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紫間さんにそう問われた緑堂さんは、図星だったのか、返事に窮した様子だった。
けれど、すぐ気を取り直したように紫間さんに意見した。
「………ええ、もちろんですわ。ですがそれはあくまでも理論上の話であって、実際にそれが起こることは常識で考えてあり得ませんもの。そうではありませんこと?」
緑堂さんの主張に、紫間さんはクスクス笑い出す。
「おやおや、これから魔法使いになろうとしている人物が常識を理屈にするなんて、面白すぎるね」
…………また魔法使い!?いったい何なの!?
その言葉の不可解さと同じくらい、私ひとり蚊帳の外に置かれてる感じが不気味に思えてしょうがない。
私はさっきから繰り返し用いられている ”魔法” だとか ”魔法使い” といったおかしな単語の意味を今すぐに問い質したくなって、挙手しようとした。
けれどその寸前で、ここまでずっと黙っていた無表情の男性までもが、紫間さんに疑義を訴えてきたのだ。
「でも今までそんなことは一度もなかった。何かの間違いではないんですか?」
彼は私を見ず、意識はまっすぐ紫間さんにのみ向けられていた。
紫間さんはその眼差しを正面から受け止めるように彼の前にじりじりと移動していく。
「きみは、青街 塁くんだね?」
「はい」
「ご両親にはいつもお世話になってるよ」
紫間さんは無表情の男性のことも以前から知っていたようだ。
明るくてフランクという態度に、知り合いの息子相手という気安さが加わった。
無表情の男性…青街さんの方もそれは承知していたようで、
「うちの実家も、お世話になってます……」
絶対営業職には就けなさそうなぶっきらぼう口調で返したのだ。
けれどその口調よりも、彼が常識的な挨拶を口にしたことに、私は驚いてしまった。
さっきまで私には散々な態度だったのに。
いや、そんなことはもうどうでもいい。
私はバッと右手をあげた。
「あのっ……」
すると青街さんの前に立っていた紫間さんが、「なんだい?」と隣の私に笑顔を向けてくる。
それがあまりににこやかで、あまりに優しげで、だからよけいに警戒心を刺激してくる気がした。
…………この人には、質問しない方がいいかもしれない。
律ちゃんの同僚なんだから、危険な人ではない…とは思う。
でも、今ここでこの人に変に追及するよりも、あとで律ちゃんに説明を求めた方がいいようにも思える。
どうすべきか、わずかばかりに躊躇したそのとき、
「彼女が最初からカードの文字をすべて読めたことは紛れもない事実です」
律ちゃんが、部屋中に響かせるように告げたのだった。
それは明らかに、私を守るためのセリフだった。
律ちゃんは私に小さく目配せすると、私も含め、今この場で疑問を持つ者すべてに語りかけるように続けた。
「そしてまた、彼女はMMMコンサルティングのことも、魔法のことも、魔法使いのことも何も知らないのです。あのカードの真の意味も、なぜみなさんがこんなに驚いているのかもわからず、今、混乱の最中にあるはずです。本来ならば、彼女に事情を説明すべきはカードを渡した俺ですが、そのときの俺は、彼女に説明しないという判断をしました。それには事情があり、MMMコンサルティング側も了承済みです。ですが、さすがに入社試験当日までには説明しているだろうと思われていたようです。そうですよね?紫間さん」
律ちゃんに尋ねられ、紫間さんはゆっくりと振り返った。
「うん、そうだね。だって、なんにも知らないで今日ここに来させるなんて、まるで異世界に召喚された物語のヒロインみたいじゃないか。きみが大切な幼馴染み相手にそんな可哀想なことをするなんて思えなかったからね」
紫間さんは明るく揶揄うように答えたけれど、律ちゃんは「異世界………確かにそうかもしれませんね」と重く受け取ったようだ。
そのひと言に、律ちゃんの自省や後悔の色が滲んで見えて、私は ”異世界” とか ”魔法” とか ”魔法使い” とか、さっきまであんなに気になってしょうがなかった言葉達よりも、その真実よりも、ただただ律ちゃんのことが心配になってしまった。
「律ちゃん………?」
思わず漏れていた呟きはほとんど声になっていなかった。
なのに、律ちゃんだけが気付いてくれる。
律ちゃんは私を安心させるように、そして申し訳なさそうに、唇と目元だけで小さく微笑んでみせた。
すると、ちょうど私と律ちゃんの間にいる紫間さんが声をあげて笑い出したのだ。
「いやだな、冗談じゃないか。そんな真剣に納得しないでくれよ。みんなもそう思うだろう?」
紫間さんが私以外の5人を見まわすと、緑堂さんが「そうですわね。ここは異世界などではありませんもの」と頷く。
「ですが、異世界という例えも、あながち誤りではない気もいたします。こちらの彼のように若い人の間では異世界を舞台にした小説や漫画が流行っているそうですし」
大人の男性が隣の少年の肩を叩きながら言って、そのあと私を見つめてくる。
「そちらの女性もお若いようですから、そういう例えを用いた方が理解しやすいかもしれませんよね」
元教師らしく、誰にも非がないのだと導くように、丁寧に言葉を運んだ。
紫間さんは男性の解釈を気に入ったようで、「それもそうだね」と手を叩いた。
「そういうきみは、紺咲 聖くんだね?」
「ええ、その通りです」
大人の男性…紺咲さんが返事すると、紫間さんは少年にも問いかけた。
「隣は、灰霧 遊くん。先月高校を卒業したばかりで、二人は元教師と元教え子だったよね?」
「…………はい、そうです」
はじめて少年が声を発した。
高校卒業した年齢のわりには少し高めの、綺麗な声だった。
紫間さんはうんうんと頷くと、最後のひとりであるマスクの男性の前に立った。
「そしてきみが、白蘭 奨くん」
名前を呼ばれたマスクの男性は、黙って紫間さんを見上げると、こくんと首肯した。
「さあ、これでここにいる全員の名前がわかったわけだ。きみたちは今後同期になる可能性が高い。そこでひとつ提案なんだけど、まだ何も知らされていない同期のために、今しばらく、事情説明のための時間を設けてはどうだろう?きみたちの中にも、半信半疑だったりとか、ぼんやりとしか理解していない人もいるかもしれない。だったら、この機会にぜひ、知ってほしい。我々MMMコンサルティングのことを。そして、我々魔法使いのことを――――――」
フランクな物言いはそのままに、上に立つ者の威厳を放つ紫間さん。
そんな紫間さんに異を唱える者は、誰もいなかった。




