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第二十話、動かざるカバ。

 翌日、取水口をふさいでいる大岩はダイナマイトで小さく割り、それから数日掛けて人海戦術で破片をどけてやることで大岩を完全に撤去することに成功した。まだ変形した金の水門が水をせき止めているが、こちらの撤去も時間の問題だ。


 なので、取水口の作業はブシュロンたちに任せて、僕は水車の方に注力することにした。水車はヴィルドパンとウィクレットの2か所に設置する予定だが、すでに工事が先行しているウィクレットの方で作業を進めることにした。


 そして、僕は再びウィクレットの地を訪れた。


 「フレーシュ、工事の方はどうだ?」

 「ほぼ完了しています。ただ……」

 「どうした?」

 「できあがった水車の回りが悪いのです」


 早速向かってみると、人々が水車小屋の周りに集まって祈りを捧げている真っ最中だった。なるほど、この世界では問題が起きるとこうやって対処しようとするのか。祈れば何とかなるというのは便利だけど、文明はなかなか発展しないだろう。


 祈りを止めて水車を見せてもらうと、確かに一定の速度で回らず引っかかるように早くなったり遅くなったりを繰り返していた。さらに、回るたびに軸もがたがたと揺れていて、これでは水車の寿命も短くなりそうだ。これが祈りを始めると途端にスムーズに回るようになるのは不思議だ。


 「これ、どこが悪いか分かるか?」

 「製作時の祈りが足りなかったからだと思います」

 「そうじゃなくて、重量のバランスが悪いんだ。この部分が上っていく時はゆっくりだけど、下りるときは速くなってる。と言うことはこっち側が重すぎるんだよ」

 「?」


 工事の現場責任者を呼んで不調の理由を聞いてみたが全く理解していないようだったので、あれこれと説明してみたがどうにも埒があかない。どうやら根本的なところで、自然現象には法則があって同じ条件なら同じことが起きるということから理解ができないようだ。


 「こんなん簡単じゃん。要するに、こっちを削ればいいんだろ?」


 と、そこに突然割り込んでくるものがいた。慌ててフレーシュと現場責任者が取り押さえようとしたが、すぐにそれを止めさせた。


 それはまだ少年だった。体格は大人に近くなっているが、顔立ちなどの印象はまだ幼いと言ってもいい。しかし、それだからこの世界の大人に理解の難しい科学的な思考をすんなりと受け入れられるのかもしれない。


 「何でこっちを削ればいいんだ?」

 「そりゃもちろん、……いえ、それはですね、こちらが重いから上るときは力が必要でゆっくり動いて、反対の時は重いものが落ちるように速く動くからです」


 少年がぞんざいな口調で話そうとしたのをフレーシュに後ろから注意されたので、ぎこちなく丁寧な言葉でそう説明した。


 「重いものでも人々の祈りを世界が受け止めれば宙に浮くこともある」


 その直後、少年が言ったことを現場責任者が否定した。確かに現場責任者の言うことは魔法のあるこの世界ではそうかもしれないけれど、それでも平均値を見てみればやはり科学法則は成り立っているようには見える。これまでの観察では、魔法は科学法則と共存する形で存在していると考えられた。


 だから、少年の言うことはこの世界でもやはり正しいはずだ。


 「実験してみよう」


 僕は水を止めさせて現場責任者と少年を水車の近くに連れて行った。そして、少年にかんなを渡して思うところを思うように削らせてみた。少年はあれこれ考えたり手で水車を動かしたりしながらかんなを掛けていった。


 現場責任者ははらはらした様子で見ていたが、僕としては万が一これで壊れたとしてもそれはそれだと思っていた。水車を作り直す手間よりも科学技術を理解できる人材を増やすことのほうが時間の掛かることだからだ。


 「じゃあ、また水を流して」


 水を流すように指示すると再び水車は回り始めた。さっきよりも水車の回り方が安定している。現場責任者は驚いた様子だが、僕としては当たり前だった。いや、本当のところはちょっとほっとした。もしかして、本当にこの世界は科学法則が地球とは全く違って、重量のバランスをとっても回転が安定しないということもあり得たからだ。


 「君は、名前は?」

 「ムーランです」

 「よし、じゃあムーラン。君に水車の調整を任せよう」

 「「え?」」

 「は、はい。分かりました!」


 有能な人材が見つかったと水車ののことはムーランに任せて僕は水車小屋の中に入った。今日のメインは水車小屋の中に設置する窯とフイゴだからだ。フイゴは後で一人で作るとして、先に窯の方を進めよう。


 鍛冶窯は製鉄炉程でなくても1000度までの熱に耐える必要があるので普通のレンガではなく耐熱レンガで作って作って置きたい。でないと窯の耐久性が著しく落ちてしまう。


 耐熱レンガの材料である耐熱粘土の調査はフレーシュにお願いしてあったし、前回来たときには楓にも調査を手伝ってもらっていた。実は前回の調査でサンプルを持ち帰って楓が地球に帰ったときに検査を依頼しておいたのだ。


 検査方法は蛍光X線分析と呼ばれる方法で、試料にX線を照射して内殻電子を励起し、できた空孔に外殻電子が遷移する時に放出させる蛍光X線を観測して試料に含まれる元素の種類と量を測定する。


 仕組みは仰々しいが装置は比較的シンプルで、小型のものでは充電式で片手で持てるハンドヘルドタイプのものも存在する。ただ、値段が数百万円もするので流石に個人で購入しておらず、異世界にも持ち込んでいない。今後、頻繁に使う可能性が高いから、中古品でいいから個人的に購入しておこうか少し悩んでいる。


 その検査結果だが、11個の試料を持ち込んで3つが当たりだった。そのうちで一番アルミナの含有量が多いものを選んで粘土の採取に行くことにした。場所は前にオークの群れを倒したところの近くだ。今日は時間もないし車で行くのでポリバケツに入る程度の量を持ち帰るだけだが、足りない分は明日からフレーシュに人手を出して運んでもらうことにする。


 「じゃ、みんないいかな?」

 「よい」

 「はい」

 「よろしくお願いします」

 「……」


 今回ついてきたのは楓、アイエ、スリーズとカトルフィーユの全員だった。前回、楓だけがついてきて2泊して帰るとアイエたちが恨めしそうにしていたので、今回は全員誘うことにしたのだ。1泊だけの予定が2泊になったのがよくなかったらしい。


 以前オークの巣だったところの近くなので、オークの残党がいないかと多少緊張したが、オークはいなかった。あの後、オークの姿を見かけることはないそうだ。ただ、代わりに道の真ん中にでかいカバが座り込んで梃でも動かない様子だった。


 「トータスヒッポでござります」


 トータスという通り見た目はカバだが背中には陸ガメのような甲羅が乗っていた。いかにも防御力が高そうな格好だ。こういうモンスターは倒すと高い経験値が得られたりするんだ。多分。


 「鈍感な魔物で一度座り込むと梃でも動きません。しかも、一度怒らせると手が付けられないほど暴れるのでござります」


 なるほど、聞いただけで厄介そうな魔物だった。しかも、悪いことにこのカバは完全に道路の進路をふさいでいてカバがいる限り車でこの先に進むことは不可能だった。


 「楓、アサルトライフルはなしで」

 「なぜだ?」

 「攻撃してこない敵を殺すのはかわいそうだ」

 「君は甘いな」


 そう言いつつも、楓は大人しくアサルトライフルをしまった。さて、このカバ、どうしたらいいものか?


 「サンクテュエール」


 とりあえず、何をするにも魔法は無効化しておこう。魔物は魔法による強力な身体強化がされているのだが、魔法がなくなれば普通の野生動物と同じになる。カバはただの野生動物としても十分脅威だが、魔物でないというだけで負担はかなり減るはずだ。


 と思っていたのだが、サンクテュエールの発動は思いもかけない効果をトータスヒッポに与えてしまったのだった。

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