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「どうしてここに……」
「イリス。殿下に聞いたのよ。あなたが一緒に国へ帰らないって。だからわたしが迎えに来たのよ」
そう平然と言ってのける彼女に私はぽかんとしてしまう。
「族長、ベレッタちゃん。申し訳ありません。彼女と話をしてきます」
私は族長たちに伝えて、彼女のところまで歩く。その途中でカエデさんのカフェからヴィルが出てきてくれたけれど、小さく首を振って笑う。するとヴィルは不安そうに、だけど頷きその場から私を見守ってくれている。そのことに感謝しながら彼女と向き合った。
「昨日も申し上げました通り、私は国へは戻りません。ですので迎えは不要です。それから先ほど殿下には、国を救う方法をしたためた紙をお渡ししました。ですからあなた方でどうにかなさってください」
「それはバンから聞いた。でもね、なんでわたしがそれをやらなきゃいけないの。意味がわからないんだけど。わたしは聖女。土いじりは仕事じゃないの。それにね、陛下はもちろんバンや民には各々仕事がある。それを無視して無理強いするだなんて、身勝手極まりないんじゃない? あんた馬鹿でしょ。土いじりはあんたの仕事。だからわたしが迎えに来てあげたのよ。つべこべ言わずに早く来てくれる? 面倒だから」
「お断り致します。それから一つ訂正をさせていただきます。聖女の仕事には、木々や花たちを育て守ることも含まれております。ですから本来は自然に異変が起きた際は聖女がどうにかするものなのですよ。あなたがこの世界に喚ばれた最初の日に、聖女の務めとしてそう教えられているはずなのですが覚えていらっしゃいませんか?」
「っ……知らないわよ! そんなこと教えてもらってない! わたしは聖女なのよ! 土いじりなんかしたくもない!」
「したくないではなく、しなければならないのです。でなければ三割残っている自然も失われます。そうなると、今より食べるものに困り地盤などが弱ってあの国は滅ぶことになりますよ。それに仕事に関しては折り合いをつけ、どのような風に木々や花を育てるかはあなた方が決めることであって、私の知るところではありません」
「だからっ! あんたが一緒に来れば問題ない話だって言ってるでしょ!? 本当に頭悪いんじゃない! わたし、馬鹿と話してる暇なんかないんだから早くしてよ! 殿下も待ってるんだから!」
その言葉に、ふと気づく。そういえば、バン殿下は彼女がここへ来ることをとめなかったのかしら。それになぜ彼女は私がここにいることを知っているの。
「申し訳ありませんが一つよろしいですか? 殿下はあなたがここへ来ることをとめなかったのですか?」
「バンは帰りの支度を従者たちとしていたの。だからわたしが気を使って秘密で来たのよ。でもあんたは家にいないし、ムカつきながら捜索能力であんたを見つけ出したから来たの。わかった? 聖女の力を使ってあげたんだから、これ以上ムカつくようなことしないでよ」
グルルッと唸るような音が聞こえ右横を見ると、そこには今にも彼女に怒りをぶつけんばかりの表情をしているヴィルがいた。そして隣にいるカエデさんもヴィルと同じような表情をしている。
思わず私は笑顔で首を横に振る。だけどヴィルの目が「いい加減我慢ならない」と言っている。このままでは怪我人が出てしまう。でも彼女が一人で帰ってくれる気配が全くないのよね。それはちゃんと彼女に帰ってもらえるだけのことができない私の責任。
「ねえ、イリス。わたしが困ってるのよ」
「ですから救える方法をしたためたのですよ。追放された私があの国のためにするのはそこまでです。あとはあなた方がどうにかすることですよ」
「じゃあ追放をなかったことにしてあげる。わたしが陛下に口利きするから、そうしたらあんたは公爵令嬢に戻るでしょ? 国のために働いてよ。あ、でも愛嬌を振りまいたりして誰にでも好かれようとするのはやめて。目障りだから。あとわたしに偉そうにするのもやめてよね。前みたいに潰したくなるから」
「あなた、何を言っているの……?」
「意味わかんなかったの? だからあんたは公爵令嬢に戻れるって言ってんの。よかったね。わたしとは違って家族に会えるんだから」
その言葉で余計にわからなくなってしまう。だって彼女がこの世界へ喚ばれた当初に、あの国の都合で喚んだのだからと元の世界と行き来できるようにしていたはず。それに対し彼女はこの世界に住むと断言し帰っていない。でもそれは彼女の意思でそうしているのであって、私が知る限りでは誰も無理強いはしていなかったように思う。それとも私が追放されてから変わったのかしら。
それから偉そうにというのは無意識にしてしまっている可能性があるからなんとも言えないけれど、愛嬌を振りまいているということに関しては一切記憶がないのよね。もし仮に誰かと談笑しているときのことなどを言っているならば言いがかりにもほどがある。それに両親に会えると言われても、嬉しさや喜びよりどうでもいいという気持ちが一番最初に出てきてしまった。それは本当に言葉通りで、あの人たちが幸せであってもどれだけ苦しんでいても興味がないの。
「……」
いつの間に増えていたのかしら。殺気があちこちから伝わってくる。それは全て私を通りすぎ彼女に向かっていて。
「聖女様。私を追放に至らしめたあなたの身勝手に付き合う気は毛頭ありません。殿下もいなくなられたあなたを心配し探しているはずです。急ぎお戻りを」
「何度も言わせないで! わたしが困ってるの! あんたが言ったのよ! 困っていることがあればなんでも言ってって! だから今言ってるでしょ! なんでわかんないの!? 自分で言った言葉でしょ!」
「確かに……申し上げました。ですがそれはあなたの都合がいいときに使っていい言葉ではありません。それに今の私があなたの困り事を解決する必要性がありません。あなたは私を嫌い追放し、そして私は追放されたただの女なのですから」
そう告げると彼女は恨めしそうな顔をして私を見る。その彼女を私もまた見つめていると、後ろからベレッタちゃんの「やっと来たか。遅かったな」という言葉が聞こえてくる。ベレッタちゃんが誰を指しているのかわからず首を傾げる。でもすぐにそれが誰なのかがわかった。聖女の後ろから走ってくる、その姿で。
「バン、殿下……」
「杏里!」
「バン! どうしてここに? あ、聞いて。あともう少しでイリスも一緒に帰ってくれるんだよ」
「君が突然いなくなって嫌な予感がしたからここへ来たんだ。それより今の言葉はどう意味だ? 君はイリスに何を言ったんだ?」
「別に何も悪いことは言ってないわよ。ただ一緒に帰ろうって言っただけ」
「杏里。どんなことを言っても、どれだけ償ってもイリスはもうあの国へは帰らないんだ。だからこれ以上、イリスに迷惑をかけないでほしい」
「な、なんで……なんでこの女の味方をするの! わたしはあの国やあなたのためにやってるのに!」
「杏里……君は聖女で特別な存在だ。だから今まで君が何を言っても信じてきた。だけど今は違う。変わらなければ見えないことがあることを知った。だから僕たちはいい方向に変わるために頑張るんだよ。さあ、帰ろう」
「いや! なんで! どうして! わたしは聖女として仕事してるでしょ! 結界と祈りは歴代の聖女たちより優秀なんだから他はこの女がやればいいじゃない! そうすれば解決なんだから! ほら! いつまでも駄々をこねてないで行くわよ!」
私を無理矢理連れていこうと彼女が手を伸ばしてきて、私は咄嗟に後ろへと下がる。だけどそれとほぼ同時くらいに殿下が彼女の手を掴み、ヴィルが私の前へと立った。そしてベレッタちゃんが殿下と彼女の前に立っている。彼女はそのことに気づいていないのか、殿下に詰め寄った。
「ちょっと! バン、何してるの!? なんで邪魔したのよ!」
「杏里。君の元々の性格がそうなのかもしれないが、今の君を作ってしまったのは間違いなく僕たちの責任でもある。だからとめたんだ。本当はずっと前にそうすべきだった」
「っ……みんな、みんなそう! わたしじゃなくてあの女を褒めて、あの女の本性にも気づかない!」
「イリスの本性? それはぜひ知りたいな」
「は? なにとつ、ひっ! きゃああああああ! ば、化け物……!」
彼女がベレッタちゃんを見た瞬間に顔を青ざめ悲鳴をあげた。それを見たベレッタちゃんは振り返り私を呼んだ。そして「イリス。今のが普通の反応だぞ」と笑った。すると殿下が彼女の非礼を詫びていた。だけど隣にいる彼女はいまだ「気持ち悪い! なんで化け物に謝ってるの!」などこちらにも聞こえる声で言っている。殿下が慌てて彼女の口を手で塞いでいるけれど、くぐもって聞こえてくる言葉。
「……」
私のことなら別にいいけれど、ベレッタちゃんのことを言われるのは許せない。もちろん獣人族のことも言われたら許せないわ。
私が彼女へ近づこうとヴィルの前に出ると、左腕を掴まれる。驚いてヴィルを見ると、首を小さく横に振った。
「君はもう何もしなくて大丈夫だ。ベレッタがどうにかする」
「でも……」
「ベレッタを信じてここにいてくれ」
「……わかったわ」
そう返事をして、怒りをどうにか抑え込む。するとまるで手を繋ぐかのように私の右手を握る蔦。ベレッタちゃんを見ると、後ろ手でひらひらと手を振っていた。この蔦はベレッタちゃんの力で生やしたのだと思うと、愛しさと安心感がある。




