大蛇
ヴァレリーとオーレリアンは入り江の洞窟にいた。
先ずは、視界を確保するために縦穴の岩肌一面に生い茂る蔦に火をかけ焼き払う事にした。
蔦に火をかけると、煙突効果で瞬く間に火の勢いは増し、バチバチと音を立てながら燃え広がった。
あまりの火の勢いに、ヴァレリー達は一旦入り江から撤退を余儀なくされるほどだった。
煙突効果による海からの洞窟の風の強さに四苦八苦しながら海上へ避難出来たのは、一時間半後の事だった。
鎮火を待つため、結局もう一日置くことになった。
そして翌日、三度入り江に向かった。
入り江の中は焼け落ちた蔦の燃えかすがうず高く重なり、焼け焦げた異臭が鼻をついた。
しかし蔦を焼き落としたことで、縦穴の全貌が見てとれた。
縦穴をぐるりと回っているであろう回廊の明り窓が規則正しく上へ上へと螺旋を描き続いていた。
また、内部にあったガレア教のシンボルと同じものが大きく彫られているのも発見された。
やはりこの入り江は、この島に人が住んでいた時代に作られ、ガレア教の重要な施設であったことがうかがわれた。
ヴァレリーは、探索にあたる兵全てに長さ1.5m程の棒を持たせた。
これにはある意味があった。
「皆聞いてくれ。」
ヴァレリーは、通路の入り口で再度兵達に語りかけた。
「この仕事にどの様な価値が有ろうとも、人一人の命に勝るものではない。しかし進まねば何も手にできない。危険だと思ったら無理はするな。決して単独行動をしてはいけない。あとは手はず通りに、蛇ごときに負ける我らではない!行くぞ!」
「おうっ!」と兵達は声を張り上げた。
ヴァレリーは先頭に立ち上へ続く回廊に踏み込んだ。
蔦を焼き落としたことで、通路は明るかった。
よく見れば、明かり取りとは反対側の壁面に燭台用の穴が無数に掘られていた。
オーレリアンがしたように、ヴァレリーも一つ一つ小部屋を探索していった。
そして問題の大蛇と遭遇した神殿洞窟に辿り着いた。
「兄上、この洞窟です。脱け殻があった事から大蛇の巣の一つではないかと思います。」
ヴァレリーは、頷いてから洞窟の中央付近で火を焚き、洞窟内を照らした。
大蛇の脱け殻は同じところにあった。
照らされた洞窟の壁面には無数の穴が開いていた。
「あの穴が大蛇の通路のようだな。迷路のように張り巡らされているのかもしれないな。」
自然に出来た穴なのだろう。
不規則に口を開けていた。
「しかしあの高さでは潜り込むことも出来ないか・・・もう少し上へ行けばあの辺りに繋がる穴が有るかもしれない。ここは少人数で守るには不利だ、通路へ出て監視する。」
ヴァレリーは、そう言って神殿洞窟から撤収した。
神殿洞窟の通路側に20人程の兵を残し、ヴァレリー達は上へ向かった。
そこは、オーレリアンが探索継続を断念したエリアであり、より慎重に進んだ。
そして、神殿洞窟の天井辺りに来たとき、それは突然襲ってきた。
回廊を登り、横穴に松明を差し込んだ。
途端に差し込んだ松明が生臭い風とともに消えた。
ザザザザッ!と岩肌が擦れる音と共に大蛇が姿を現し、先頭のヴァレリーに襲いかかった。
大口を開けて一飲みにしようとする大蛇を間一髪右に交わした。
後続の兵数人が大蛇とぶつかり階段を転げ落ちた。
「なるほど・・・でかいな・・・」
聞いてはいたが、その大きさはヴァレリーの予測を越えていた。
胴回り2mは有ろうか?
長さは優に20mは有るだろう。
その大蛇と向き合うには回廊階段は狭く分が悪かった。
「どうする?」
ヴァレリーは自問した。
「引けっ!ここでは狭すぎる!神殿洞窟まで誘い込む!」
ヴァレリーの指示に、オーレリアンは後続の兵に下がるよう指示した。
しかし百人を超える兵には、後続までなかなか指示が伝わらなかった。
ヴァレリーとオーレリアンは抜剣して身構えた。
ちょうど大蛇の頭部を挟んで、上にヴァレリー、下にオーレリアンという位置取りとなったが、ヴァレリーの横では大蛇の胴が下へ滑り降りつつあった。
「ムンッ!」
と気合い一閃、ヴァレリーは大蛇の胴に剣を突き立てた。
キミヤスの細身の剣は、大蛇の硬い鱗を突き破り深々と突き刺さった。
激しい空気の炸裂音が大蛇の口から弾け出た。
声を発する事が出来たのなら、さぞ激しい悲鳴であったろう。
オーレリアンに向けて開かれていた口は、憎悪に歪むように閉じられヴァレリーの方を向いた。
ヴァレリーの左手に胴体、そして向き直った頭が右手から這い戻ってきた。
ヴァレリーは、胴体を刺し貫いた剣を抜き身構えた。
「オーレリアン!今のうちに兵を下がらせろ!」
「兄上!一人では危ない!」
「大丈夫だ!見たであろう!剣は通じるぞ!」
オーレリアンは、兵を下がらせることこそヴァレリーの安全に繋がると思い、何度も下がるよう指示した。
しかし二人が残った。ウジェーヌとシルベーヌだった。
「一太刀でも浴びせねば、悪夢から抜けられそうもありませんのでな・・・」
ウジェーヌはそう言って戦斧を身構えた。
「ここまで大きいと蛇と思えません。蛇でなければ怖くありませんね。」
シルベーヌもそう言って抜剣した。
しかし状況は簡単ではなかった。
大蛇が上を向いたため、ヴァレリーは大蛇に絡み取られた格好となってしまったのだ。
「兄上っ!」
オーレリアンは、大蛇の背に飛び乗り真っ直ぐ剣を突き下ろした。
オーレリアンの剣は、大蛇の背を深々と刺し貫いた。
しかしあまりに深く突いたため、剣の根本から折れてしまった。
大蛇はヴァレリーへ向けていた頭を再びオーレリアン達がいる下方向へ向けた。
しかし狭い通路内での再度の方向転換のため、大蛇は自らの体を蜷局を巻くように窮屈な体勢となった。
「兄上っ!今です!」
オーレリアンは大蛇の背から飛び降り、ヴァレリーに声をかけた。
ヴァレリーは、大蛇の注意が逸れたことでその頭上を飛び越えて脱出を図った。
しかし大蛇は、体を捻り回すことで窮屈さを脱し、今まさに頭上を飛び越えようとしていたヴァレリーを、後ろから一飲みにしようと大口を開けて襲いかかった。
ヴァレリーは後ろからの攻撃に為す術なく大蛇の口の中に消えた。
「兄上っ!」
「殿下っ!」
オーレリアン、シルベーヌが悲鳴を上げた。
しかし大蛇の口は閉じなかった。
開いたままの口からヴァレリーが転がり出た。
大蛇の開いたままの口には、ヴァレリーが全ての兵に持たせていた棒が縦につっかえ棒となって大蛇が口を閉じるのを妨げていたのだった。
「走れっ!」
ヴァレリーはそう言ってオーレリアン達と神殿洞窟を目指した。
大蛇はヴァレリーの残したつっかえ棒を顎の力で折り砕き、その目に憎悪の鈍い光を宿しながらゆっくりとヴァレリー達を追った。
ヴァレリー達は神殿洞窟まで走った。
多くの兵は、そのまま入り江に避難させた。
ヴァレリー、オーレリアンは、シルベーヌ、ウジェーヌ他精鋭20名程と共に神殿洞窟に入った。
岩壁沿いに無数の松明を燃やし、洞窟内を照らした。
大蛇はなかなかやってこなかった。
「逃げたか?」
オーレリアンが呟いた。
「いや、回廊をやって来るとは限らないぞ!頭上にも注意しろ!」
ヴァレリーの言う通りだった。
頭上から小石がパラパラと落ちてきた。
「上だっ!」
小石が落ちてきた辺りに居た兵が慌てて飛び退いた。
ダァァンッ!と砂ぼこりと共に床に叩き付けられるように大蛇が落ちてきた。
ヴァレリーとオーレリアンが負わせた傷のせいか、動きが鈍いように見えた。
しかし間をおかず大蛇は鎌首をもたげ、威嚇するように「シューッ!」と口から息を吐き出した。
真っ青な舌が激しく震えている。
兵達は槍を手に取り身構えた。
舌の青さとは正反対に真っ赤な大口が開かれた。
その禍々しさに後退りするものも居た。
しかしヴァレリーは一歩踏み出した。
キミヤスの剣を身構え、大蛇の正面に立った。
金色に光る大蛇の目がヴァレリーを捉えた。
大蛇は頭の位置をそのままに、胴を前へ移動させた。
飛び込む距離を測っているようだった。
ヴァレリーはそれに気付いた。
しかし逆に自ら距離を詰めた。
大蛇はそれを見逃さなかった。
一気にヴァレリーに襲いかかった。
大蛇の大きく開いた真っ赤な大口が迫る!
ビッシリと生えた牙が禍禍しい。
ヴァレリーは横っ飛びに間一髪で避けた。
「ウジェーヌ!戦斧を貸せ!」
すかさずウジェーヌはヴァレリー目掛けて戦斧を放った。
空中で戦斧を掴み、ヴァレリーはその勢いのまま回転しながら自在に振り回した。
細身の体ながら、重い戦斧の回転を操り身構えた。
戦斧は、腕力の有るものには適しているが、ヴァレリーのように細身の者には不向きであるが、ヴァレリーは、それを回転運動によって重さが無いもののように操った。
「援護する!槍を放てっ!」
オーレリアンが兵達に命じた。
一斉に槍が投げつけられ、半数ほどが大蛇の胴に突き刺さった。
しかしその槍も、大蛇が身をくねらせると全て抜け落ちてしまった。
「近距離から深く突かねば効果は薄いか!」
オーレリアンは、そう呟くと抜け落ちた槍を拾い上げ、大蛇の胴目掛けて突進した。
「ハッ!」
気合い一閃槍を突き立てた。
「シャァッ!」
大蛇が声にならぬ声を発した。
「者共続けっ!」
ウジェーヌがオーレリアンの後を追い、槍を突き立てた。
シルベーヌは、軽やかに舞うように大蛇の右目を切りつけようとした。
しかしそれに気付いた大蛇は、宙に飛んだシルベーヌ目掛けて大口を開いた。
シルベーヌの方へ頭を向けたため、ヴァレリーの正面には無防備に横っ面が晒された。
ヴァレリーは、戦斧を回転させ、その横っ面に叩き付けた。
戦斧は、大蛇の左顎下に食い込んだ。
勢いそのままに顎下を切り裂く。
生臭い血が吹き出る。
ヴァレリーの攻撃でシルベーヌに向かって開かれた口が弛緩した。
シルベーヌはそのまま大蛇の右目に切りつけた。
金色に光る目は、シルベーヌの一撃で真っ赤に染まった。
それでも強靭な生命力を見せつけるかのように身を捩り、尾を振り回して人間どもを凪ぎ払おうとした。
「たいした生命力だな。」
ヴァレリーは、そう言って抜剣した。
右目を失い、顎下を切り裂かれ、胴体には無数の槍が突き刺さっても尚威嚇するように勢いよく息を吐き出した。
「今楽にしてやる!」
ヴァレリーはキミヤスの剣を両手で持ち、突進した。
大蛇も最後の力を振り絞るようにヴァレリー目掛けて大口を開けて迎え撃とうとした。
しかし顎下を切り裂かれた大蛇の口は、だらしなく開いているばかりだった。
ヴァレリーはその開かれた口中に剣を突き立てた。
「ハッ!」
ヴァレリーの剣は、大蛇の上顎から頭頂へ貫通した。
ヴァレリーは反転し、貫通した剣を大上段に口先へ向かって振り切り、大蛇の頭を真っ二つに切り裂いた。
キミヤスの鍛えた剣ならではの切れ味だったろう。
頭を絶ち割られた大蛇は、力なく体を弛緩させて崩れ落ちた。
「やった!大蛇を仕留めた!」
「ヴァレリー殿下が大蛇を仕留めた!」
兵達から歓声が上がった。
「凄い・・・なぜあの細身の剣で硬い頭骨を切り裂けるのか・・・」
オーレリアンは、ヴァレリーのあまりにも凄まじい剣技に震えが止まらなかった。
「オーレリアン!これで大蛇の呪縛も絶ちきれただろう?」
命懸けの戦闘であったはずなのに、ヴァレリーは清々しいほどの笑顔を見せた。
「ウジェーヌ!吹っ切れたか?」
声をかけられたが、ウジェーヌもオーレリアン同様に、あまりにも凄まじいヴァレリーの太刀筋に言葉を失っていた。
「殿下っ!お怪我は有りませんか!」
シルベーヌがヴァレリーの元へ駆け寄った。
ある意味ヴァレリーの実力を、嫌と言うほど見せつけられてきたシルベーヌが一番平静だった。
「蛇は怖くなかったか?」
からかうように言うヴァレリーにシルベーヌは平然と答えた。
「こんなに大きければニョロニョロしてませんから!蛇は怖くても怪物は気合いが入ります!」
そう言ったシルベーヌの足元に、ポトッと何かが落ちてきた。
「ひっ!」
顔面を蒼白にしてシルベーヌはバダバタと神殿洞窟を走り出てしまった。
シルベーヌが居た場所には、10cmほどの蛇がニョロニョロしていた。
後にこの出来事は、尾ひれ背びれが付いてヴァレリーの英雄譚として語り継がれ、演劇としても上演される事となる。
後日談ではあるが、神殿洞窟の更に上にあった横穴の中に、白骨化したもう一体の大蛇の姿があった。
ガレア教のシンボルマークには二匹の蛇が画かれていた。
おそらくヴァレリー達が倒した大蛇と、この白骨化した大蛇の二匹が画かれたのだろうと結論付けた。
すなわち、ガレア島にはもう大蛇は存在しない。
これを機に、ガレア島は急ピッチで港湾都市として整備されていった。




