第十六話、ギブス石。
楓の予想通り、オークの目は2体が倒れた後も弱そうな獲物のカトルフィーユに注がれたままで、距離を取ろうというものはいなかった。むしろ、邪魔者が減ったとばかりに目を血走らせてカトルフィーユに襲い掛かってくるような始末だ。
「右を狙う」
「フレーシュ、真ん中のとさかだ」
「「サンクテュエール」」
2射目も命中し、さらに2体のオークが倒れた。しかし、残りの3体はすでにカトルフィーユにかなり近づいていて、ぎりぎり間に合いそうにない。
「突撃する。カトルフィーユ、伏せろ。サンクテュエール」
狙撃による1撃必殺を捨て、楓はカトルフィーユを伏せさせて連射しながら駆け寄った。オークたちは接近する脅威の存在にようやく気付いたが、カトルフィーユを中心に展開したサンクテュエールの効果内にいたので被弾して痛みにのたうち回った。
だが、狙いをつけずに乱射しているせいで簡単には致命傷が与えられない。と、オークが1体倒れた。フレーシュの矢が急所に命中したのだ。残り4体。
痛みのせいでひるんだオークが後退すると、サンクテュエールの範囲外に出てアサルトライフルの銃弾がオークに効かなくなった。魔力による身体能力強化が掛かっていると、これだけの防御力があるのだ。これでは軍隊でもなければとても太刀打ちできないはずだ。
しかも、身体能力強化は防御力だけじゃなく力や素早さにも影響するので、オークの脅威度は格段に増してしまう。2体なら2人で同時にそれぞれのオークにサンクテュエールを掛けて仕留めてしまえばおしまいだが、まだ4体も残っていては2体に集中している間に残りの2体にやられてしまうだろう。
要するに、ピンチだ。
「楓。逃げよう」
僕は楓の前に飛び出すと、伏せているカトルフィーユを両手で抱えて一目散に逃げ出した。とにかく、いったん安全圏に引いてから反撃に出ないと。少なくともカトルフィーユを回収しておかないと危険すぎる。
「だめだ、日向。向こうが速すぎる」
「サンクテュエール」
全力で逃げながら一番近くに来ていたオークを指さして呪文を唱えると、阿吽の呼吸でフレーシュの矢が頭部を撃ち抜いて絶命させた。さすがの命中率だ。だけど、これでフレーシュたちの存在にオークが気付いてしまった。2体のオークが向きを変えて向こうに向かっていく。
「逃げろ!」
「いえ、大丈夫です。リスプリペロンプリルモンドラテルメラポルトラリコルト」
「ジュムコンサカリスプリペレアラテルメル」
アイエが呪文を唱えると、スリーズの周囲に魔法の光が輝いた。するとスリーズが巨大な大剣を召還して振りかぶって向かってくるオークに切りかかった。
ブン
身長を超えるほどの大きさにも関わらずこちらにまで響く程の速度で振りぬかれた大剣は、文字通りオークの巨体を一刀両断にした。あれが前にオークでも倒せると言っていた強力な魔法なんだろうか。
ブン
間髪を入れずもう1振りして、瞬く間に2体のオークを両断してしまった。と、そこでスリーズの持っていた大剣が光になって消えていった。あの大技は時間制限がきついようだ。
「最後は私がやる。サンクテュエール」
最後の1体を楓がサンクテュエールで包むと、オークの速度が目に見えて低下した。その隙に距離をとった楓は振り返ってアサルトライフルを構えると、一発で頭部を撃ち抜いた。
「これで全部?」
「分かりません。ほとんど倒したとは思うのですが」
9体のオークすべての絶命を確認してから、フレーシュに残りのオークについて聞いてみた。が、さすがにフレーシュもそこまでは把握していないようだった。とはいえ、これだけ倒せばウィクレットはかなり安全になるに違いない。
ひとまず、厳しい戦闘で肉体的にも精神的にも疲れたので一休みだ。ちなみに食糧庫らしいところには魔物や動物の死骸しかなかったので少しほっとした。この辺りは森なのでウィクレットまで行かなくても食料は豊富にあるのだろう。
「この辺りも鉱山はあるのかな?」
「いえ、分かっている範囲ではこちらの方には鉱山はなかったはずです」
アイエは地図を持っていて、主要な鉱山の位置は大体そこに書いてあるらしい。帝都を出る時に機密文書からこっそり持ち出してきたものなのだそうだ。ただ、帝国にとって重要性の低いものは省略されていたり、古い情報が更新されていなかったりしていたので、最終的には現地で確認する必要はあった。
「何か気になることでも?」
「うん」
僕は腰掛けていた岩の表面をじっと見ていたのだけれど、タガネとハンマーを取り出してカンカンと叩き、一部を割り取った。すると、団子のような丸い石がたくさんくっついて固まったような石が取れた。
「このつぶつぶのは何だ?」
「多分、ギブス石じゃないかと思うんだけど」
「何だ、それは?」
「要するに、ボーキサイトだよ。主成分はアルミナの水和物だね」
「ああ、これがボーキサイトなのか」
「ボーキサイトというのは何ですか?」
ボーキサイトは小学校でも学ぶ有名な鉱物なので楓には聞き覚えがあったけれど、アイエには初めての言葉だった。鉄と金しか金属が利用されていない世界なら当然のことではある。
「ボーキサイトはアルミニウムって鉄よりも軽い金属の原料で、他にも耐火レンガの原料にも使えるね。耐火レンガは新しい製鉄炉を作る材料だから、探してたんだよ」
「そんなものがあるんですね」
「耐火レンガの原料ってボーキサイトなのか!」
「耐火レンガは製鉄炉の高温に耐えられる石が風化してできた粘土で作るんだよ。ボーキサイトの主成分のアルミナはその代表だね」
「勉強になるな」
ボーキサイトを焼いて砕いて耐火粘土を作ることもできるけれど、近くにアルミナ質の耐火粘土が産出したりしないだろうか? 人工粘土の方が性質のいい粘土を作りやすい反面、作るのに手間がかかるので、できれば自然粘土の方が面倒が少なくていいのだけど。
その後、僕たちはしばらく近くを歩き回って、残りのオークがいないかを確認がてら石や土の採取をしてから岐路についた。
「フレーシュ、できればあのあたりを中心にもう一度調査して、粘土質の土壌がないかどうか調べてくれ」
「かしこまりました」
「オークが出たら、すぐにヴィルドパンまで使者を立てろ。すぐに討伐に戻ってくる」
さて、久しぶりにヴィルドパンに戻ろう。
ヴィルドパンに戻ったのは、途中の宿場で配下となった者たちがヴィルドパンに着いたすぐ後だった。彼らは昨日僕たちと別れた後、すぐに移住の準備をして翌朝早くから徒歩で引っ越しをしてきたのだ。
「ロワ・ソレイユ様」
屋敷に戻って一段落したところで、移住してきた鴉族のグループのリーダーが訪ねて来た。
「我ら鴉族28名、ヴィルドパンに到着しました」
「分かった。今日はもう休んでいい。明日の朝、また訪ねて来い」
「了解しました」
さて、僕たちももう寝よう。今日は疲れた。
夏休みをいただくのでしばらく更新間隔が開きます。よろしくお願いします。