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第一部  【 停滞の掟と、餓えゆく王国 】  第一章 【 巨樹の陰に沈む街 】 第一話 【 栄光という名の灰 】

ご覧いただきありがとうございます!


かつて「魔王に勝った」という過去の栄光と、「清貧」という古い掟に縛られ、緩やかに餓死していくだけの聖国セルヴァ。

綺麗事を捨て、泥を啜ってでも生き残るために立ち上がった王子リンの、怒涛の**【泥臭い国力逆転劇】**が始まります!


「綺麗事ばかりの老臣たちを見返したい!」


「何もない泥沼から圧倒的に成り上がっていく爽快感が好き!」


という方に楽しんでいただけるよう執筆しています。


※面白い、続きが気になると思っていただけたら、ページ下部の**【☆☆☆☆☆】**評価やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!

──その街には、煙の匂いと、腐った葉の匂いだけが漂っていた。


巨樹の国・セルヴァの首都アリスト。空を覆い尽くすほどの巨木「大霊樹」の根元に広がるこの都市は、かつて世界で最も美しく、最も気高いと称えられた場所だった。


「大魔国」との百周年戦争。

人類の存亡を賭けたその激戦の末、勝利を手にしたのはセルヴァであった。王国の騎士たちは己の血を流し、聖なる大霊樹の加護のもとで魔王の軍勢を退けた。だが、勝利の宴が過ぎ去り、数十年が経過した今、首都を包んでいるのは勝利の余韻などではなく、緩やかで逃げ場のない「死の気配」だった。


「本日配給される黒パンは、一人半個までとする! 繰り返す、一人半個までだ! 王家の教義に従い、正しく均等に分かち合うように!」


中央広場に、下級役人のダミ声が響きわたる。

配給所に群がる民衆の顔には、生気というものが一切なかった。眼窩は深く落ちくぼみ、皮膚は土色に黄ばんでいる。ボロ布のような服を身にまとった人々は、押し合う気力すら失ったように、ただ無言で列を作っていた。


配給されるのは、木の実の殻を混ぜ込んで嵩増しされた、石のように固い黒パンだった。


「おい、役人様……もう少しだけ増やしてくれねぇか。うちの妹が、もう3日も熱を出して倒れてるんだ。このままじゃ……」


列の先頭で、若い男が弱々しく声を上げた。差し出された男の手は骨と皮ばかりで、震えている。


役人は呆れたように鼻で笑い、冷酷に言い放った。

「王家の『清貧と均等』の掟を知らんのか? 一人に多くを与えれば、別の誰かの取り分が減る。私利私欲を貪る者は、魔王の残党と同義だぞ。感謝して受け取り、引っ込んでいろ」


男は唇を噛み締め、声もなく引き下がった。周りの民も、ただ俯いてその光景を見ているだけだった。誰も争おうとしない。怒り声を上げる気力すら、この街からは失われていた。


広場から少し離れた路地裏。

水路の縁に腰を下ろし、その光景を静かに見つめている一人の青年がいた。


つばの広い旅人笠を深くかぶり、粗末な綿着を纏っているが、その鋭い眼光とピンと伸びた背すじは、ただの町人ではないことを物語っていた。


彼の名はリン。このセルヴァ王国の第二王子であった。


(……均等、か。全員で平等に餓死に向かっているだけではないか)


リンは手に持った小さな木の芽を見つめた。大霊樹の枝から落ちてきた小さな芽だが、すでに黒ずみ、干からびている。


かつて王国に無限の恵みをもたらしていた大霊樹は、長年の戦乱で傷つき、その魔素を急速に失いつつあった。大地は痩せ衰え、作物は育たない。

本来ならば、農業のやり方を変え、他国から食料を輸入し、市場を開いて物資を巡らせなければならないはずだった。


しかし、王宮を支配する老臣たちと国王は、頑なにそれを拒んでいた。


『我がセルヴァは、大魔国を打ち破った高潔なる聖国である』

『市場で物を売り買いし、富の差を生むような意地汚い真似は、王家の教義に反する』

『苦しいときこそ、過去の勝利を思い出し、清く正しく耐え忍ぶのだ』


それが、王宮の言葉だった。

栄光という名の過去に酔いしれ、変化を拒み、美徳という名の縄で自分たちの首を締め上げている。


「お兄さん、見ない顔だね。どこから来たんだい?」


不意に声をかけられ、リンは顔を上げた。

声の主は、路地の陰で小さな籠を抱えた老婆だった。老婆の肌もまた痩せこけていたが、その瞳には配給所に並ぶ人々にはない、どこか怪しい光が宿っていた。


「……ただの旅の者だ。おばあさん、こんなところで何をしている?」


リンが尋ねると、老婆はニタリと歪んだ笑みを浮かべ、抱えていた籠の布をほんの少しだけ持ち上げた。


「へへ、安くしとくよ。大霊樹の根元でひそかに採れた『ネズミタケ』だ。スープに入れりゃ、少しは腹の足しになる。黒パン半個じゃ、今夜を越えられないだろ?」


そこにあったのは、王国の法律で採取も売買も厳しく禁じられている野生のキノコだった。毒性が少しあるが、煮込めば食べられる。


「……それは闇売りか? 役人に見つかれば、鞭打ちの刑だぞ」


リンが低く呟くと、老婆は鼻を鳴らした。


「鞭打ち? けっ、そんなもん腹の足しになるかい! 役人の綺麗事を聞いておとなしく死ぬくらいなら、あたしゃ刑罰を受けてでも生き延びるね。お兄さん、買うのかい、買わないのかい?」


リンは暫し沈黙したあと、懐から古い銅貨を一枚取り出し、老婆の手元に滑らせた。老婆は目ざとくそれを受け取ると、素早い手つきで紙に包んだキノコをリンの手に押し付け、路地の闇へと消えていった。


リンは手の中の紙包みを見つめた。


(掟を破る闇売り。罪深き行為……だが、あの老婆の目には『生』があった)


配給所で死を待つ正しく清らかな民と、暗がりで掟を破りながら泥臭く生きようとする罪深き民。

どちらが正しいのかなど、問うまでもない。国を滅ぼそうとしているのは、魔物でも飢饉でもなく、「正しさ」に固執する王家そのものなのだ。


「リン殿下。このような場所におられましたか」


背後から、低い静かな声が聞こえた。

振り返ると、頭からすっぽりとフード付きの外套を被った男が立っていた。セルヴァ王国近衛騎士団長、ラグナルだった。かつての戦争で数々の功績を挙げた英雄であり、リンの幼少期からの剣の師でもある。


「ラグナルか。身護りもつけずにすまない」


「お戯れを。殿下が市井を忍び歩きされるのはいつものこと。……しかし、本日の王宮会議の空気は、これまで以上に険悪ですぞ。早くお戻りにならねば、大公閣下が不審を抱かれます」


ラグナルの言葉に、リンは深い溜め息をついた。

大公――リンの叔父であり、現国王の側近として実権を握る保守派の重鎮。彼こそが「古き教義」を最も神聖視し、一切の改革を拒み続けている元凶だった。


「ラグナル、お前にはこの街がどう見える?」


リンは立ち上がり、旅人笠を脱いだ。黒髪の下からあらわになったその瞳は、冷ややかな怒りと深い悲しみに満ちていた。


「ただの廃墟に見えます」とラグナルは淡々と答えた。「かつて我々が命を賭けて守った国は、今や自ら進んで墓穴に入ろうとしている」


「そうだ。我が国は勝ったのではない。勝ち誇ったまま、腐り続けているのだ」


リンは懐のキノコの紙包みを強く握りしめた。


「父上も、叔父上も、過去の栄光という毒杯に酔っている。だが、俺は黙ってこの国が枯れ果てるのを見る気はない。たとえ王家の血を汚すことになろうとも、俺はこの淀んだ空気を叩き割る」


「殿下……それは、謀反のご覚悟ということですか」


ラグナルの問いに、リンは首を振った。


「首をすげ替えるだけでは意味がない。この国に必要なのは、王の首ではなく『価値観の破壊』だ。古き教義を捨てさせ、民に泥を喰らってでも生きる術を与える」


リンは大霊樹の巨幹を見上げた。かつて神々しい光を放っていた巨木は、今はただ不気味な黒い影を街に落としている。


「行くぞ、ラグナル。王宮へ。今日こそ、あの老いた確信犯どもに現実に目を向けさせてやる」


風が吹き抜け、路地のゴミと干からびた葉を舞い上げた。

栄光の陰で緩やかに殺されていく国。その停滞の鎖を断ち切るための、小さく、しかし決定的な第一歩が、いま踏み出されようとしていた。


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