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医務室に入ってきたMMMコンサルティング社員達は、私達6人に宿泊準備のリクエストを聞いてまわった。
間もなく夕食の時間帯ということもあって、緑堂さん、紺咲さん、灰霧くんは食事をオーダーしていた。
青街さんと白蘭さんは特に何もリクエストをしなかったようで、ふたりともソファに深く沈み、目を閉じて時間が過ぎるのを待っているように見えた。
そして私は社員の方に日用品のリクエストを伝え終えたところで、律ちゃんに腕を握られたのだった。
「ユキ。二次試験の前に話したいことがあるんだけど、いい?」
いつになく真剣な律ちゃん。
いや、律ちゃんはいつだって真面目で誠実なんだけど、今日はやっぱりいつもと違う。
でもむしろいつもと同じだったら、そっちの方が神経を疑うかもしれない。
だって、魔法なんて………
私にこんな重大なことを隠していたのに、それが明るみになってもなお、いつもと同じように接してこられたりしたら、いくら律ちゃんでも文句のひとつやふたつやみっつ………言いたくもなるけど、やっぱり無理なんだろうな。
だって律ちゃんは…………
「ユキ?聞こえた?」
律ちゃんの声の心配色が濃くなり、私はハッとした。
「あ………うん、聞こえてるよ。話、あるんでしょ?」
「ああ。ここだとちょっとあれだから、俺のオフィスに移動しよう。いいですよね?紫間さん」
医務室のレンガの壁に背を預けて室内の様子を眺めていた紫間さんに呼びかけると、少し離れていたにもかかわらず、紫間さんは「構わないよ」と答えた。
「社員の帯同があれば問題ないからね。きみ達はふたりきりで話す必要があるようだ。ただし、時間厳守でね」
「ありがとうございます」
「うん、いいよ。紅守さん、幼馴染みに言いたいことがあるなら全部ぶつけてくるといい。僕はいつだって何があったって、きみの味方だからね」
そう言った紫間さんは、常に顔に貼り付けている底なしの笑顔ではなく、慈しむような微笑みだった。
「…………ありがとうございます」
一応は礼を口にしたけれど、私はなぜ初対面の紫間さんがそこまで言ってくれるのかがわからず、妙な感じはあった。
でもそれは胸の奥に飲み込んで、私はそのまま律ちゃんに連れられて出入口の扉に向かった。
すると、医務室の入口付近に、受付用と思しきデスクがあり、そこに座っていた女性と目が合った。
まるでホテルのコンシェルジュデスクのように大きめのデスクを前にしているせいか、その女性の小柄な体がやけに目立っていた。
女性は肩上のボブカットで、昔風に言うところのおかっぱヘアをしており、着物を着て、その上に白い割烹着という装いだった。
どことなく、普通の人ではないという直感があった。
…………でも、ここにいる人が普通の人であるはずがない。
そう思い直した私は律ちゃんのあとについてその女性の前を小さな会釈だけで通り過ぎようとした。
そのとき。
「そなた、腹が痛いのか?」
およそ普通の人間とは思えない、ずいぶんと甲高く、特徴のある声で呼び止められたのだった。
「え………私、ですか?」
女性に振り向くと、彼女はデスクチェアから立ち上がり、大きなデスクをまわってこちらに歩いてくる。
「そうじゃ?そなたに訊いたのじゃ」
口調が時代劇に出てくるお姫様のようなのに、なぜだか違和感がない。
その服装や髪形を含む雰囲気のせいかもしれないけれど、緑堂さんとはまた違った品格を感じた。
私が足を止めたので、前を行っていた律ちゃんも戻ってくる。
「瑠璃子さん、彼女に何か?」
どうやら律ちゃんの知り合いらしい。
MMMコンサルティング社員どうしなのだから、当たり前なのだろうけど。
けれど、女性は律ちゃんにはちらりとも向かず、私の前までひょこひょこひょこと歩いてくると、スッと見上げてきた。
「そなた、腹が痛いのであろう?」
「お腹……ですか?」
「そうじゃ。腹が痛いのなら妾が治してやろうか?」
…………わ、妾?
私が全力で戸惑っていると、律ちゃんが私の肩に手を置いて助け舟を出してくれた。
「こちらは医務室担当の藤原野 瑠璃子さん。”癒しの魔法” がお上手なんだ」
…………癒しの魔法……?
「もしユキが不調を感じるのなら、診てもらうといいよ。瑠璃子さん、この子は…」
「知っておる。そなたの幼馴染みであろう?そして二次試験を控えた、大事な我が社のにゅーかまーじゃ。万全のこんでぃしょんで二次試験に挑んでもらいたいからのう」
…………ニュ、ニューカマー?コンディション?
時代劇のお姫様が絶対に使わないだろう単語の連発に面食らってしまう。
間近で見た着物の女性…瑠璃子さんは、お人形のように肌が透き通っていて、黒真珠のように艶やかな髪と瞳をしていた。
私が見下ろすほどの小柄で、装いは日本人形のようでありながら、ぱっちりした両目は小動物のように愛らしくもあった。
その得も言われぬ圧のある態度と物言い、そして律ちゃんの紹介から、おそらくMMMコンサルティング内で相当上位の立場にいるのだろうと思った。
「あ……はじめまして。紅守 雪といいます」
「うむ。紅と雪の白。まことに美しい名じゃ」
まるで前から知っていたかのように私の名前を褒めてくれた瑠璃子さんは、くるりと律ちゃんに顔をまわした。
「そなた、もうみーてぃんぐは終わったのであろう?」
「ええ。これから1時間ほど休憩を挟んで、二次試験会場に移動します」
「ならば今のうちにそなたの幼馴染みの腹を治してやろう。よいな?」
「そうしてくださると助かります。俺は彼女の不調も気付けませんでしたから」
そっと私の背に触れてくる律ちゃん。
「気に病むでない。気付けぬのが普通じゃ」
瑠璃子さんはそう言うと、私の腹部に手のひらをかざした。
体の前後を瑠璃子さんと律ちゃんに挟まれるようなかたちだ。
「そなた、動かぬように」
瑠璃子さんが私にそう告げた直後、直接触れてもいない腹部が、じんわりと温まってきたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告でもお知らせさせていただきました通り、しばらくはいつも以上に不定期な更新となります。
マイペースが過ぎると呆れられてしまうかもしれませんが、少しずつ元のペースに戻してまいりますので、更新した際はまたお付き合いいただけたらと存じます。
寒暖差の激しい季節ですので、どうぞみなさまご自愛くださいませ。




