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第十九話、フイゴの設計。

 「ただいま、アイエ、スリーズ」

 「お帰りなさいませ、ソレイユ様、エラブル様」

 「お帰りなさいませ」


 鍛冶場と水車の建築を任せて、2日ぶりに僕たちはヴィルドパンに戻ってきた。アイエとスリーズの協力で農地の開墾は一気に進んだようだが、そうなるとやはり次に大きな問題は農業用水の確保だった。


 説明によれば、このエテドルェスト北部という地域は年間を通じて雨の少ない地方なのだそうだ。北にあるピクノール山脈から流れる河の水や地下水などから生活用水を得ることはできるが、大規模な農業を行うためには灌漑設備が必須となる。


 ちなみに、同じエテドルェスト地域でも南部に行くと、地下水が地上に湧き出すことで得られる豊富な水資源を背景に世界有数の穀倉地帯が広がっている。それがトワゾントルポ辺境伯領であり、僕がヴィルドパンの地で建国した時の最大の交易相手でありかつ仮想敵国となる相手だ。


 「やっぱり用水路を修復しないと始まらないな」


 再会の後に4人でお互いの持っている情報を交換して、僕はそういう結論に至った。優先して進めるべき課題は多いが、何をするにもまず用水路がある方が便利だ。単に農業用水というだけでなく、人口が増えて来た時の生活用水の確保や、水車を掛けて動力の供給源とするという目的もある。


 ダイナマイトと削岩機は楓に頼んであるので、それが届き次第すぐにやってしまおう。といっても、ダイナマイトの手配にはさすがの楓も時間が掛かるようで少なくとも数日はかかる見通しだ。なので、それまでは少し余裕ができる。


 その間、休日ということにして地球に帰っていてもよかったのだけど、僕はこれから作らなければいけないもののあれこれについて設計図を書くことにした。実際に作る段階では設置場所や材料などを見て修正することになるはずだけど、まずは基本形となる設計を決めておくと修正も楽になるからだ。


 ただ、残るのは僕だけで楓は地球に帰国する。実は楓は自分で会社を経営しているので長い間放置しておくのはさすがにまずいのだ。本人曰く「どうせ親の七光りでやっている事業だ」ということらしいけれど、それなりにちゃんとしていることは知っている。


 アイエとスリーズはブシュロンを手伝って今度は街の修復を進めていた。周囲に点在していた鴉族の小集団が少しずつ集まってきてはいるけれど、如何せん人手が少ないので農業をするにも工事をするにも少人数で頑張ることになる。そこで高度な魔法が使えるアイエとスリーズは貴重な戦力となっているようだ。


 そして、カトルフィーユだが、今、僕にインスタントコーヒーを淹れてくれている。


 コト


 当初考えていた、カトルフィーユの里親を探す件は中止になっている。理由は本人が嫌がったからだ。カトルフィーユは僕と一緒にいたいと言って譲らなかったので、結局以前と同じようにメイドのような仕事をしてもらっている。


 どうして僕と一緒にいることにそこまでこだわるのかということについてはよく分からなかったけれど、スリーズは何か気付くところがあるらしかった。ただ、聞いても教えてくれなかったけれど。


 「ありがとう、カトルフィーユ」


 コーヒーを持ってきてくれたのでお礼を言うと、スカートのすそをつまんで会釈した。言葉はまだ出ないけれど、どういたしましてということなんだと思う。なんとなく言いたいことはジェスチャーで伝わるようになってきたし、最近読み書きの勉強を始めたのでそのうち筆談することもできるようになるだろう。


 僕は今、水車の動力で動くフイゴの設計をしている。フイゴというのはこれまで何度か説明したように炉に空気を吹き込む装置だ。この世界では製鉄炉内の木炭を魔法で燃焼させるためフイゴが発達していないので、一から作成することになる。


 まずは製鉄炉用のフイゴではなく、鍛冶用の窯で使うフイゴだ。製鉄炉は近代化前のたたら製鉄でも1500度近く、現代の製鉄で使う高炉では2000度以上の高温を作る必要があるが、鍛冶用の窯では1000度程度の温度で十分なのでフイゴの性能もそこまで高くなくてもよい。


 フイゴには様々な種類があるが、箱フイゴというのが作りやすくて性能もよいのでそれを作ることにした。構造は単純で、長い木箱を作り両端の上下に穴を計4つ開け、上の穴は吸気、下の穴は排気専用となるように弁をつける。弁の部分も木製で一方向にだけ開く扉のような形状にする。


 そのうえで、中に仕切り板を入れて外側から棒につなぎ、棒を前後に動かすことで仕切り板が木箱の中で前後に動くようにする。木箱の両端に吸排気弁をつけることで、押すときも引くときも常にどちらかの排気弁から空気が出るようになり、フイゴの効率が増すのだ。


 仕切り板と箱の間に隙間があると仕切り板を動かしても空気が効率よく排気されないので、仕切り板の縁には毛の密度の濃い毛皮を張っておく。ついでに仕切り板を動かす軸の軸受けにも毛皮を張っておくとその部分からの空気の漏れも減らせるはずだ。


 フイゴで生まれた風を窯に送る送風管も工夫がいる。この部分はとにかく窯の熱が伝わってくるので熱に強くないといけない。少し考えて、僕はこの部分を金で作ることにした。金は融点が1000度以上あり銅と遜色ないのだ。それに、この世界では金が豊富で加工技術も成熟しているというのもある。


 その他、水車の設計図を書き直したり、歯車やクランクなどの部品、それから肝心の鍛冶窯自体の設計図を書いていった。設計図は寸法も大事だけれど、それよりもどういう材質の部品を組み合わせるのかということの方が重要で、時折外に出て、この辺りで手に入りやすい部材について聞いて回ったりもした。



 「日向。日向!」

 「ん、ふぁぁ、あれ、寝てた」

 「だらしない。寝るならベッドで寝たまえ」


 どうやらいつの間にか楓が地球から帰ってきたようだ。それから、僕は昨日、机で作業をしたまま寝ていたらしい。つけていたランプはいつの間にか消えていた。


 「そんな様子ではご飯もまともに食べていないんじゃないか?」

 「カトルフィーユのおかげでそれは大丈夫だよ」

 「へー、そう」


 ん、何か楓のご機嫌が若干斜めになった気がする。と思ったら、背中から何かを取り出して机の上に置いた。


 「おはようございます。現在の未読メールは547件です。現在地が取得できません」

 「ロボ子」

 「新居に届いてたから持ってきたんだよ」

 「新居って、ああ、新居か」


 そういえば、ゲートの地球側に新しい家を作っていて、前の家の荷物は全部そっちに引っ越すと言っていたんだった。


 「でも、ここには電気がないよ? 車の電源なら使えるけど、ガソリンが掛かるしいちいち車まで行くのは面倒だし」

 「だから、太陽電池も買ってきた。設置とかできないから、君に任せる」

 「ええっ。でも、まあ、あれば便利かな」


 この辺りは雨が降らなくていつも晴れているから太陽光発電には向いている土地だ。この世界の技術で再現が難しいものなので普及させることはできないけれど、僕たちだけで使う分には問題ない。何より、パソコン類が使えるのと使えないのとではいろいろな作業効率が全く変わってしまうからありがたい。


 「よし、さっそく付けてくるよ」

 「ああ、それから、ダイナマイトと削岩機も持ってきたから、よろしく。車に乗せてあるよ」


 ダイナマイトが手に入ったということは、いよいよ用水路の修理が可能になるということだ。これでいろいろなことが一気に進むようになるな。


 と思って楓が乗ってきたバンのトランクを開けて、僕は愕然とした。


 「一体、どんだけダイナマイトを持って来たんだーー!!!」



 急遽、僕はアイエを呼び戻し、住宅から離れていて施錠の可能な倉庫として使える建物を探してもらった。楓がとても使い切れそうもない量のダイナマイトを持ってきてしまったのだ。その辺に放置しておくのは危険すぎる。


 「楓、反省」

 「なぜだ?」

 「誰が1000本もダイナマイトを買ってきてと言った?」

 「何本欲しいとは言わなかったはずだ」

 「だからって、あの岩を割るだけなら数本あれば十分だよ」

 「200本入りの段ボールが5箱で30%値下げの大特価セールだったから仕方ない」


 まあ、買ってしまったものは仕方ないので、厳重に保管しておくことにすることにした。こっちの世界だと、ダイナマイトの予備は持っていたら便利なことも多いだろうし。今回も手元にダイナマイトの予備があればもっとスムーズに事を運べたわけで。


 ただし、爆発事故にだけは十分注意しないと。

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