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気が付くと、目の前が真っ暗だった。
でも耳は冴えていて、どこか遠くの方から、誰かの話し声が聞こえてきた。
「…………ですね?これからは……………」
「わかったよ………………だし、……………けどね」
「ユキは………………納得…………でしょう?」
「まったく、きみは幼馴染みには…………………」
「そういうことじゃないんですよ。ユキは………………ユキ?……ユキ?」
ああ、これは律ちゃんの声だ………話してる内容はよくわからないけど、律ちゃんが私を呼んでる………そう認識できた直後、目の前が一気に明るく開けていった。
「――――っ!」
視界いっぱいに眩しい光が広がって、反射的にまた目を閉じようとしてしまう。
急な明るい光は目に毒だ。
けれど
「ユキ!」
律ちゃんに大きく呼び止められて、もう一度目を開いた。
すると、真っ先に律ちゃんの心配そうな顔が視界に入ってきた。
さっきと同じ眩しさのはずなのに、そこに律ちゃんがいるだけで、すっかり毒ではなくなってしまう。
「律……ちゃん?」
律ちゃんは横になっている私を上からのぞき込んでいた。
「ああ、そうだよ。大丈夫か?気分は?」
「…………気分?」
律ちゃんの心配しきりの顔に、ぼんやりしていた頭の中も少しずつクリアになってくる。
「大丈夫………気分は、悪くないよ。………ここは?」
律ちゃんの背後には見知らぬ部屋の風景があった。
けれど、その問いに答えたのは律ちゃんではなかった。
「医務室だよ」
「―――っ!」
てっきり律ちゃんしかいないと思っていた私は、その返事の主、紫間さんに驚いて飛び起きた。
そういえばさっき律ちゃんが誰かと会話しているのを聞いていた気がするけど、おそらくそれが紫間さんだったのだろう。
「ユキ、急に動かない方がいい」
律ちゃんはそう気遣ってくれたけど、紫間さんの陽気でフランクな態度は、私に気を失う前の出来事を思い出させたのだ。
なのに紫間さんは暢気に笑う。
「すっかり警戒されちゃったね。でも、そんなに警戒してたら、身が持たなくなっちゃうよ?」
「紫間さん、今は黙っててください」
律ちゃんが語気を強める。
私を守ろうとしてくれたのだろうけど、紫間さんは1mmも笑顔を崩さずそれを否定した。
「きみの気持ちもわかるけどね、そうやってずっと守ることが、彼女のためになるのかい?だいたい、きみが彼女にちゃんと説明していれば、こんなふうに倒れたりしなかったと思うけど?違うかい?つまり、彼女が今混乱しているのも、気を失うほど驚いてしまったのも、全部きみのせいなんだよ」
律ちゃんのせい、紫間さんがそう責め立てるのを聞いて、私の体じゅうの血液が沸くように感情が爆ぜた。
「律ちゃ……黒凪さんは悪くありません!」
そう叫んでから、しまったと思った。
だってこの人は律ちゃんの同僚で、二人の会話から、もしかしたら先輩や上司なのかもしれない。
しかも私は今日入社試験を受けにきている立場なのに。
ただでさえ入社試験中に倒れるなんてマイナスポイントでしかないのに、そのうえ試験担当者に声を荒げてしまうなんて………
鳩尾が、また痛む。
でも、どうしても、私のせいで律ちゃんが責められるのは嫌だったのだ。
魔法とか魔法使いとか、そういうのは抜きにして、律ちゃんにネガティブな矢印が向くのはなんとしても避けたかった。
けれどそれは私の杞憂だったようだ。
「きみたちは本当に仲良しなんだね」
紫間さんが感心した様子で頬をゆるめた。
「そんなふうにお互いを想い合える相手がそばにいるなんて、羨ましいよ」
ただ、にっこりそう言った紫間さんからは嫌味や皮肉の気配は感じられないものの、やっぱりその笑顔には裏があるのではと勘繰りたくもなる。
私が返事に迷うと、律ちゃんがかわりに答えてくれた。
「俺達は二人とも一人っ子ですから、幼馴染み以上なのかもしれません」
律ちゃんがさりげなく私の肩に触れ、紫間さんは「それは素敵な関係だね」と感心を深めた。
けれど、
「あれ?でもそれなら、魔法のことも互いに理解し合っていけるんじゃないのかい?なのにきみは今日まで彼女に話そうともしなかった。それに紅守さんだって、きみのことが大切なら、きみが魔法使いだってことも、ちゃんと受け入れてくれるはずだと思うけどね。ねえ、紅守さん?」
ベッドの上の私をのぞき込んできたのだ。
紫間さんにじっと目を見つめられて、また心の中を読まれるんじゃないかと怖くなった。
「紫間さん、これ以上ユキを怖がらせないでください」
「ごめんごめん」
律ちゃんの制止に、紫間さんは両手をあげて降参のポーズをする。
「もう驚かせたりしない。きみの心をのぞいたりもしないよ。約束する。だから、ちゃんと話を聞いてくれないだろうか。他の5人と違ってきみは今日はじめて魔法のことを知るわけだから、気を失うほど驚くのも仕方ないと思うよ。でも、きみもさっき見ただろう?これは、異世界の物語なんかじゃない。リアルなんだ」
紫間さんは両手をおろしながら、ゆっくり笑顔を消した。
「だからどうか、話を聞いてほしい。最後まで。今すぐ信じられなくてもいい。例え最終的に我々のことを受け入れないと判断しても構わない。でも、きみの大切な幼馴染みの勤める会社は魔法使いの会社で、きみの大切な幼馴染みは魔法使いで、君自身も、魔法使いになる資格を有しているという事実は、ちゃんと知ってほしい」
私の肩に触れている律ちゃんの手が、わずかにびくりと揺れた気がした。
…………律ちゃん。
見上げると、律ちゃんは「無理しなくていい。今日までユキに話せなかった俺が悪いんだから。すまなかった」と頭を下げた。
私は、律ちゃんにそんなことをさせたくなくて。
「わかりました。ぜひ教えてください。今度は、気を失ったりせずにしっかり聞かせていただきます。でも…………あまり驚かせないでください。それから、私の心の中を読んだりするのは、しないでいただけますか?」
そう言うと、紫間さんは明るい笑顔に戻り「もちろんだよ」と嬉しそうに両手をぽん、と叩いた。
すると、それが合図だったかのように、大きな両開きの扉が左右に開いたのだ。
ベッドからは少し距離があるけれど、扉の向こうに、見覚えのある姿を見つけたのだった。
誤字報告いただきありがとうございました。




