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第二夜:芽萌して、葉出でる

お気に入り登録していただけたようで…

頑張ります


「花咲姫様。何かいいことでもおありになったのですか?たいそう機嫌がよろしいですが」

「あら、そう?茂野。私、そんなに楽しそうですか?」

花咲姫は鼻歌を歌いながら、返事した。


「…」これは重傷だ。茂野は思った。

女房の茂野は花咲姫が小さい頃から教育係として仕えてきたのだ。

こんなに楽しげな花咲姫を見たのはあの時以来だ…


「昨日、何かおありになったのでしょうか?」

茂野は花咲姫に尋ねた。教育係として、花咲姫の身に何が起きたのか知るべきだと思ったからだ。


「月がね、綺麗だったの」

「え…。月が綺麗……でございますか?花咲姫様」

茂野が素っ頓狂な声を上げて尋ねなおした。花咲姫はそれに気付く様子もなく言う。

「ええ。私とっても嬉しかったの」


「…」どうしよう。何が何だかさっぱり訳が分からない。茂野はさらに思った。

ついさっきまでこんな事は一度もなかったのに。

一体何が起こったのだろう。


花咲姫は、ふんふんと歌いながら、和歌集を読んでいる。

それを邪魔するわけにはいかず、茂野は何とも言えない目で花咲姫を見つめたのであった。






「金色夜叉よ。首尾の方はどうなっておる?」

金色夜叉は、雇い主の城にいた。

雇い主は以前花咲姫に求婚して、断られてしまった多くの大名の内の一人だ。


「は。何事も滞ることなく進んでおります。ただ…」

「ただ…?何だ?」雇い主が尋ねると、言うのを躊躇っていた金色夜叉はぼそっと

「少し思わぬ所に障害が…」と言った。


「ほう。そちでもやはり難しいか…さすがは宝の中の宝、生きる宝玉・花咲姫だ。

用心してかかれ。失敗は許さん。分かったな」

何も知らない雇い主は金色夜叉が言うのも躊躇うほどの仕掛けが城内に仕掛けられているのだと勝手に解釈した。


「はっ!」

そう言うと金色夜叉はサッと姿を消した。



金色夜叉は雇い主への報告を終えた後、行く場所もなかったのでぶらぶらと辺りをうろついていた。

今は冬で殺風景な景色が広がっていた。

ぶらぶらと姫のいる城の辺りをうろついているのは、姫をさらった後の退路を確認するためだ。

それ以上の意味はない。


それ以上の意味はない…が。


「ん?」金色夜叉は足を止めた。目の端を何か赤いのが横切ったような…

よく見ると、裸になった木々の向こうに緑に赤い花をたたえた、椿が咲いていることに気付いた。

…見事な椿だ。遠目から見ても分かるほどに花は美しかった。


「……」

金色夜叉は深く考えずに、その椿に寄っていった。






「…で、これがその椿なのですね!」

花咲姫は嬉しそうに言った。花咲姫の手には手折られた椿があった。

金色夜叉は目をそらして「ああ、そうだ」と言った。


「何故わざわざ私の所に持ってきてくれたのですか?」花咲姫は無邪気に聞いた。

「それは、……お前。あまり、外に出る機会がないだろう。だから珍しいだろうと思って…」金色夜叉は小さな声で言った。


小さな声で言っても、この夜の寂しい部屋ではよく聞こえる。

「ありがとうございます。大事にしますね」

花咲姫は金色夜叉に礼を言った。


「ああ、私はあなたからもらってばかりですね。申し訳ないです」

「いや、別に花をあげただけだろう?」

金色夜叉は不思議そうに言った。花咲姫は首を振って言った。

「いいえ。花をもらっただけでなく、助けてもらったし、また来てもらったのです。

何かお返しがしたいです…何か欲しいものはありませんか?」


「いや、…いい」金色夜叉は断った。花咲姫が何かしでかしてしまう、そんな気がしたのだ。花咲姫はそれでもしつこく聞く。

その後、花咲姫はようやく諦めて、

「本当にないのですか?仕方ありません…どうぞよろしかったらこれをもらって下さい」

そう言って、金色夜叉の手に何かを置いた。


「……これは?」金色夜叉は目の前の小さな袋状のものを観察した。

「匂い袋です。丹誠込めて作ったのです」

にこにこと花咲姫は笑った。それとは対照的に困った様子で金色夜叉は言った。

「………俺は、忍なんだが」

「はい」

「………匂いがあると、ばれてしまうだろう。居場所が」

そこまで言うとさすがに理解したらしく花咲姫は言った。

「…!!そこには気付きませんでした!すいません。浅はかな考えで金色夜叉さんを困らせてしまいました」

「…いや、気にするな。もしかしたら使うかもしれないだろ。ありがたくもらっておく」

金色夜叉は花咲姫が悲しそうな顔をしたので慌てて匂い袋を懐にしまった。

花咲姫はそれを見ると、嬉しそうに微笑んだ。




「私は、外の世界を知らないのです」

花咲姫は言った。それはどこか切なそうな、悲しげなものを孕んだ響きだった。


「私の世界は、この部屋と、高いこの部屋から見える月だけ」

「そうか…」金色夜叉は相槌を打った。


「金色夜叉さんはたくさんのことを知っているのですね。羨ましいです」

「そうか?」金色夜叉は聞いた。


「そんなことはない」

首を傾げる花咲姫に、金色夜叉は言った。

「俺が知っている世界は…そんなものじゃない」


花咲姫は金色夜叉の言っていることが良く分からなかった。

これも、自分が世間知らずのせいだろうかと思う。


花咲姫は金色夜叉に言った。

「それでも、私は嬉しいです。金色夜叉さんがどんな世界を見てきたのかは知らないけれど、そうやって今ここで出会うことが出来たのなら、私はとても嬉しいです」


金色夜叉はしばらく固まっていた。花咲姫は何故固まっているのか皆目見当が付かないので、とりあえず、側に座って金色夜叉を見ていた。


しばらくして、金色夜叉が言った。

「……お前、天然か」



「天然?万物は自然より生じると思いますが…」

「いや、そういうことではなくて…」

金色夜叉は頭をかいた。ここまで上手く意思疎通が出来ないのは人生で始めてかもしれない。





後日。


「何ですか、この椿は?」

「この椿?綺麗でしょう、茂野」

花咲姫はそういって、花瓶に挿してある一輪の椿を愛でながら言った。


その次の日から突然現れた謎の椿に茂野が頭を悩ませるのは、また別の話である。


椿の花言葉は「控えめな愛」だそうです

本人たちは全く知らないでしょうが…

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