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「イリス、すまない。今のは失言だった。さっきの言葉は忘れてくれ。さあ、族長のところへ行こう」
私が何も言わずに考え込んでしまっていたせいで、ヴィルはそう言って背を向け歩き出してしまった。私は慌ててヴィルの名前を呼ぶ。
「ヴィル!」
「……なんだ?」
どこまでも優しい声に、優しい表情。私はいつもこの人に救われていた。
「ヴィル。私、あなたのことが好きよ。この想いを抱いたのがいつからなのか思い出せないくらい、自然に私の中で生まれたの。そしてそれを大切に育ててきたわ」
「イリス……」
「本当は……伝えるつもりはなかったの。でもあなたが私のことをそういう意味で好きでいてくれているかもしれないと思ったら、私だけ隠すのは卑怯だと思ったのよ。だからお願い。私の想いだけ知っていてほしいの。他は決して望んでいないから」
「……」
言い切ると、ヴィルがずんずんと私のところへ戻ってくる。その顔は少し険しい。
「断る」
「え?」
「なぜ想い合っているのに、君を手に入れられない。なぜ俺が君の想いだけを知らなければならない。俺は、君に触れたいし……番になってほしいと思っている」
「っ……そ、れは」
慣れない状況に目線をさ迷わせてしまう。だけどそれを許さないとばかりに、ヴィルが私の目線を追ってくるから逸らせずに困ってしまう。
さっきのように腕が掴まれているわけじゃない。でも体が動かなくて、ただただ緊張で今にも気絶してしまいそう。むしろこのまま気絶してしまいたいくらい。
「イリス」
その低く真剣な、でも甘い声に頭がくらくらしてくる。でも答えないと、いつまでもこの状態。それは心臓に悪いし、何より族長のところへ行けない。
「ヴィルが、獣人族のみんなが私たち人間より長生きだから……」
「だから?」
「前にカエデさんと談笑しているときに、ヴィルは狼の獣人だから番になったらその人を一生想い続けるのよって聞いて。それにヴィルはとても素敵で魅力的だから、男女ともに人気があるのよ。特に獣人族の女性たちは目をうっとりとさせてあなたを見ているもの。そもそも人間の私にそういう感情を抱いてもらえるとは思っていなかったから、望みはないと諦めていたの。それと想いを伝えて気まずくなるのが嫌だったというのもあるけれど……」
「君の考えはわかった。それでは、俺が君を番にしたいと言ったときどう思った?」
「……」
「イリス。君の言葉で教えてもらえなければ、俺は何一つ君の考えや想いを知ることができないんだ。だから、教えてくれ」
ヴィルの言葉に、確かにそうだと思ったのだけど……本当に情けないことに緊張のし過ぎで言葉が詰まってしまって、口をぱくぱくと小さく動かすしかできない。
「ゆっくりで大丈夫だから、落ち着いて話してくれ」
「……嬉し、かったわ。とても嬉しかったの」
「ああ」
「でもそれと同じくらい怖くなったのよ。私は、絶対にあなたを置いて逝ってしまうから」
「それなら生きているうちにたくさん思い出を作ればいい。それにもしかすると俺が君を置いて逝くことがあるかもしれない」
「ヴィル……」
「だから君の声を忘れないように、君に俺の声を忘れてほしくないから会話をしよう。そしてできるだけ多く他愛ない話をして笑って過ごそう。それから俺は君の笑顔が好きだから忘れないように、君が笑って過ごせるよう全身全霊で愛し続けると誓う」
ヴィルはそう言って柔らかく笑った。私はその表情にぐっときて、愛しさがとめどなく溢れる。
「ヴィル」
私はヴィルの大きな手を取り、ゆっくりと自分の両手で包む。
「私を、あなたのお嫁さんにしてください。私もあなたを全身全霊で愛し続けると誓います」
「っ……!」
「え!? わっ……!」
包んでいなかった手で腰を引かれ、ヴィルの胸板に顔を埋めてしまった私。そんな私の頭を腰に当てていた手で包み込むように押さえる。
「……愛している」
静かに伝えられた愛の言葉に、私はヴィルの胸板にすり寄る。
ああ、なんて温かくて愛しい。
「ねえ、ヴィル」
「なんだ?」
「抱き締めてもいいかしら」
「もちろんだ」
私は包んでいた手を放し、ヴィルの背中に腕を回す。そしてぎゅうっと抱き締める。
よりヴィルの体温を感じ、ヴィルの心音が聞こえてくる。その音が私と同じくらい早くて、安心したのと同時に愛しさが増す。
私は、この人と生きていく。
共に生きていくことをヴィルが許してくれた。
ああ、本当に幸せだわ。