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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第三九話 めでたしめでたし

 神託という物を聞ける人が、聖職者の中にはいるのだそうだ。

 場所やら人やら手順やらが複雑に決まっている上に、その決まりを守ってもそうほいほいと与えられる物ではないそうなのだけれども、一応確かにあるらしい。

 そしてそんな神託により、師匠は既に魔王ではない事、魔王はもう2度と現れない事、そしてそれを成し遂げたのは私と師匠だということが、神様から伝えられたのだそうだ。


 いや、私はそんなの聞いてないが、聖女って聖職者じゃないんかい。とか。

 まあ私この世界の神様に馴染みもなければ特に信仰してもいないけれど。場所も手順も知らないけれど。いやでも聖女って、そういうのをひっくり返せるレベルで神様と近しいのがセオリーじゃないの? とか。

 多少思う所はあったけれど、ともかく朗報だ。


 史上初の犠牲ゼロ、そして永劫の魔王討伐を成し遂げた最後の聖女である私と、魔王の運命に終止符を打った最後の魔王にして私の師匠である師匠は、それはもう大きな評価をされた。

 そして、二度と魔王が現れないということは、当然に魔王による【淀み】や【穢れ】が発生することはない。

 となれば、聖女召喚を禁止する国際法とやらは、もはや意味のない無用の長物であり、撤廃されるのが当然である。


 と、いうことで。


 我が師匠の死刑判決はひっくり返り、師匠は晴れて、完全無欠の自由の身となったのだった。

 名前もただのバージルではなくバージル・ザヴィアー魔導伯に戻り、それどころか昇爵の話も出ていたりするのだが私と結婚するのであればどうするかね、という議論になってるそうな。

 実に、めでたしめでたしである。


 そんなめでたしめでたしを迎えた私たちは。

 あの決戦の日から約1ヶ月が経過した、チチェスター王国の王都王城、私の区画のサンルームにて。

 完璧にだらけきっていた。


 いやあ、なんかこう、気が、抜けてしまって。

 今までは師匠の死刑回避のために! と奔走していたのだけれども、それももう必要ないし。

 魔王出現の直前は2、3日に1回ペースで淀みが発生していたのだけれども、それももうないし。

 ちょいと前まで人の治癒をして回っていたのだけれども、なんか知らんが初代聖女様の子孫の方々が急に一斉にパワーアップして強い癒しの魔法を使えるようになったとかで、私の出番、なくなったし。

 なんでも、初代聖女様は神の座に到って一族の守り神に成ったとかいう神託があったのだそうだが、それも私と師匠が成し遂げたとか言われたので、眉唾である。初代聖女様になんて、何もした覚えがないもん。


 初代聖女様一族やら、神職者やら、色んな国のなんか偉かったりすごかったりするらしい人々やらからの面会希望は死ぬほど(全部に応じていたら文字通り死ぬと思うくらい)来ているのだけれども、イマイチ気乗りしない。

 だって、師匠もう死刑囚じゃないし。面会に応じたところで、また最後の聖女への求婚者が増えるだけだし。


 そんなわけで。私は今、ほぼ昼食の時間に朝食を食べた後に、サンルームに本を持ち込んではみたものの全然読む気にもならずほけーっと庭とそこにいる蝶々を眺めている。そんな、だらけているとしか表現しようがない事をしているのが、現状だ。

 師匠は本を読んでいたような気がするのだが、いつの間にやら私の背後に立って私の髪を櫛で梳いている。寝癖でもついたままだったかしら。

 ここ最近は人に会う気もないし師匠との時間を邪魔して欲しくないためにメイドさんたちによるお世話も断っているので、そんな事もあるかもしれない。

 うーん、気が抜けすぎている。仮にも好きな人の前だぞ、私。

 何が楽しいのだか師匠は実に上機嫌に鼻歌混じりに私の髪を弄っているので、問題はないかもしれないが。


「師匠の故郷って、ど田舎って話だったじゃないですか」


「そうだな。山が子どもの遊び場になっていて、たまにその山の獣に子どもらが食い殺される程度のど田舎だ」


 いやこわいわ。

 軽く雑談を振ってみたつもりだったのに、えらい重い話が出てきてしまった。


「ちなみに俺は、二番目の兄貴のいたずらで山に置き去りにされて熊に食い殺されそうになった瞬間に、魔法に目覚めた。初回の魔法が『嫌だこっちに来るな』の一念で発動したものだから、後々呪文って別にいらないなと確信できたんだよな」


 なんでもないような口調で師匠が続けたので、その表情を窺おう……、としたら髪を弄るのに邪魔だったらしく、ひょいと彼の手で頭の位置を戻されてしまった。

 一瞬見えたその手に髪紐が握られていたので、このままヘアセットまでやってくれるつもりらしい。

 仕方が無いので、頭の位置はそのままに、私は再度尋ねる。


「師匠、よくぞ生きていてくれましたね……。んー、その危険極まりない山の中でも、私と師匠ならきっと楽しくやっていけますよね?」


「……まあ、あの山の生き物の中での格付けは済んでいるしな。俺に歯向かう存在はまずいないし、俺に歯向かえる実力のある生き物なんてのもいない」


「格付け、それは師匠が一番上で?」


「当たり前だろ。俺は世界最強だぞ。俺に歯向かえる実力のある生き物なんてのは、世界中のどこにもいない」


「そうですねぇ。師匠ってば世界最強ですもんねぇ。なにせ、一回は魔王になったくらいですから間違いない」


 ははは、ふふふ、と、私たちは笑いあった。

 この話を冗談にできる幸福を、しばし噛みしめる。

 と、そこでようやく、一度師匠の手が止まる。今日は、ハーフアップか。

 続いて師匠がこれで良いかと訊くように私の眼前にエメラルドの髪飾りを見せて来たので、私は頷いた。

 すぐにパチンと聞こえて、髪の結われた根元辺りに、髪飾りは納まったようだ。

 それで私の髪型を完成させたらしい師匠は、私の隣に移動してくる。

 彼が腰を落ち着けるのを待ってから、私は口を開いた。


「師匠なら空も飛べますし、そんなような人里離れた所に住んでも良いと思うんですよ。私、人見知り激しいですし、華やかな場は苦手ですし、……なにより、もうお見合いは勘弁して欲しいので……。……あまり人のいない所に行きたい……」


「まあ、余人が楽に来れるような土地に住んでいたら、求婚者の列はいつまでも途切れないだろうな。多少危険な山の中くらいが、リアにはちょうど良いかもしれない」


「ですよね。もう、私は師匠だけが良いのに! いらないんですよ求婚者とかっ!」


「……」


 そこでなぜか、師匠が黙り込んでしまった。


「……? どうしました?」


 私が訊けば、師匠は、えらく深刻そうな表情で、答える。


「いや、俺は結局お前に愛してるとか結婚してくれとか、ちゃんと伝えていないなと、ふと気が付いて。なんか当たり前みたいにお前の婚約者面してるけど、俺にその権利があるのかな、と」


「ありますよっ! 私がさんっざんぱら好きだ愛してる結婚してくださいって伝えて来たんですから、師匠はただ頷いてくれるだけで……いやでも都度断られてきたので、やっぱり両想いとわかった今に改めて伝えた方が良いのかな……?」

「いや、しなくて良い。それくらいは俺に言わせろ。リアの生まれた国だと、婚姻の申し込みの作法は何か決まった物があるか?」


 私が首を傾げていると、師匠はそれを遮って、そして逆に尋ねてきた。

 私は更に、首を傾げてしまう。


「……どう、でしょ。婚約指輪をパカってする、とか……? でも婚約指輪は2人で選んだ方が良いって説もあった気がしますし……。別に、何でも良いんじゃないでしょうか。というか、逆にこっちの国はどうなんです?」


「……」


 師匠は、またも黙り込んでしまった。

 なにこの沈黙。

 戸惑う私に気づいたらしい師匠は、気まず気に視線を泳がせながら、言葉にしていく。


「こう、求婚する側がされる側の前に膝をついて、両の掌を上に向けて差し出す。で、された奴が受けても良いと思ったらそこに自分の両手を重ねる……んだが。これ、そうやって道を繋げて互いの魔力を混ぜるって意味なんだよな。その程度じゃ混ざらないんだが、一応儀式的な意味ではそうなってる」


「それ……、師匠が私に最初に魔法を教えてくれた時に、割と似たような事、しませんでした?」


「したな。実は内心かなりドキドキしていた。ついでに言えば、クリスティアンが絶妙に生ぬるい目で見てやがったのが、なんとも居心地が悪かった」


 私の疑問に、師匠は涼しい顔でそう答えよった。

 腹が立つくらいに涼しい顔だ。あの時も、今も。本当にドキドキなんてしてるのか、これで。

 でも、こんな顔して、そんな、文化や文脈を知らない好きな人の左手薬指に指輪を嵌めてこっそりときめくみたいな事をしてたなんて。……かわいいと思ってしまう私の負けだろう。惚れたが負け。はい。

 他の人にされてたらめちゃくちゃ怒るところだけれど、あなたなんで良いです。


「いやでもほら、リアの魔力の道は、結局手には繋がっていなかったわけだから。結果として、不成立だったろ、あの時は」


 私は良いのだが、怒られても仕方がないという自覚があるらしい彼は、そんな言い訳めいた言葉を付け足してきたけれども。


「いや、だとしても、私は口から魔力なわけで、ということは私の場合お返事は口づけで返すってこと、では?」


「……そんな気がするよな」


「……ってことは、私たち、やっぱり婚約成立してません? あの時に」


「してた……な。聖女の魔力を直に流し込んでもらったことで魔王の核が消えたわけだし、実際に今もリアの魔力が俺のそれに混ざっているしな。儀式的どころか実際にそこまで至っているのだから、文句のつけようはないだろう」


 私が重ねて質問すれば、師匠はうん、うんと頷いた。

 おや、師匠にも聖女パワーが。


「気のせいでなく、バリアとかそういった聖女らしいような魔法を使うのが、一段楽になった。俺の身の内側から、お前の気配もする。確実に俺の中に残ってるよ、リアの魔力が」


 そこまで続いた師匠の説明を聞いた私は、ひらめく。


「それはもう婚約というか、結婚したみたいなもんでは? よし皆さんに私は既婚者なので縁談は全部お断りですとお伝えして……」

「俺と結婚したと言い張ってくれるのはかまわない、というか嬉しいが、残念ながらリア、聖女は何人配偶者を持っても良いんだ」


 ところが、彼は実に残念な事実を教えてくれた。

 絶対先代だろそれ決めたの……! マジであいつ余計なことしかしない。エミールがよぉ……!!

 恨み言の一言も言いたいが、師匠に言っても仕方がないので押し隠し、私はにっこりと微笑んで彼に伝える。


「なるほど、キリがないんですね。私たちがこの城にいる事はバレてしまっているわけですし、ここを出て、どこか遠くに逃げましょう」


「そうだな逃げようか。俺が嫉妬でおかしくなる前に」


 あら。今までは散々他人に私を押し付けようとしていたくせに。

 本当にこの人私のことが好きなんだなぁとニマニマしていると、師匠は照れくさそうに頬をかきながら言う。


「実際に見たらあまりに何もないど田舎過ぎてさすがに住むには……となるかもしれないが、一旦は俺の故郷に行こうか。あの山は俺の庭だからな。景色のいい場所も、いくつか心当たりがある。既に成立していたような気もするが、そこで改めて、『俺と結婚してくれ』と言わせて欲しい」


「きゃー、良いですねぇ! 師匠の思い出の地で、プロポーズ! 指輪はいらないですけど、花でもあると更にロマンチックで嬉しいです!」


「花、か。何色が良いとかあるか?」


「え、なんだろ。情熱的な赤でも良いですし、かわいらしくピンクとかでも、ああでもでも結婚と言えば白なのかな? あ、でも最終的には師匠が師匠のセンスで選んでくれたらそれが一番嬉しいです! 師匠は、私にどんな花が似合うと思います?」


 私は高まったテンションのままに、ちょっと図々しかったかなという問いかけをしてしまった。自分には何かしらの花が似合うと思っている程度のうぬぼれがなければ、出ない問いだ。

 けれど師匠はちっとも馬鹿にせずに、ひどく真剣な表情に変わる。


「……考えておく。その時までに、じっくりと。ところで、リア、お前結婚してもそのままの調子で俺を師匠と呼び続ける気か?」


「それは確かに、変ですね。……ええと、バージル、さん?」


「さんも敬語もいらない」


「それは……。徐々に、慣れて行こうと思い、ます。はい」


 ごもっともなんだけれども。

 どうにも慣れなくて、気恥ずかしくて、私は曖昧な返事しかできなかった。

 バージルさんがそれを微笑まし気に見つめてくるのも、いけないと思う。照れが加速してしまう。


「さっそく固くなってるぞ。お前はそういうところが、本当にかわいいな。……ああそうだ、『俺と結婚してくれ』はきちんと準備を整えてから伝えるが、今この場でこれは改めて言っておこうか」


「? なんです?」


 佇まいまで直してからの宣言に、私ももぞもぞと背筋を伸ばしながら、訊いた。

 彼はふわりと綺麗に笑って、心底幸福そうに瞳をとろけさせ、愛と熱のたっぷりと籠ったあまりにもこれまでの彼とは違い過ぎる甘ったるい声音で、告げる。


「愛してるよ、リア。ずっと、ずっと、お前がこの世界に来てくれてからずっと、俺はリアのことが愛しくて仕方がなかったよ。魔王の運命から逃れて、ようやくお前に伝えられた。全部、リアのおかげだ。諦めずにいてくれてありがとう、俺の最愛の聖女」


 この人は! 本当に! 私をどうするつもりなんだ!!

 嬉し恥ずか死したらどうしてくれる!

 声にならない声を叫びたかったけれど、暴れて回りたかったけれど、グッと堪える。

 そして、震えそうになる声を、というか体は既に若干震えてしまっているのだけれどもそれもなんとか抑えつけて、告白を返す。


「わ……、私だって、バージルさんのことを、愛しています。生きててくれて、私をこの世界に呼んでくれて、色々と面倒も見てくれて、……なによりやっぱり生きててくれて、ありがとうございますっ……!」


「……死ぬ気満々でお前をこの世界に呼んだのに、こうなるなんてなぁ」


 はは、と弱弱しい笑みに変わって、少し遠くを見ながら、彼はそう呟いた。

 私は、それはもう力いっぱい指摘してやる。


「初対面の時のバージルさん、マジで覚悟ガンギマリ過ぎてめちゃくちゃこわかったです」


「そりゃ、悪かった」


「本当ですよ! ……もう、死ぬ覚悟なんて、二度としないでくださいね。まあ、ちょっと死んだとしたって、史上初の偉業を成し遂げた偉大な聖女である私が、現世に引き戻してやりますけどっ!」


「実に、頼もしいな。とはいえ、お前を泣かせたくはない。重々気を付けるよ」


 バージルさんは、私の文句をさらりと受け止めた。

 私はそこで、ハタと気づく。


「……そういえば、前に聞いたバージルさんの好みって……」


「あの時には既にリアの事が好きだったから、嘘だな。ああいや、『泣かないでくれ』とは、本気で思っていた」


 やっぱり、そうなのか。


「ふふ、じゃあ、泣かさないようにしなきゃですね? 泣かせないでくださいね? 私が、あなたの好みから外れないように」


「そうだな。リアがどうなろうと俺の好みから外れるなんて事はないが、俺には惚れた女を泣かせる趣味はない。リアを泣かせないよう、努力していくさ」


 冗談めかして言ったのに、どこまでも真面目に、彼はそう返してきた。


 そうしてこうしてあれこれあって。

 最後の聖女と最後の魔王は、手に手を取り合って、愛の逃避行、と、決め込んだら。

 王太子殿下が追いかけて来ちゃったり、マライア王女が追いすがって来たり、メイドのセラさんとその部下の侍女見習いさんたちがしれっとバージルさんのご実家近くに新しい家を手配してそこで待っていたりと、まあ多少の騒ぎは、あったのだけれども。


 バージルさんはもうすっかり死ぬ気なんて無くなっていたし、彼が私といっしょに生きていてくれさえすればしあわせなのが、私なので。

 その上、バージルさんはなんだってできる世界最強だし、私はそれに唯一対抗できる異世界からの聖女なので。

 よって、どんな騒ぎがあろうと全部多少のことでしかなく、私たちのしあわせはもう、揺らぐ事はない。

 ということで。


 めでたしめでたし。


 そんなハッピーエンドのお決まりの言葉で、最後の聖女と最後の魔王の物語は、締めくくられるのであったとさ。

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