Alternative 2
再び私は意識を覚ます。
今回はあの音ではなく、頬を優しく撫でるその感覚に目を覚ました。
視界に映るのは先見たものと同じぼかしのかかった四角い電光板の敷き詰められた天井。
右を見るとあの音の鳴っていた医療機器の様な物はそこにはなく、窓が開いており外から吹き込む風が優しくカーテンをなびかせていた。
それが少し気になり見ていると、それを遮るように一つの手がそのカーテンと視界の間に現れる。
誰の手なのだろうか…。
それに意識を向けるとそれは自身の手だった。
私は無意識に手を動かしていたのだ。
体を起き上がらせその手を側まで戻し、じっと見つめながら握り開きを繰り返した。
なぜ、その手を自分のものだと意識をしっかり向けるまで認識できてなかったのだろうか。それは恐らくあの時、体が動かなかったから動く筈がないという認識が体に残っていたのだろうか。分からないけど、問題なくこうして動くのだから今はいいか。…というより…さっき見たあれは夢?いや、夢と言うより悪夢だろう。あんな異様なモノは。それにしてもすごくリアルな感覚だったな。
どれくらい眠っていたのだろう…。体の疲労感や不快感は全く無くとてもスッキリとしているし、それなりの時間は眠っていた気がする。
視線を手から周囲を見るように見渡す。
それは知っている場所で見覚えのある光景だ。
ここは真っ白でそこそこ広い一室。
隣と斜め前には使われて無いのか、病院用ベットが折り畳まれ隅へ片付けられている。
それらは自分の記憶通りなのだが、正面の方は少し変わっていた。
正面にはそれなりに整えられたベットに電源の入った冷蔵庫、そして簡易机にはノートのようなものが見え、その生活感から同室者がいることが分かる。
自身の記憶では正面も周囲と同じように片付けられていたはずなのに、いつの間にか同室者ができていたようだ。一体どんな人なのだろうか。
それにしてもあのノート…どこか見覚えがある気がするのだが…。まあノートなのだから自分が使っていたものと同じでもおかしくは無いだろう。…?
そう考えていると、とある疑問が湧いてくる。
入院していたことは何となく覚えているけど…一体いつから…なんで入院しているのだっけ…?
自身の体を隅々まで触れて見るが手術をしたような跡は感じられない。事故といった怪我での入院ではないとなると、内側に異常があるのだろうか?
思い出せないな何も…何も思い出せない…。
それはここに入院するよりも前、家などでの生活、知人関係は愚か、自分の素顔や名前自体思い出せず分からない。
自分の名前や顔なんて何度でも聞いて見るようなものだろうに…。
髪の色は何となく前髪や頬のところのが見えるからブラウン系の髪色なのは分かるのだけど。自分の顔は…周囲には鏡は無いか…。
それに両親についても、夢では懐かしいと思えたのだから顔も名前を知っていておかしくないはずなのに、顔も名前も全く思い出せない。
それにしてもあの時、モザイクの様に黒い靄がかかっていたのは…。
そう前髪を弄り眺めながら考えていると、この部屋の扉が開かれる。
同室者が帰ってきたのだろうかと入口の方を見ると、私はそれを凝視し固まってしまう。
見間違いではないかと目を擦り、再びそれを見るのだが変わらなかった。
まだ夢を見ている?そう右手で左手の甲を抓るがその痛みが現実であることを知らせる。
私の目に映るのは看護服の上に白衣を纏っており…そして夢で見た両親の様に頭を真っ黒な靄が覆い隠された人物がそこに立っていた。