Alternative 25
見知らぬ女性が出ていき、しばらくしてアルも動き出す。
引き出しから本を取り出し抱えて部屋の外へと出る。
廊下は所々汚く泥の足跡が付いている。進んで行くにつれ増えていく。壁には幾つもの弾痕と爆発や揺れにより生じたであろうひび割れ、飛び散った血痕があり、辺りには逃げきれなかったであろう無造作に倒れている職員達の遺体がある。
だが、そんなものに興味などなくアルはただ突き進む。
無作為に進んでいるわけではない。
進むにつれて頭によぎる、ノイズがあり分かりにくいが、その誰かが歩く視点の導きの通りに進む。
そうしてたどり着いた部屋に入る。
その部屋は確か、フィカスのプライベートルームだったか。
揺れだけではなく、恐らく先の女性の仲間が調べるために荒らされた後なのか、家具は倒れ壊れ物がぐちゃぐちゃに散乱している。
その不安定な道なき道を進み奥にある半開きになっているクローゼットに辿り着く。
一件そこには何もなくただの行き止まりなのだが、脳に映るそれが導いてくれる。
その通りに探るように壁を手でなぞっていると、ある場所が凹みそこを押し込むと、クローゼット内の隠し扉が現れ開かれる。
その先にあるのは真っ暗で細い鉄網の通路だった。
そこを進み下を見ると底が全く見えない竪穴の空いた空間だった。
明かりは僅かにしかなく緑色蛍光灯が所々設置されているだけ。
アルは迷いなどなくただその導きに従うように進み、降りていく。
とても広い空間の様で自分の足音とどこからか水滴が落ちているようでそれが良く響く。
かなり進み降りているのだが、まだ底へは着かない。
おそらくだが今いる場所は、恐らく一階である中庭のある場所より更に数階分下の地下。
これはいったいどこまで続いているのだろうか。
そう進んで行くこと数分。ようやく最下層に辿り着き、通路の先にあるその扉の前に立つ。
その扉にはカードキーなどを入力する装置がついており、かなり厳重そうなものなのだが、半開きになっている。
それは恐らく、もう直ぐ来るであろう誰かを招いているように思えた。
それに応じるように、その分厚く重い扉を押し開き進む。
目に映り広がるのは、まるで生物実験施設のような場所だった。
人がまるまる収まるくらい大きい縦長の水槽に、複雑な装置があり気味悪い薄緑と水色の光がその中を照らしている。
中にはまるで、エイリアン…いや、受精数日後の胎児が中に入っていた。
見渡すと端が良く見えないが、その光のお陰でどのくらい広いのか何となく分かる。
おそらくこの空間はあの無駄に広い体育館と同じ広さの空間である様だ。
そこからは先程までの導きが見えなくなっていた。ただ道なりに真っ直ぐに進みんでいると、恐らくこの空間の中央あたりに差し当たった所で、水槽を眺め立つ人影が見える。
「やあ、いらっしゃい。よくここまで来たね。アル君」
そこにいたのはフィカスだった。その言い方からして来るのが分かっていて待っていたという事か。
「その顔を見るに全て思い出したのだろう」
「ああ、思い出したよ。なんとなくだが」
「そうか。なら、色々と話をしたいところだが、その前に。君には報酬をあげないとね」
そう言ってフィカスは目の前にあるその装置を操作する。するとその水槽内に入っていた水がそれに繋がる幾つもの管を通り放出され、その水槽が開く。
「さあ、それを受け取りたまえよ」
気に食わないが、言われた通り僕はそれを受け取る。いや、受け取らなくてはならない。
その開かれた水槽の前まで行き、中でぐったりとして眠っている人物を見る。
その人物とは、既に息を絶っているいるフェルである。
服を脱ぎそれを纏わせて抱きかかえる。
「紳士的だね」
そう微笑むフィカスにらみつける。
「おっと、行こうか」
そう言って歩き進むそれに付いて行く。
「さて、何から話そうか」
そう考える。
「最初から話すとしようか。君は覚えているかい?僕がなぜ医者となったか」
「なぜ、寿命や病があるのか。どうやって子供が生まれるかどうと」
「そう、その通り。まあ正確に言えば生物の神秘を知るためというのが正しいかな。
それで君に問題だ。人がこの世で最も求める医学的技術は何だと思う?」
「万能薬の開発。それか若返り又は寿命を延ばす、不老の様な物。後は不死になることだろうか」
それを聞いてフィカスは笑い出す。
「いやいや、失礼。君の言う通りそれらは誰もが望むものだ。なら、その中で一つ求めるとすればどれだと思う」
その三つの中から一つ…どれも誰もが喉から手が出るほど、欲しくなるようなものには違いない。だが、ある点で考えるとして求めるとすれば…。
「不死の技術」
「その通り。確かに万能薬があればあらゆる病から苦しむことなどなく、若返りの技術があれば、ずっと若々しく軽い身体で生きていくことができるだろう。だが、それらは突如来る死には逆らうことができない。だが、不死であれば、そんな技術があるならばいつかはその二つができる時が来る。その時まで生きることができるのだから。
だが、不死なんて現実的ではないし、今の技術力じゃあ不可能だろう。
だけど、とある過去の技術を応用すれば疑似的に不死となり、ついでに疑似的に降ろうとまではいかないが若返り、再び老いていくことができる。さて、その技術とは何だろうか」
疑似的…。つまり歳は取るし死にもするが、若返った状態で生き返る。それも過去の技術。それで思い浮かぶものと言えば一つしかない。
「クローン技術」
「Excellent」
称賛するように声を高らかに声をあげ数度拍手する。
「その通り、クローン技術だ。だが、君も本を読んだりして知識がついているのかは知らないが、クローン技術は万能ではない。
まず、短命であり、同一の遺伝子を持った生物であったとしても、同一の生物・人格が育つわけではない。つまりそのままでは疑似的にも若返ったともしても、生き返ったとは言えない。だが、あれから技術は発展し短命という点は解消された。なら残るは生き返りを実現させることだ。
さて再び、問題だ。人間という個の点で必要な二つのモノとは何か」
なんだ、その問題は…。人間という個の点で必要なもの?それも二つ?ということは水や空気といったものではない。
「難しいかい?もっと簡単に考えてみなよ。その創作脳と育った頭で」
創作脳…もっと簡単に…。
「生きた肉体と魂…」
「正解。
医療界では記憶転移というものを聞くことがある。それは臓器移植に伴って提供者の記憶の一部が受給者に移るという現象だ。だが、時おりそれだけで済まないことがある。それは人格が乗り移るというものだ。
なぜ、そんなことが起こると思う?」
そう問われるが、さっぱり分からない。
「まあ、まだ、医学的には判明されていないけどね。いや、これから先それが判明されることは無いだろう。
なんだ、その答えなどないという言い方はと思っただろう」
そう考えたことを言い当てられ、何か少し気に障る。
「だから、僕はある仮説立てた。そのポイントとなるのが魂だよ。
魂とは肉体に宿る精気。体に宿って心の働きを司るもの。肉体から独立したもの。肉体が死ねばその魂は天に行き。魂が無くなればその肉体はたちまち死に至ると考えられているものだ。
言ってしまえば魂とは人格そのものとも言える。そして僕は考えるに魂とは肉体の形となっている。
そして肉体が危機に陥る又は死に行くにつれ、魂は生命器官に集まる、又はそれ以外の部分が抜けていき、危機を脱すると同時に抜けていた魂が徐々に戻るという二つが考えられる。
その点を踏まえて、記憶転移と人格の乗り移りを考えると一つ仮説を立てた。
それは魂を肉体の一部に保存し、それを移植し合うこと人格を入れ替えることができ、疑似的に生き返ることができるという事だ。
だが、そんな事は表立ってできるわけではない。
だけど僕は人と仲良くなるのが得意だからね。特に上級国民と呼ばれるお偉いさん達の延命などを望む人達は声をかけると直ぐにそれに興味を持って、資金提供してくれたよ。
そうして僕はクローンを用いて実験をした。
実験方法は簡単。まずニ体の入れ替えができるように事前に考えていた数と保険を合わせ三十ペア。計六十のクローンを生成した。片方は目覚めさせずこの水槽に保存。もう片方は人としてニ週間生活をさせる。そして時が来たら肉体から心臓又は脳、その両方を摘出する。もちろん器官も肉体も死んでもらっては困るからね。中の液体と装置は延命できるようのものだ。
そして僕の考え通りであれば、肉体から魂が抜けていきその脳か心臓に魂を保存できる。そうしてある程度時間を空けて入れ替えた。結果は心臓と脳と一部同士を入れ替えた場合三分の一が入れ替えに成功した。だが残りの三分の二の半分が記憶のない赤子のままで、残りの半分は狂い直ぐに死んで逝った。
そして脳と心臓を入れ替えた結果は反対に三分の二が成功残り三分の一が失敗。その内の三人は先の通り死んで逝った。犠牲は出たものの仮説は立証することができ、そこからは試行錯誤の日々だったよ。そして遂に完璧に入れ替えを成功することができたという感じだよ。
まぁ、それも少し前までのこと。やろうと思えば必要な臓器だけを作りそれを患者に移植してやればいいだけ。
まぁ、それはそれで面白くもないし、一つ一つを作るより一体を作ってしまえば全ての臓器が揃うから効率を考えれば結局そちらをやるのがいいんだよね」
ここまで話をきけば、世紀の大発明であるとともに最悪のサイコパス、マッドサイエンティストだというのが分かる。
「さて、ここからは君が見たあの双子の話をするとしよう。個体値。簡単に言えば勉強が得意だがスポーツが不得意な者。逆にスポーツが得意だが勉強が苦手な者。両方が得意であれば両方不得意である者もいる。言い方は悪くなるが、我が子ならば両方不得意な欠陥品より、両方得意な完成品を望むものだ。
それを行う行為をゲームではあるが厳選と呼ばれていた。
つまりあの子達はその個体値を厳選されていたんだよ。だけど、僕の持つ技術なら良い点のみを移す事もできるようになってね。とまあ、これくらいでいいかな。そこから先は君も知っているだろうしな」
そう立ち止まりフィカスはジッとアルの目を見つめる。それは何か気持ち悪さを少し感じられた。
「次に君達の事だ。
君の両親は長男を望むも、生まれたのは君ではなく今君の腕の中に眠る彼女だ。長男を望んだのは家系問題というやつだ。だが、子供を生めなくなった君の両親は僕を訪ね、男の子を望んだ。実子でありどうせなら長男が欲しい為に、その子は邪魔になる。だから、その子の細胞を元に男の子である君を作り出した。だが、それじゃあ彼女が恵まれないからね。僕はちゃんと彼女には提案をしたが…ここからは余計な話だね。それにいい時間だ」
そう、フィカスはこの空間の最奥で立ち止まる。そこには閉ざされた扉がそこにあった。
そのまま扉の近くにあるコントロールパネルを操作し分厚く閉ざされた扉が開かれる。
「さあ、ここからは好きにしたまえ。僕は僕で行くところがあるからね」
そう言ってフィカスは横に進み行き、闇の中に消えて行った。
アルはそれを見送り、開かれたその扉の手前で立ち止まる。
その先に映るのは真っ黒な大穴だ。
壁際を見渡すも梯子や階段の様な物などなく。微かにだが木の根っこの様な物が張っているが、落ちれば登ることは到底できないだろう。
底を見下ろす。
明かりが無い為にどのくらい深いのかさっぱり分からない深淵の闇。
だが、底にナニかがあるのが感じ取ることができる。
穴際に立ち尽くしフェルの顔を眺める。
「フェル…どうして君がそんな選択をしたのか分からない。分からないけど、僕は君が望んだように僕も気が済むようにしたよ。だけどごめんね。ここから先は君は望んでいないかもしれない。そう分かっているけど。確かに君と一緒だとしても…僕は耐えられないんだ。だから…もし…もし、次があるなら僕はちゃんと君と一緒に、個人同士として生きていける、そんな世界で生きたいよ。こんなわがまま…君はきっと怒るだろうけどね。だから…本当にごめんね」
そう一頻り謝罪をしていると、何かを感じるなり静かに微笑んだ。
再びアルは立ち上がり「じゃあ、いこっか」と呟いてゆっくりと倒れるようにその大穴に身を投じた。
深く、深く、長い落下。
アルは決して離すまいとフェルを強く抱きしめて、二人は深淵の闇の中に音もなく消えていった。




