか?」

「ああ、パトリスが自慢げに話していたVINだな。あれは美味かった。」

「そのVINを造ったのがコランタン・バルテレミーなのです。」

「酒飲みのヴィクトリーヌがVINのついでに男に惚れたか?」

バンジャマンは、何となく経緯が分かるような気がした。

「姉上の気性からして、ただ美味いVINを造るからと結婚を言い出すほど道理をわきまえられない訳では有りますまい。実際に私が会って話をしましたが、ひと角の人物である事は間違いありません。性格も男としての度量も、あの者ならば姉上を任せられます。」

「しかし農民なのであろう?」

バンジャマンは次第に落ち着いてきた。と同時に、言い出したら利かないヴィクトリーヌのこと、無下に反対すれば何をしでかすか分からないと思った。

「農民と言うのは些か語弊があろうかと思いますが、貴族階級に無いのは間違いありません。」

「レアンドル、何故そなたはそのコランタンなるもの認めたか?」

バンジャマンの問いに、レアンドルはコランタンの屋敷での出来事を包み隠さず伝えた。

「父上、ブランシュには貴族や王族ではなくとも優れた人物が多数居るのです。言葉では簡単に言えますが、実際にそういった 人物に出会うと愉快なものです。ましてやVINはブランシュの食文化の重要なものの一つです。それを守り、発展させようとしている者は、既得権を振りかざす貴族、王族よりもどれだけブランシュのために貢献していることか。確かに王女が市井に嫁ぐなど前代未聞です。しかし前例が無いからと潰してしまえば、発展は望めません。」

「そうではあるが・・・しかしなぁ・・・」

バンジャマンも理屈は分かっているのだ。

あとは、ただの父親としての感情を納得させるだけなのだが、だからこそ理屈ではなくなってくるのだとレアンドルは思った。

「コランタンは私と一つ約束をしました。」

「約束?」

「はい。さすがにコランタンは、平民が王女を娶る訳にはいかないと、当初は姉上が屋敷を訪れないように説得したそうです。」

「ヴィクトリーヌは聞くまい・・・」

「はい、聞きませんでした。そこでこれまで品評会に出展したことが無かったと言うのですが、今年出展して「ナイト」の称号を得ること。そうすれば形式だけではあるが貴族に列せられる。少なくとも平民へ嫁ぐよりは気は楽であろうと勧めました。コランタンも了承しました。」

「詭弁ではあるがな・・・」

レアンドルは、バンジャマンは、相手が有力貴族であってもごねるだろうと思った。

バンジャマンがどこまでも反対すれば、ヴィクトリーヌは勝手に出て行くだろう。

そうなれば、コランタンに何らかの罪を着せてしまうかもしれない。

それだけ身分制度とは厄介な代物なのだ。

「カロリーヌ様はいかが思われますか?恐れ多い言い方ながら、半ば強引に父上に嫁がれたカロリーヌ様ならば姉上のお気持ちはご理解頂けるのではないですか?だからこそ姉上はカロリーヌ様に話したのだと思いますが?」

レアンドルの言葉は、カロリーヌには反論の余地が無かった。

そして、当時のことを思い起こせば、ヴィクトリーヌを応援してやるべきではないかと思えてきたのだった。

「そうですね・・・私も同じようなものでしたね。ヴィクトリーヌの為ならばいくらでも力になりたい・・・でもね陛下、やはり王女が市井に嫁ぐと言うのは問題が多いのではなくて?」

「問題があるなら解決すれば良いと思っています。どのようなことであれ、相反する価値観を擦り合わせるのは楽なことではありません。今現在ヴァレリーが行っているナルウェラント攻略も価値観が最大の敵です。価値観を擦り合わせるとは「歴史を壊す」事に等しいと思います。父上もエーデランドとの和平を得るために歴史を壊し、そして作り直してきたではありませんか?姉上の結婚話などそれに比べれば何が問題になりますか?「王族である」などと言うプライドが邪魔をするだけでしょう?そもそも「民有っての王座である」と申されたのは父上ですよ?」

分かっているのだ。

バンジャマンもそのような事は十分に分かっている。

本人にその自覚が無くとも、端から見ればバンジャマンはヴィクトリーヌを溺愛している。

ヴィクトリーヌの誕生と共に亡くなったアレットの面影を見ている。

その感情が頷かないだけなのだ。

「一度コランタンにお会いください。もちろん、品評会でナイトの称号を得てからで結構です。それが私とコランタンの約束ですから。」

「しかしそのコランタンが故意に負けようとすることも有るのではないか?やはり身分の違いを自覚するならそうすべきだと・・・」

バンジャマンは悪足掻きだと思った。

理性はレアンドルの言が正しいと理解している。

「そのようなことを考える男なら私が肩入れするはずが御座いますまい。」

その通りだ。

レアンドルが認めている男なのだ。

バンジャマンは小さく一つ溜め息をついた。

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