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第十四話、製鉄場の見学。

 製鉄場は鉱山から少し離れた広い空き地にあった。といっても、地球の製鉄所のように大きな建物や煙突が立っているわけではなく、露天に穴を掘ってその上に粘土で形成された簡単な炉だった。不思議なことに周囲には空気を送り込むふいごに匹敵する設備は設けられてはおらず、代わりに炉の周囲には何か立体的な模様のようなものが作り込まれている。


 「これはおそらく魔力を取り込む口ですね」

 「魔力を?」

 「はい。どうやらこの炉全体が大きな魔法円になっているようです」


 立体的な模様について調べていると、アイエが寄ってきて解説してくれた。


 「ここには空気を取り込む口はないんだ」

 「空気とは風ですか? そんな話は聞いたことがありませんが」


 なるほど、確かに異世界の製鉄は地球の製鉄とは部分的にかなり違うらしい。しかし、出来上がるものが同じということは最終的な化学反応は似たようなものになっているのだろう。


 「アイエはこの製鉄炉の使い方は分かるか?」

 「すいません、分かりません」

 「誰か、分かるものはいるか?」


 僕は見学に付き添っていた鴉族の人たちにもダメ元で聞いてみた。彼らはもともとここに住んでいたわけではなく、オークの襲撃の後にここに来たので知っている可能性は少ないとは思ったのだけれども……。


 「は、はい……」


 1人いた。


 「私は以前ここで働いていたことがあります」


 その人はオーク襲撃以前に犯罪者として鉱山労働を命じられてウィクレット鉱山で働いていたらしい。ただし、犯罪といっても困窮から露店の食べ物を万引きしたということで、本来鉱山労働を命じられる程の重大犯罪ではなかったようだ。つまり、おそらくこれも差別ということなのだろう。


 鉱山労働はきついものだったようだ。この人の場合は、わずかに魔法の才があったため鉱夫ではなく製鉄場勤務となったらしい。命を落とす危険という意味で鉱夫より多少はましだったものの、仕事のきつさはむしろ鉱夫よりも悪いと言えなくもなかった。


 製鉄はまず炉を暖めるところから始まる。十分に暖まったら鉄鉱石と木炭を放り込んでどんどん燃やしていくのだ。3日3晩絶やすことなく燃やし続けると最後に鉄ができる。その後、十分に冷えてから拾い集めて出荷する。


 空気穴もない炉でどうやって燃焼させるかというと、そこは魔法を使うのだそうだ。ただし、本職の魔法使いがこんな辺境に来るはずもないので、少しでも魔法の素養のあるものを集めて祈祷を行うのだ。


 魔法とは祈りに応じて世界に現象を発生させる。魔法使いの呪文も祈りの一つだが、祈りは必ずしも決まった言葉である必要はない。呪文は魔法使いが短い祈りで魔法を発現しやすく工夫したもので、真摯な祈りなら呪文でなくとも、魔法使いでなくとも魔法を発現させることはできるのだ。


 集められた者たちは炉の前に座り、3日3晩、交代しつつ昼夜を問わず祈り続ける。交代で休憩が取れると言っても、心身ともに疲れるきつい仕事だったらしい。しかし、祈りを途切れさせると燃焼がストップして鉄の精練に失敗するので止めることはできないのだ。


 「たたら製鉄でたたらを踏み続けるみたいなものか」

 「たたらとは何だ?」

 「たたらは日本で昔使われていた製鉄の道具のことだよ」


 楓が興味深そうにしていたので、江戸時代ごろまで行われていた日本のたたら製鉄の説明を簡単にしてあげた。異世界で行われているものとは異なるものの、基本的な仕組みに共通点が多いので比較すると理解しやすくなると思う。


 たたら製鉄の場合も異世界の製鉄と同様、まず炉がある。これは高温に耐えられる粘土で作られていて、1回ごとに壊して新しいものを作り直していた。この炉の中で木炭を燃焼させるのだけれども、そのためには外から酸素を供給してやる必要があった。そこで、炉の側面下部に空気を吹き込む穴をあけた。


 しかし、ただ穴を開けただけでは空気が入っていかないので、「ふいご」と呼ばれる手動のポンプを差して空気を強制的に吹き込んでやる必要がある。たたら製鉄の「たたら」とは製鉄に使う強力なふいごのことだ。足で踏んで使うところから「たららを踏む」という成句にもなっている。


 まず最初に木炭を燃やして加熱した炉に砂鉄と木炭を投入していく。すると炉内では、熱により砂鉄が半溶融し、木炭からは不完全燃焼によって高温の一酸化炭素が発生する。そして、一酸化炭素が砂鉄の主成分である酸化鉄から酸素を奪い取って鉄へと還元していくのだ。


 このことを化学式に表すと、「2Fe2O3 + 3CO → 2Fe + 3CO2」となる。


 異世界の製鉄法も、魔法で直接鉄鉱石を還元するのではなく、炉内で木炭を燃やして鉄鉱石と反応させているので同じ反応が起きているものと思われる。なら、地球で行われている製鉄法を使えば異世界でも魔法なしに鉄を作ることができるはずだ。


 「だけど、単純にたたら製鉄を異世界で再現するというのも面白くないな」

 「なぜだ?」

 「たたら製鉄はもう地球では行われなくなった古い製鉄法だからね。今はもっと優れた製鉄法があるんだから、そっちが実現できないかなと思って」

 「なるほど」


 さらに、製鉄で使う木炭を生成する炭窯すみがまも確認した。こちらは普通の炭窯で魔法を使っているということはなかった。魔法適正のあるものは希少なので高温を必要とする製鉄に回し、低温で十分な炭窯は魔法を使わずに済ませていたのだろう。


 炭窯の近くに置かれていた製鉄用の木炭を見てみると、生焼け気味の質の低い木炭だった。低温で焼くためこうなるのだが、これはむしろ製鉄には都合のいい木炭だ。というのは高温で焼き上げた炭よりも、こういう炭の方が火力が上がりやすいのだ。


 地球では、製鉄の原料が木炭から石炭に切り替わるまで、鉄鉱石の価格よりも木炭の価格の方が高かったらしい。製鉄には大量の木炭を必要とするが、原料となる木の生育密度には限界がある。一度切り倒した森が再生するには年月がかかるので、木炭の供給量は森林の木材産出量で決まってしまうためだった。


 ウィクレットはピクノール山脈の森林地帯にあって、周囲は森に囲まれていた。もう何年も伐採していないせいで森は回復傾向にあるが、伐採の跡が確認できる若い森もある。ヴィルドパンの辺りは森林がなかったが、あれはもしかすると過剰伐採で森が失われたせいなのかもしれないと思った。


 「誰か、この辺りで燃える石を見たことはないか?」


 鴉族の人たちに石炭を知らないかと聞いてみると、どうやらそれほど珍しいものではないようだ。ウィクレットの近くに知られている炭鉱はないが、ヴィルドパンの近くで取れるところがあるらしい。ただ、製鉄では使われず、家庭用の熱源としてのみ利用されているようだ。


 「なぜ石炭を使わないんだ?」

 「多分、石炭には硫黄があってそのまま使うと鉄の品質が悪くなるせいだと思う。それに、炉内で溶けたり壊れたりして通気性が悪化するのも問題になるし」

 「でも、地球だと製鉄は石炭を使ってるじゃないか」

 「それは、石炭を乾留してコークスにしているんだよ」


 これまで行われていた前時代的な製鉄法での生産量なら森林資源を維持しながら持続的な製鉄も可能かもしれないけれど、現代的な手法を取り入れるなら原料炭が足りなくなる可能性を考えておく必要がある。石炭の利用は避けては通れない道だ。


 「ここで行われていた魔法を使った製鉄って再現できないかな」

 「それには人を集めないといけませんね。それから、全過程を監督できる責任者も」

 「そうだよね。確か、たたら製鉄でも村下むらげって技術責任者が細かい指示をしていたみたいだし」


 経験豊富な技術者というのはいつでもどこでも不足している。この鉱山も、採掘の権利は手に入っても製鉄技術を持つ人間が失われていては価値が半減以下になってしまう。周辺国が軍隊を派遣してまでオークに占領されたこの地を解放することをしなかったのは、鉱山だけあっても持て余すということなのかもな。


 「やっぱり、一足飛びに現代的な製鉄技術を試していく方が最終的には近道かもしれないな」


 その後、サンプル用に原料の鉄鉱石、木炭や、炉で生成された鉄や不純物の塊であるスラグなどを採取して見学を終えた。鉄鉱石や鉄に含まれる不純物の内訳は、鉄の品質を考えるうえで重要なものなので、後で時間を見つけて分析をしてみるつもりだ。


 それから、製鉄炉や炭窯に使われている粘土についても調べることにした。さすがにこれは鴉族の人たちに聞いても分からなかったので自分でサンプルを取って調べてみる必要がある。


 と言っても、今日はこれ以上は無理なので明日にすることにした。


 「今日はここに泊まりましょう」


 いつの間にかアイエは鴉族の人たちと話をつけていたらしく、今日の寝所をすでに手配済みだった。


 ウィクレットもヴィルドパンと同様、オークの襲撃で街が放棄されていて空き家になった建物が数多くあった。鴉族の人たちはそういう空き家に住んでいたのだけれど、僕達のために一番いい建物を空けてくれたのだ。


 「なんか申し訳ないね」

 「国王より良い家に住むというのは周りから反逆の意志があると見られかねないので、一番の家を空けるのは当然です」

 「それはそうかもしれないけど」

 「それに、感謝の気持ちは政治で返していけばいいことです」

 「確かにそうだね」


 アイエの言うことは詭弁っぽいけれど、多分それより他にできることはないだろうし、望まれていることでもあるんだろう。

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