№6
お茶会が始まって暫くした後、フローラは隣にいたクリスに何か耳打ちしていた。クリスは完璧な笑顔―――作り笑い―――を浮かべ、答えた。
「あはは、お断りします。僕にはメグリヤがいるので」
「何をそこでこそこそ話してるんだよ?」
スノーがクリスに尋ねる。すると、クリスはにやりと笑って言った。
「大人の事情、ってヤツかな?」
「えっ? 何や? 大人の事情? まさか、AまでいったとかBまでいったとか―――」
コレスティーノは興味深そうに話に首を突っ込んでくる。
「お前はいちいちうるさいぞ」
ベイビードールはコレスティーノをたしなめた。だがしかし。
「せやったか~、クリスくんも大人になったんやなぁ~。そこにいるフローラさんに聞いた話やと、昔は相当初心やったって―――」
「それ以上何か言ったら、殺すかもね?」
クリスはにっこりと笑った。その笑顔からは殺気が滲み出ている。
「ちょ・・・冗談やで。そんなつもりじゃ……」
コレスティーノはあくまで冗談として言ったのだった。彼の予定では、『そりゃお前もやろ!』とツッコミが入るはずだったのだ。
「はははっ。うまいことかわしたね、クリス」
スノーは腹を抱えて笑う。
「お誉めに預かり光栄だよ、スノー。あとゴメン、コレスティーノ。さっきのはもちろん冗談だよ」
とんだブラックジョークである。
「せやなぁ、やと思った。……で、何や? メグリヤって誰なん?ガールフレンド?」
「そうだよ」
クリスはあっけらかんと答える。
「ええなぁ、俺はまだできんのや。でも俺、一度娼婦とやったことあるんやで。……痛かったけどな……」
「え? お前が?」スノーが意外そうに言う。
するとクリスはコレスティーノに近付き、静かに言い放った。
「玲と鈴がいる前でそういう話はやめてくれないかい? あとで君の****がどうなっても知らないよ?」
双子にそういう単語を聞かせたくないと言ったのはどこのどいつだ? とコレスティーノは思った。お前、言った傍から平然と使ってんじゃん。それはいいのかよ? と。
コレスティーノの考えを見透かしていたのか、クリスは「君みたいに大っぴらじゃないからね」と冷笑した。彼は作り笑顔を止め、素の表情を露わにする。
「僕を甘く見ないことだ。言っておくけど、僕はただただ優しいわけじゃないんだよ。無条件に優しい奴なんて、この世にいるものか。いたとしたら、そいつは誰よりも人間離れしている。―――多分知らないと思うけどね、残酷さが7割で優しさが3割なんだ、僕は」
「あー……。笑っとらんと幸せが逃げるで。なっ、スノー?」
「うん。そうだな」
スノーはクリスの機嫌を窺いながら頷いた。
「分かってくれたなら、いいんだ」
ぱっと笑顔を作り直すクリス。そこへ、彼らがこそこそ何をしゃべっているのかが気になった双子がクリスの元へやって来た。
「何を話していたの、クリス兄」玲が訊く。
「ん? ああ、明日のお茶会の話をしていたんだよ。だよね? コレスティーノ」
クリスは双子に見えないようにコレスティーノを睨んだ。スノーには、彼が『話を合わせろよ』と言っているように思えた。だが、空気の読めない男コレスティーノが果たしてそれに気付くだろうか。
「えっ? そうやったっけ。俺は―――」
馬鹿な奴、とスノーは冷静に思った。嘘をつけないのにもほどがある。本当のことを話したところで、クリスの機嫌が悪くなるのは目に見えているのに。
「そうだよ。お茶会の話さ。楽しいお茶会の……ね」
スノーはとっさに誤魔化した。言いながらコレスティーノを睨んでやる。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。僕は、皆に優しく接していると思うんだけどな」
クリスは、どうしてそんなに怖がるのか分からないと言いたげだった。もちろん、彼らが自分を怖がっている理由を分かっているにも関わらず、だ。
「お前は偽善者作りがお得意となっているようだ。そこの婦人から『躾け』と称して教わったのか」
ベイビードールが尋ねた。
「はて、そんなことをしたかのう。覚えておるか? クリス」
フローラは笑いを堪えながらクリスに話を振る。
「さあ、僕にも分からないね」
クリスも同様に、必死に笑いを堪えていた。
その時、「謎は謎のままか」と誰かが言った気がした―――。
そして、ジュダ、クラウド、アンジェは用事があると言って帰っていってしまった。
残った他七人はそのまま愉快なお茶会を続行した。
次話から『紅騎士』さんの執筆です。