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ヴィルと一緒に町へと着いて族長のところを訪ねたけれどいなかったので出直そうと話していたら、カエデさんが族長は席を外していてすぐに戻るはずと教えてもらった。なのでカエデさんのカフェで待たせていただいている状況なのだけど……。
「ふふ、やあっとくっついたのね」
「やだあ。照れちゃってかわいい」
「わたしたちずっと見てたんだあ」
「ずっとお似合いなのにって思ってたんだよ」
私は、ヴィルのことを見るときに目をうっとりとさせていた女性たちに囲まれている。ヴィルはカエデさんのところにいて、何やら話をしているのだけはわかった。わかったけれど、お願いだから私を助けて。でもその前にどうして私とヴィルの関係がわかったのかしら。想いが通じ合ったのは、ついさっきのことなのに。
「あの、どうして私とヴィルの関係がわかったんですか?」
私の問いかけに女性たちの笑顔が深くなる。この笑顔を私は知っている。オモチャを見つけた子供だ。
「だあって、ヴィルの雰囲気が幸せですって言ってるんだもの」
「それにあんまりあなたの前では尻尾振らないようにしてたのに、さっきからずっと小さく揺れてるもん」
「ヴィルってわかりやすいよねえ」
「ねー。ヴィルがご機嫌なときは絶対にあなた関係なんだよ」
けらけらと楽しそうに大きな声で話す彼女たち。少し離れたところで話していたヴィルが照れたような、少しご機嫌斜めのような顔をして私たちのところへ来た。
「おい、お前たち。あまりイリスに余計なことを言わないでくれ」
「どうして?」
「恥ずかしい、だろ……」
「っ……」
「あ、もう! この二人初々しくてかわいー!」
「癒しねえ」
「ねえ、私たち邪魔じゃない?」
「そうだね。あとは初々しいお二人でー」
彼女たちはいい笑顔で私に手を振って、カエデさんのところでお会計を済まして帰った。残された私はヴィルの表情に照れてしまっているし、ヴィルはヴィルで顔を隠している。
ふと、さっき彼女たちが教えてくれたことを思い出して尻尾に目がいってしまう。確かに、少しゆらゆらと揺れている、よう、な……。
「ヴィル……?」
「突然すまない。だがあまり見られると、なんとも言えない気持ちになる」
突然視界を覆われて少し驚いたけど、聞こえてきた言葉に笑い声が漏れてしまう。
「ふふ、私はあなたの尻尾が揺れているのを見られて嬉しいわ」
「……」
「私には尻尾がないから、言葉と行動で愛情を示すわね」
「俺だって言葉と行動で示すぞ」
「尻尾では?」
「君が望むのなら、尻尾でも示す……」
「あなた今、苦虫を噛み潰したような表情をしているでしょう? 嫌なら大丈夫。無理にお願いしたいことではないから」
すると視界が明るくなってすぐにヴィルの黒い毛並みが視界いっぱいに広がる。伝わる温もりに、抱き締められているのだと理解する。
「ヴィル。ここ私のお店だからね。あんまり暑くしないでよ。お客さんが入りにくくなるから」
聞こえくるカエデさんの言葉に、ぶわっと顔が赤くなる。そうだったわ。私たち今カエデさんのお店で族長を待たせていただいているところだった。
「それから族長が今家に戻ったわよ。訪ねてみたら?」
「はい! ありがとうございます。ヴィル、行ってくるわ」
「ああ」
ヴィルが名残惜しそうにもう一度抱き締めて離れていく。そのときふっと柔らかく笑ったその姿にじわじわとした熱が心を占めていった。
***
「族長、突然訪ねて申し訳ありません。イリスです。お話ししたいことがあって、今お時間大丈夫ですか」
「イリスか。入りなさい」
「ありがとうございます。失礼致します」
家の扉を開け中へ入ると、人がいた。人と言うよりは、恐らく精霊に分類される方。全身が幾重にもなるいばらで、ところどころお花が咲いている。瞳は様々な色彩で輝いている。綺麗な精霊さん。
「イリス? あの噂のイリスか?」
「そうだよ。この子がイリス」
「はじめまして。アタシはベレッタ。森の精霊。この大陸の木や植物を司る者だ。よろしくね」
「ベレッタ様、お初お目にかかります。イリスと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「なんだか堅苦しいね。アタシのことはベレッタ又はベレッタちゃんと呼びなさい。それから敬語もなしよ。言っておくけど異論は認めないからそのつもりで」
異論は認めないと言われたので、頷き返事をする。とりあえずベレッタ様のことをどっちで呼ぶのがいいかしら。
「イリス。律はちゃん付けで呼んでいたよ」
「そうなんですか? それではおばあちゃんと同じでベレッタちゃんとお呼びします」
「んー? 丁寧な言葉が聞こえたなあ?」
「あ、その、ベレッタちゃんと呼ぶね」
「ああ」
ベレッタちゃんはにっこりと満足そうに笑って族長に向き直った。でも「あ。ねえ、イリス」と振り返って私を呼んだ。
「なんでし……ああ、間違えた。ベレッタちゃん、何かな?」
「お前さん、アタシのことどう思う?」
「え? 綺麗な精霊さんだと思ったよ。その肩で開いているお花か可愛くて素敵だし、その髪も棘は痛いかもしれないけどベレッタちゃんによく似合ってて素敵だと思う。性格は今日会ったばかりだけど、優しい人なんだろうなって思うよ」
「言い方を変えるよ。アタシのこと怖くないかい?」
「怖くないよ。だって私はあなたに何もされていないもの」
「ぷっ……あっははははは! クリフ今の聞いたかい?」
「聞いていたさ」
「いい娘だね! さすが律の孫だよ! あはははははっ!」
「えっと……?」
突然笑われて困惑してしまう。何か笑われるようなことを言ってしまっただろうか。でも悪い意味で笑われているわけではなさそうよね。
「あの、ベレッタちゃん。ベレッタちゃんもおばあちゃんを知っているの?」
「ああ、知っているさ。昔あの子がこの世界に喚ばれたときにアタシを探し出して、木や植物について教えてほしいって訪ねて来たのさ。そこからアタシたちは友人なんだよ」
「そうなんだ。ふふ、おばあちゃんのことを知っている人に会えて嬉しい」
「アタシも嬉しいよ。あの子の孫に会えて。お前さんは律によく似てる」
「……似てますか?」
「似ているさ。あの子とは血の繋がりのない両親から生まれ容姿が似ていなくとも、お前さんのその瞳の美しさや心の在り方がよく似ている」
そう言われて、嬉しい反面なぜだか悲しくもあって……。でも笑って「ありがとう。嬉しい」とだけ伝える。
「ところでイリス。話とはなんだい? ベレッタがいても構わなければ話しておくれ」
「ありがとうございます。ですが……」
「アタシも聞きたいな。お前さんの力になれるかもしれない」
「ベレッタちゃん、ありがとう」
お礼を伝えて、族長とベレッタちゃんに昨日と今日あったことを話した。そしてどうにかあの場所以外で私が住める場所がないかを聞いてみると、二人は顔を見合わせお茶目に笑った。
「クリフ。あるよな? いい物件が」
「あるな」
「本当ですか……!」
「ああ。寧ろあれはお前さんのためにあるような家だな」
「私のため?」
「律が昔、住んでおった家だよ」
族長の言葉に、息がとまる。
おばあちゃんが住んでいた家……。
「と言っても、律からしたら別荘みたいなものだったけどな」
「そうだな。律はあちこちに旅という名の勉強に出ていたから、探せば他にも律の住まいがあるだろう」
「定期的に掃除してるから綺麗だし、頑丈さは森の精霊が保証するから安心して住めるよ。ただまあ問題があるとするなら、家具が少ないかもね」
「今からその家に行くかい? できるなら早いほうがいいだろう」
「はい。お願いします」
まさかおばあちゃんが住んでいた家に行けるだなんて思っていなかったから、気分が高揚してしまう。
私は立ち上がった族長とベレッタちゃんに続いて家を出る。
「見つけたわ! イリス!」
その声に、私は声がしたほうを見る。そして私は声の主を見て顔を歪めてしまった。