№5
「悲しむことを知らないなんて、可哀想な人ね」
「そうだ。憐れむべきなんだ」ジュダは冷たく言い放つ。
「でも、無幻の力は本当に素晴らしいよ。石ころをパンに変える、ただの湖をジュースの湖にする、雨粒を宝石に変える、葉っぱを魚にする、とかね」
スノーは無幻の力の素晴らしさとやらをとうとうと語った。
「フン。流石は永眠、考えることが浅はかじゃ」フローラは呆れたように言った。
「そんなことができるなら、もっと有効に活用せぬか!」
「有効に?」
「そうじゃ。例えば、敵国の兵を味方につける、とかの」
すると、ベイビードールは首を横に振って言った。
「命無きものに命を吹き込み、命あるものに幻を魅せる。それが無幻の力だ」
「ほう、そうであったか。いかんせん、わしはこの世界に来て日が浅いのでの。じゃが、石ころをパンに変えるというのは、少し無理があるのではないか? そもそも、パンに命は無かろう」
「いいや、べビィ―はこう言いたかったんだ。『命なきものは使者を表す』。そして命あるもの、それが俺。俺ら。石ころがパンに見えるのも、雨粒が宝石に見えるのも全て幻。つまり、死者をよみがえらせること、幻を魅せること、それが無幻の力。……だよな? べビィー」
「その通り。まぁ、お前のような凡人には少々理解しがたいものだったようだが」
「やれやれ、仮にも客人を凡人呼ばわりするとは。王だか何だか知らぬが、教養が鳴っておらぬようじゃの。なんなら、わしがお主を躾けてやろうか? クリスのようにの」
「フ、フローラ様っ!!」
クリスは赤面してフローラに詰め寄る。
「くくくっ、何、冗談じゃ」
それを見てフローラは愉快そうに笑った。
ベイビードールははぁ、と溜息をついてフローラに言い返した。「躾けなら、された。そこの『バカ』にな」
「そう、俺がべビィ―を躾けたんだぜ。スゲェだろ。べビィ―、ちょっと意地っ張りなところがあるから大変だったけど、まぁ大成功。なっ」
スノーはベイビードールに同意を求めた。
「そうだな。夜中にベッドにもぐりこんで―――」
「あぁ……。あれは、偶然だ。 部屋を間違えたんだよ、アンジュのと」
「私を呼んだ?」
スノーが苦し紛れに言った瞬間、当の本人―――アンジュ―――がやって来た。
「?! ああ、アンジュ!!」
「何の話をしていたのよ?」
アンジュは訝しげにスノーを見やる。すると、ジュダが答えた。
「スノーが奴のベッドにもぐりこんだって話さ」
「えっ?!」
何やってんのよ、あんた。彼女はそれ以上何も言わなかったが、目はそれを物語っていた。
「いや、だから間違いだって。俺には君しかいないよ」
と、スノーはわざとらしい演技をつけて言った。
「何だよ、それだけかよ」
鈴は拍子抜けしたようだった。
「俺なんか、博士に****させられるとか****とかされてたんだぞ?!」
「鈴……。それ、威張ることじゃないわ」
「威張ってない!!」
すると、スノーはさらりとこんなことを言ってのけた。
「俺は、かわいい子猫ちゃんしかベッドに入れたことないんだ。羨ましいだろ」
「はあ?」
玲と鈴は訝しげにスノーを見た。猫をベッドの中に入れることが、どうして羨ましいということに繋がるのだろうかと。
「そんなことはどうでもいい。それより、どうだ。皆でお茶会をしないか」
「俺はアールグレイがいいな」スノーが真っ先に言う。
「私は……お茶の名なんて分からないから、そこにいる子と同じでいいわよ」
アンジュはそう言って鈴を指す。
「え、俺?」
「あなた以外にだれがいると言うのよ」
玲が鈴にツッコんだ。「それで、鈴は何が良いの?」
「俺はレモンティーがいい」
「レモンティー? 可愛い選択じゃない」
アンジュはクスっと笑う。
「な、何だよ笑うなよっ! だって……レモンティーは、母さんの好きな飲み物だったから」
玲と鈴の両親はもういない。彼らを失った時、玲と鈴はまだ幼かった。両親の顔すらもおぼろげだ。だが、このように些細なことを思い出す時がある。
「どちらにしろ、可愛い選択ね」
「……ちぇっ」
鈴は拗ねたようにそっぽを向いた。
「玲は?」クリスが尋ねる。
「私はアップルティー」
「二人とも、フルーツ系の紅茶が好きなんだね」
これは意外な発見だった。ここに来なければ、ずっと知ることのなかった事柄かもしれなかった。
「俺はコーヒー派なんだが」
クラウドは面倒臭そうにベイビードールに言う。するとベイビードールは恐ろしいことを言い出したのだ。
「ならばお前には人間を****機にかけて搾り上げた血の紅茶はどうだ?」
「普通の紅茶でいい……」
クラウドはやや疲れた様子で宣言した。
「僕もスノーと同じで―――何でも良いって言うと血が出てくるし―――良いです」
「わしはローズティーに決まっておる」
すると、器たちがどこからともなく現れる。
「さあ諸君、椅子に座れ。準備など一分もかからん」
ベイビードールがそう言うと、器たちは踊るようにくるくる回りながら各人のところへ飛んでいく。そこに紅茶が自動的に注がれていった。
「それも結局、幻なんだろ?」
「その言葉を口にしてはならない。幻は目の前の出来事を信じなければ現れぬ」
ベイビードールは鈴を睨んだ。
「あー、はいはい分かりました。そういうことにしておきます」
鈴は、やれやれというように肩を竦めた。




