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…………………は?今、”魔法使い” って言った?
私が唖然としている傍らで、大人の男性が「でも、今のは銃声では?避難しなくてもいいんですか?」と焦りと不安を訴えた。
隣の少年も心配そうに楽器ケースを抱きしめている。
…………いやいやいや、そこも重要だけど、”魔法使い” は無視なの?
私は男性に目で突っ込んだものの、まったく気付いてもらえない。
男性の意識は懸命に紫間さんに注がれていて、その紫間さんはハハハとおかしそうに笑ったのだ。
「大丈夫大丈夫。あれは魔法で風船を割った音だから。その音を銃声に聞こえるよう、魔法で細工しただけだよ。おそらく、一次試験不合格者の中でも魔法の感度が優れている人がいないかチェックしていたんだろう。どちらにせよきみたちには関係ない話だから気にしなくていいよ」
…………また ”魔法” って言った!
私は眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いて仰天する。
でも私とは逆に男性は「ああ、そうだったんですか」と胸を撫で下ろしていたのだ。
隣の少年もホッとしたように楽器ケースをまた置き直した。
…………この人達、なんで平然としてられるの?なんで無視できるの?
私は今度は律ちゃんに目で訴えた。
いったいこの人は何言ってるの?頭おかしいの?私の聞き間違い?それとも、魔法といっても別の意味があったりするの?何かの隠語とか、暗喩とか?
律ちゃんは私の視線は察したようだけど、困ったように微笑むと、紫間さんに何やら耳打ちした。
紫間さんは「え?」と意外そうに律ちゃんの顔を見返してからこちらに顔を向けた。
こほん、と恭しく咳払いする紫間さん。
「…………どうやら、MMMコンサルティングについてまだ何も説明を受けてない人もいるようだね」
にっこり、ダイレクトに笑いかけてこられて、私はギクリとした。
だって、まさかその説明を受けてない人って、私だけ………?
私はきょろきょろと全員を見まわした。
両隣りの男性は無反応だったけれど、ベレー帽の女性はその可愛らしい顔を驚きに歪めていて、大人の男性はおやおや…という同情めいた表情を見せ、少年からはなぜだか不機嫌な眼差しを投げられてしまったのだ。
彼らの反応をどう受け取ればいいのかわからずにいると、紫間さんは明るく朗らかな声をふっと穏やかで慈しみのあるトーンに変えて尋ねてきた。
「きみは、紅守 雪さん、だね?」
「はい、そうです………」
「きみは、この黒凪 律からMMMコンサルティングのカードを渡された、間違いないね?」
「はい、その通りです………」
「それじゃあ、そのカードの裏面に最初からMMMコンサルティングの連絡先がすべて記載されていた、というのも事実だね?」
はい、そうです。
私は普通にそう答えようとしたけれど、紫間さんがその質問をしたとたん、5人が示し合わせたかのように、ものすごい勢いで私を見てきたのだ。
全員が、驚愕の顔をしながら。
「な……なんですか?」
向こう側の3人はともかく、両隣の2人がこんな驚き方をするなんて、只事でない気しかしない。
けれど、両隣の男性を交互に見ても、どちらもただ吃驚してるだけで返答はない。
すると、ベレー帽の女性がマスクの男性越しに身を乗り出して尋ねてきた。
「あなた、本当にあのカードに書かれてあるMMMコンサルティングの情報をすべてお読みになれましたの?最初から?本当に間違いはなくて?」
上品なお嬢様言葉は崩れてなくても、さっきまでの優雅な物腰はまるで切羽詰まった調子に変わっている。
「え?……ええ、そうですけど……このカードのことですよね?」
私はテーブルに置いてあったカードを手に取り、裏面を彼女に見せた。
「ええ、そうですわ。そう………あなたは最初からすべてをお読みになれましたのね………そんなことが本当に起こるなんて、信じられませんわ」
女性は驚愕しきりに頭を振った。
そんな彼女をフォローしようとしたのか、大人の男性は驚きを包み隠すように穏やかな表情を作って、私に問いかけてくる。
「まあ……それは確かに驚きですけど、その反応を見たところ、カードの意味をまだ知らされていないのでは?違いますか?」
「はい………、このカードは紹介状や推薦状のようなもので、入社試験で必要だということくらいしか伺っていません」
正直に打ち明けると、紫間さんが「やれやれだね」と苦笑いしながら意味ありげに律ちゃんを見やった。
律ちゃんは紫間さんの視線をスルーして私に困ったように小さく微笑んで言った。
「とても事情を説明する余裕はなかったんですよ。何しろ、彼女がカードを持った瞬間に、すべての情報がそこに記されていましたので」
律ちゃんの説明に、紫間さんはフフッと息で笑う。
「なるほど。それじゃあ仕方なかったかもしれないね」
「ですが、本当にそのようなことが起こり得るのでしょうか?わたくしは物心ついた頃から御社のことを存じ上げておりますが、あのカードが最初からすべて読めた方なんて、おひとりもいらっしゃらなかったと記憶しております」
ベレー帽の女性が紫間さんに訴えると、紫間さんはじっと彼女を見つめた。
「きみは緑堂家のお嬢さんだね?」
「はい。緑堂 遥と申します」
紫間さんは彼女のことを知っていたようだ。
ベレー帽の女性…緑堂さんからは、紫間さんの言葉をひとつも聞き逃すまいという必死さも感じる。
「うん、きみのことはよく知っているよ。お兄さんはお元気かな?」
「………兄とは久しく会っておりません」
「そう。相変わらず忙しくしてるんだね」
「兄のことは今日は関係ございませんわ。今はそちらの方の……」
「でもきみならよくわかってるんじゃないのかい?最初からカードの情報をすべて読めるということが、どういうことなのかを」
誤字報告いただき、ありがとうございました。




