マルスリーヌ②
フェリックスとマルスリーヌは、その足でルードヴィクの元を訪れた。
預かった書状を手渡し、フェリックスは一連の話を伝えた。
「書状にはナルウェラント、ブランシュ、エーデランドの三国による北海条約を締結したいとある。しかしバルタサール陛下は納得すまい。」
「父上のエーデランド嫌いは度を超していますからね。ブランシュだけなら兎も角、エーデランドは・・・」
「しかしこれが為れば南方との交易により多大な経済発展が見込めるのも事実、たいして裕福ではない我が国の発展には望ましいとも思えますが・・・」
「結論は陛下の御裁量次第、先ずはヴァレリー殿下の上陸許可を頂くことが先決ではあるな。
」
「そこは問題ないでしょう。私に一案があります。」
こうしてヴァレリーのナルウェラント上陸が決定された。
マルスリーヌの企てがバルタサールを頷かせたのだった。
三日後、ヴァレリーはナルウェラント最大の軍港ボーマに上陸した。
港には、大型の軍船が多数係留されており、さすが海洋国家、バイキングの末裔と思わされた。
ヴァレリーは、フェリックスと共に馬車に乗り込み、ナルウェラント首都オセラに向かった。
三日前の事、ヴァレリーはフェリックスから聞いた話を思い出していた。
「バルタサール陛下はどうあってもお会いになりますまい。」
「そうですか・・・何か方法は有りませんか?何としてもお会いしなければなりません。」
「会えないと申したのは正攻法でのこと。策は有ります。」
「それはどの様な・・・」
「ルードヴィク将軍を頼ります。と同時にマルスリーヌ様にもお味方頂きます。」
「マルスリーヌ様とは?」
「バルタサール陛下の一人娘で、陛下はマルスリーヌ様を溺愛しておいでです。」
今一つ腑に落ちない表情のヴァレリーに、フェリックスは続けた。
「ここはバルタサール陛下のエーデランド嫌いを逆手に取ります。実はルードヴィク将軍は、一つよろしくない癖が御座います。」
「どの様な?」
「優れた武芸者の名を聞くと、腕試しをせずにはいられないのです。」
「・・・」
「バルタサール陛下も存じ上げている事で、過去にバルタサール陛下の御前でルードヴィク将軍は何度も腕試しを行ない、ことごとく打ち破っております。これを逆手に取ります。」
「つまり私はルードヴィク将軍と御前試合を行わなければならないわけですね。」
「その通りです。」
「しかも連戦連勝の将軍との勝負。将軍も名誉にかけて手は抜かないでしょうね。」
「ヴァレリー殿下はブランシュ一の剣の使い手だとか?ルードヴィク将軍はかなりの使い手ですが、如何されますか?」
フェリックスは、少し意地が悪かったかなと思ったが、ここで尻込みするようならバルタサール陛下に一喝されるだけの事、それならそれで良いと思った。
少々残念ではあるが・・・
「楽しみが増えました。」
「なんと?」
「いや失礼いたした。猛将の誉れ高いルードヴィク将軍と手合わせできるなど望外の喜び。この様なことでもなければ立場が邪魔をして手合わせなど出来ないことでしょう。それだけでもナルウェラントを訪れる甲斐があるというもの。」
フェリックスは、ヴァレリーが馬鹿なのか本当に腕に自信があるのか分からなくなった。
しかし、そう言ったヴァレリーの目は、鋭利な刀のように鋭く光っていた。
◆◆◆◆◆
首都オセラは、「水の都」と呼ばれるほど運河が張り巡らされ、地上を馬で走るよりも、船を使った方が移動が速かった。
そのため、乗り合いの小舟が無数に運河を走っていた。
ヴァレリーも、オセラに着くと船に乗換え、そのまま王城「ヒース城」まで船で移動した。
「この運河も冬は氷に覆われます。そうすると国民は氷の上を滑りながら移動するのです。物資運搬の手段も船からソリに代わります。むしろソリのほうが効率は良いですね。」
フェリックスの説明に、ヴァレリーは巧妙に配置された運河が、都市防衛の要になっていることに気付いた。
運河によって道路は分断され橋がかけられている。
橋を切って落とせば敵の侵攻を防げるというわけだ。
「見事な水利ですね。王都防衛にも絶大な効果が有るでしょう・・・」
フェリックスへ問いかけたわけでは無かったが、フェリックスは、やはりヴァレリーはただ者ではないと感じた。
ヒース城へは、船に乗ったまま入城した。
「ヒース城」の名の由来は、この国の至るところに咲く「ヒース」という花である。
赤紫の小さな花を絨毯のように咲かせる。
寒さに強く、荒れ地でも咲く生命力の強さから、城内にもたくさん植えられていた。
なかでも、西門にある庭園は、ヒースを中心に様々な花が植えられており、この庭を管理するためだけに百人もの庭師が雇われていた。
また、ヒースが咲き始めると、西門が開かれ、国民は自由に出入りできるようになる。
この時期、ヒース城は、国民の笑い声に満ちる。
そしてこの庭園造園と解放を行ったのがバルタサールその人なのであった。
バルタサールが国民から絶大な支持を受ける一つの理由であろう。
ヴァレリーは、船を降りると一人の女性の出迎えを受けた。
マルスリーヌであった。
「ヴァレリー殿下、ようこそお出でくださいました。バルタサールが娘、マルスリーヌで御座います。」
優雅にドレスの裾を掴み挨拶するマルスリーヌは、一瞬言葉を失うほど美しかった。
「これは王女様、ブランシュ王国王弟ヴァレリーで御座います。お出迎え頂きありがとうございます。」
ヴァレリーもブランシュ式に右手を前に左手を後ろに腰を曲げて挨拶した。
その光景を見ていたフェリックスは、得も言われぬ感覚に陥っていた。
「マルスリーヌ様は本当にヴァレリー殿下に嫁ぐのではないか?」そう思えるほど二人の出で立ちは自然で、初めて出逢った者同士とは思えない調和があった。
「ルードヴィク将軍との約束までまだ時間があります。よろしければお茶などいかがですか?」
「お誘い無下にも出来かねます。喜んでお招きに預かりましょう。」
マルスリーヌはヴァレリーの値踏みを、ヴァレリーは、交渉を円滑に進めるため思惑が合致したのだった。
マルスリーヌは、西門のヒース畑にテーブルをあつらえ、そこにヴァレリーを招いた。
まだ、半分ほどしか咲いてはいなかったが、十分に美しい光景だった。
「なるほど、ヒース城と呼ばれる由縁ですか?見事なヒース畑です。」
「よくご存じですね?もう少しいたしますと満開となります。それは見事な眺めですよ。ヴァレリー殿下は何故ナルウェラントの国花がヒースなのかご存じかしら?」
マルスリーヌの何気ない話も、ヴァレリーがどれだけナルウェラントに理解を示すかの探りでもあった。
「詳しくは存じ上げませんが、ヒースは寒冷に強く、荒れ地でも育つ力強さを持つと聞いています。ナルウェラントという寒さの厳しい国において、力強く育つヒースは、ナルウェラント人を比喩しているのかと思います。」
その通りであった。
「流石で御座いますね。良くナルウェラントのことを勉強していらっしゃる。」
「付け焼き刃で御座います。お恥ずかしい。」
そう言って微笑みながら紅茶を口にするヴァレリーを見て心臓が高鳴るのを覚えた。
「噂に聞いたのですが、ヴァレリー殿下は、ガレア島で大蛇を退治なさったとか?」
マルスリーヌは、高鳴る鼓動を押し隠すように噂話の真偽を聞いてみた。
「確かに大蛇を退治しましたが、私一人ではありません。事実としては体長22mの大蛇が居りました。残念ながら部下の二人を大蛇に飲まれました。しかし20人程の部下と共にこれを討ち果たしました。確かに止めを刺したのは私ですが、そこまでには弟のオーレリアンを含め、部下達の援護があったからこそできた話です。」
「そのような大蛇が居たとは到底信じられませんが?」
「退治した大蛇は、焼いて骨格標本にしました。学者達の研究に役立てればと思い、ガレア島に研究施設を作ることにしたので、機会があればお招きいたします。二体の大蛇の骨格標本をご覧になれるはずです。」
どうやら多少の尾ビレ背ビレが付いてはいるものの、大蛇退治は事実であるらしい。
「お聞きかと思いますが、今回ルードヴィク将軍との御前試合を提案したのは私で御座います。非礼は承知の上ですが、父バルタサールを頷かせるにはこれしかなかったのです。父はそれでも渋ったのですが、私が拗ねて見せたので渋々了解いたしました。父には「ルードヴィクに手もなくあしらわれる様をお笑いになれば良い。」などと申してしまいました。ブランシュの白狼将軍とあだ名されるヴァレリー殿下であれば、何とかしてくださるだろうなどと勝手に考えておりましたが、それ自体が非礼の極みでした。申し訳ございません。」
目を伏せ低頭するマルスリーヌに、ヴァレリーは頭を上げてくださいと微笑んだ。
「こんなことを言いますと、呆れられるかもしれませんが、この御前試合、私は楽しみにしています。」
「ルードヴィクは本当に強いですよ?下手をすればお怪我を負われてしまうかも・・・」
「だからこそです。クルメチアのスバニール将軍も強かった。もっとも、スバニール将軍と手合わせしたのは私が幼少のみぎりで、それこそ手もなくあしらわれました。戦場でも強敵と剣を交えてきましたが、このような御前試合でルードヴィク将軍のような武勇の方と堂々と渡り合えるなど、例え負けても名誉なことです。」
マルスリーヌは、「例え負けても」と言ったヴァレリーの言葉に「負ける気はない」と言いたいのだろうと思った。
普段なら「大言を吐く」と興味を失うところだが、ヴァレリーが言うと「勝つのではないか?」と思えてしまうのだった。
「そうですか。でも、ヴァレリー殿下が勝たれれば、私もブランシュやエーデランドに行くことが出来るようになるのかも知れないのですね?」
「はい、そうなったら喜んでご案内いたしましょう。南方の町リノなど、気候も温暖で各国の船が出入りする活気ある町です。異国の珍しい品々をお目にかけられるでしょう。」
「まあ、それは楽しみ!」
少しの間、マルスリーヌはヴァレリーからブランシュの話やエーデランドの話を聞いた。
ナルウェラントから出たことの無いマルスリーヌにとっては、どれも心踊る話であった。
「そろそろ約束の時間ですね。参りましょうか?」
マルスリーヌはそう言って立ち上がった。
ヴァレリーにとってここからが本当の戦いであった。




