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「聖女よ。さっきまでイリスに向けていた威勢はどこへ行ったんだい?」

「ひっ……!」

「申し訳ありません! どうかお許しを……!」

「別にアタシは怒っていないさ。ただこの娘のような人間には興味がないだけで。だから謝る必要はないよ」

「ですが……」

「アタシがいいと言っているんだ。何か問題でもあるか?」

「いえ、ありません」

「なら、本題に入ろうかね。アタシがイリスの代わりにお前さんたちの国へ行く。そこで木や花の育て方を見る。もちろんアタシも力を使って手伝うよ」


 ベレッタちゃんの言葉に思わず声が出そうになるけれど、慌てて口をきつく閉じる。


「っ、本当ですか! なんとお礼を言えばいいのか……」

「礼はいらないさ。ただしイリスを連れ戻そうとした場合は、この大陸の木々や花たちが敵だと思え。そのときはアタシ自身も全力でとめる。いいね?」

「はいっ! そのようなことにならないよう努めます」


 そのあとも何か殿下と話をしていたベレッタちゃんは、どうやら話を終えたらしく私たちのところへ来てくれた。


「ごめんなさい。私のせいであなたがあの国へ行くことになってしまって……」

「別にそれは構わないさ。ただお前さんの話し方が戻っていることが気になるな。距離が遠いような気がして寂しいよ」

「あっ! ごめん。つい癖で」

「ふふ、いいよ。それからアタシもごめんね。一緒に律の家へは行けなくなってしまった。でもこれからの君の生活の安全はアタシが保証する。だから安心して暮らしなさいな」

「……ありがとう。ベレッタちゃん。また会ってくれる?」

「もちろんだとも。君が会いたいと木や花たちに言ってくれたら、すぐに会いに行くよ。そのときは誰も国から出られないように覆ってくるからね」


 笑って会話をしていると、ベレッタちゃんの後ろから泣き声が聞こえてくる。その大声にベレッタちゃんの後ろを見ると、しゃがみこみ何かを言いながら泣く彼女の姿があった。


「みんなあの女に騙されてるのよ! なんで気づかないの!?」

「杏里。立って。もう行こう。これ以上、誰にも迷惑をかけてはいけない」

「放してっ! イリス! あんたがわたしに何を言ったか忘れたの!? あんなにひどいことを言ったのにっ!」


 彼女の言ったことに心当たりがなくて、彼女に何を言ったのか思い出そうと頑張る。もし彼女の言う通り私が何かを言って彼女を傷つけてしまったのなら、それは私の責任でもある。だけどあの国で彼女と関わったことがあまりにも少なすぎて、どんな言葉が原因になってしまったのかわからず困ってしまう。


「イリス! あんたのその顔! 忘れてるわね! わたしに何を言ったか!」

「……」

「っ……あんたはわたしにこう言ったのよ! 『もし何か困ったことがありましたら仰ってくださいね。お力になりますから。それから元の世界への行き来は陛下か殿下に仰ってくださいね。でないとあなたの身に何かあったのではないかと(みな)が心配しますので』って! なんで喚ばれたわたしが困る前に気を使わないのよ! なんでわたしが困ってからどうにかしようって思うわけ!? それから呼び出しておいて行き来できるってなんなの!? わたしは特別な存在なんだから大切にして、ちゃんと守りなさいよ!」

「杏里……そんなことでイリスを追い詰めたのか」

「そんなこと? わたしにとってはそんなことじゃない! なんでわからないの!?」


 私は彼女の言い分に、頭が真っ白になる。


「……」


 泣きたいわけではないし、叫びたいわけでもない。ただ、ただ……なんとも言えない気持ちが溢れそうでそれを必死に抑え込む。


 一度声を出してしまったら、私はきっと感情のままに彼女を傷つけてしまうということだけはわかる。だから何も言えずに、ただ彼女を見つめる。


「イリス」


 そっと左手を握ってくれるのは、ヴィル。私はその手を優しく握り返し、彼を見つめる。


 瞬間ーー零れ落ちた涙。それは私の心だ。


「瞳が濡れてしまっている」


 ヴィルが右手で私の涙を拭ってくれる。


「……」

「無理に話さなくていい。大丈夫だ」


 そっと抱き締めてくれた彼の心音が心地よくてその音に集中する。


「ベレッタ。あとは頼む」

「任せな。イリス。またすぐに会いに行くから、そのときはとびっきりの笑顔を見せておくれ」


 ベレッタちゃんの言葉に大きく頷くと、彼女は私の頭を撫でてくれた。そして聖女の泣き声と殿下の声が聞こえなくなった。


「……ごめん、なさい」

「なぜ謝る?」

「端に避けてはいたけれど声が大きかったし、道でするような話ではなかったわ。それにみんなの気分を害してしまったわ。それから私一人で解決できずに迷惑もかけてしまった……」

「誰も迷惑だと思っていない。君が自分たちのテリトリーで話してくれていたおかげで狙いやすかったしな。それに気分を害したのはあの女の言い分に対してで、君が気にすることじゃない」

「……」

「君はよく頑張った。よく、我慢をした」

「……」

「よく俺たちをとめてくれた。おかげで怪我人が出ずに済んだよ」


 ぎゅうっとヴィルを抱き締める。じわじわと溢れてくる涙でヴィルの服が濡れてしまう。それがわかっているのに、溢れる。


「俺の大きな体が役に立った。君を隠せる」

「……ありがとう」

「ああ」

「それから、ごめんなさい。私の涙で服が濡れてしまったわ」

「気にすることはないさ。君の涙だ」


 ヴィルの言葉、声が温かくて心に沁みていく。ああ、本当にそばにいてくれてよかった。



         ***



 あのあと落ち着いてから族長とお話しをして、明日の朝おばあちゃんの家へと行くことになった。そしてそのあとカエデさんたちともお話しをしたり、抱き締めてくれたりといろいろとあった。族長が「ベレッタが聖女たちと一緒にいてくれているから大丈夫だとは思うが、もしもということがあるかもしれない」と私を心配してくださって、それを聞いていたカエデさんが自分のカフェへみんなを集めて朝まで起きていてくれることになった。


「……」


 そして現在の時刻は深夜の三時半。私は無糖のコーヒーを飲み終えたとろ。さっきまでカエデさんの妹ツツジちゃんとお話をしていた。だけど今は飲み物を取りに行っていて席にはいない。一人になると急激に襲ってくる睡魔。うとうとしながらみんなを見ると、驚くくらい元気で賑やか。


「イリス。眠いなら私の部屋で寝るか、一人が不安ならヴィルを背もたれにここで寝ちゃいなさいね。私たちが起きて見張っておくから」

「ありがとうございます。でも私のために起きていてくれるみんなを差し置いて寝ることはできませんよ」

「でも明日、族長と出掛けるんでしょう? だったら寝ておいたほうがいいわ。それにね、私たちが好きでやっていることだから気にしなくていいのよ」

「そうだよー。イリスちゃん。眠いのに寝ないのは体に悪いから気にしないで寝ちゃいなよ」

「……」

「ほら、すっごくうとうとしてるしさ。無理は良くないって。ね? カエデ姉さん」

「そうよ。一緒に部屋へ行く? それともヴィルを……あら、その必要はなさそうね」

「え?」


 とんっと背中にあたる温もり。そして上から聞こえてくる穏やかな声。その声にさっきよりも覚醒する。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ」

「大丈夫じゃないよー。イリスちゃんね、すっごく眠そうなんだから」

「確かに今にも寝てしまいそうだな」


 後ろから両頬を包まれて、ゆっくりと顔を上げられる。じっと金色の瞳が私を見つめていて、私も同じように見ようと思うのだけど眠さから目が閉じてしまう。


「目が閉じてしまうほどなら我慢せず寝たほうがいい」

「今のはあなたの手が温かくて心地いいから目を閉じてしまっただけよ」

「ふはっ、イリス。意地を張らずに寝たほうがいい」


 私の両頬を包んだまま楽しそうに笑うヴィル。大きな口から覗く鋭い歯が可愛らしい。


 そう思いながら見ていると、カエデさんがもう一度声をかけてくれる。


「イリス。私の部屋とヴィルを背もたれにするのどっちがいい?」

「すみません。カエデさんの部屋でお願いします」

「ええ。それじゃあ洗顔用具一式は私の部屋に置いておくから朝起きたら使って。一応、人間用を用意したから安心してね」

「すみません。何から何までお願いしてしまって」

「いいのよ。それからこういうときは謝らないで、ありがとうだけでいいのよ」

「はい……ありがとうございます」

「ええ。さて、私は先に部屋に行って準備してくるわ。ヴィルお願いね」

「ああ」


 カエデさんはそう言うと、二階へ上がっていった。そしてツツジちゃんも「私もカエデ姉さんのこと手伝ってくるよー」と行ってしまった。


「イリス。立てるか?」

「大丈夫よ。そこまで……あら?」

「大丈夫ではないな。その状態で二階に上がるのは危険だ。俺が運ぶ」

「……お願いします」

「ああ。任せておけ。ただ危ないから動かないようにな」

「ええ。じっとしているわ」


 ヴィルは子供を抱っこするように私を抱き上げ、落ちないようにお尻と背中に腕を添わせてくれる。すると高くなる視界。それがなんだか楽しい。


「怖くないか?」

「大丈夫よ。ふふ、あなたがいつも見ている高さからの景色を見られて嬉しい。私では見られないもの」

「……言ってもらえば、いつでもこうして抱き上げるぞ」

「本当? 嬉しいわ。ありがとう」

「ああ」


 ヴィルはそれだけ言って私の背中をあやすように、ぽんぽんと叩く。私はその心地よさにうとうとしてしまって、ヴィルの首元に顔をうずめてしまう。それに対して小さく笑ったヴィルの声が聞こえた。


「おやすみ。イリス」


 その声を最後に私の意識は暗闇の中へ落ちていった。そして次の日の朝一、ヴィルとカエデさん、ツツジちゃんと獣人族のみんなにお礼に行く私がいた。

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