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第26話:疑心暗鬼。

 俺の戴冠式から四ヶ月が経っていた。


 王の座に就いてから、俺はやるべきことを成している。その一つが貴族の婚姻の取り決めは王家の承認が必要という定めを作ったことだ。これで更に貴族の価値が高まると、宮廷内の者たちには好評だ。


 他にもやるべきことがあると、俺はアルデヴァーン王国王都から西へと向かい隣国へと入る。そこから一日掛け、我々アルデヴァーン王国一行は隣国の三大都市の一つへと辿り着いた。隣国の王がアルデヴァーンの王となった俺と友誼を結びたいと戴冠式の時に申し出て、本日、隣国の王の願いが叶った形となる。

 街の中心部にある宮殿に足を踏み入れ、案内役の背を眺めながら宮殿内にある会議の間へと俺は入る。場に入るなり隣国の王は俺を待ち構え、姿を見るなり笑みを携えた。そうして右手を差し出しながら隣国の王が口を開く。

 

 「よくきてくれた。アルデヴァーン王」


 「招待、感謝する」

 

 隣国の王の手に俺の手を重ねる。目の前の男の力が強いのか、ぎゅっと少し痛みを感じるくらいのものだった。眉を潜めそうになっていると、隣国の王がぱっと手を放し笑みを浮かべる。


 「長旅で疲れているだろうが、先に面倒なことを済ませよう。晩餐会では自慢のワインを賞味して欲しい」


 「良いですな。楽しみにしている」


 隣国の王が言ったとおり、先に面倒な挨拶や外交の話は済ませてしまい、あとは隣国自慢のワインや食事を楽しむ方が時間を有意義に過ごせる。ノクシア皇帝から贈られた魔法具を俺の首に下げているから気付いた者に自慢できよう。

 本当に面倒なことは早く済ませようと、俺は用意されている一人掛けの椅子に腰を降ろす。少し間を置いて隣国の王も席に座る。そうして、隣国の王の口から出た最初の話題は貴族の血についてだった。何故、今、それを話題とするのだろうか。王族や貴族は選ばれた者の血でできている。代を遡れば祖父母や曾祖父母たちの名前も分かり、さらに古い者たちの名も分かる。

 

 平民にはこれができない。そもそも字を理解していない連中であり、学ぶ機会さえないのだ。食事を手で取りそのまま口にする者もいる。


 平民は王族、貴族とは全く違う生き物なのだ。それなのに隣国の王は優秀な平民であれば貴族の血に取り入れても良いのではと口にしている。何故、隣国の王は俺の父と同じことをのたまうのだ。平民の血など取り入れれば、我らの貴き血が汚れてしまう。隣国の王が真剣に語っている姿を見ると、父の姿を幻視した。


 『貴族の血は、貴族の血で結ばれるべき……という考えを改めなければならぬ時がきた』


 父が難しい顔で声を絞り出せば、ふっと姿が消える。父は儲けた子を何人も失ったことで気が弱ったのだ。儲けた子の中から俺という優れた存在がいたというのに、負けた者の姿をずっと見ていた。だから貴き血を蔑ろにする考えを持つ革新派などという派閥を作り出したのだ。

 

 『次の王はオットーなのだから、貴方は選ばれた子よ』


 母の声が蘇る。俺が幼い頃、母の痩せた手で頬を撫でられながら言われた言葉だ。そしてアイロスは王の子として相応しくないと。母が生んだ子ではないからと。


 だから孤独にさせ、王宮にアイロスがいるのは相応しくないと伝えろと。そうだ。アイロスは高貴な母が生んだ子ではなく、爵位の低い令嬢の胎から生まれた子だ。俺の方が先に生まれ、母の子なのだから、どう扱っても構わない。

 遊んでいた玩具を奪っても、歩いているところに足を掛けても、誰も俺になにも言わない。俺の姿を見た大人や王宮に出入りする子供も、アイロスに対して嫌がらせをするようになった。側室腹なのだから、母から生まれた俺の方が王として相応しいと言いながら。


 アイロスが十歳を迎える頃、自身の宮に籠るようになる。アイロスの気に入っている者だけが出入りをして、本人は数えるほどしか宮廷にでてこなくなった。

 時折、父とアイロスの母親も出入りしていたようだが、籠り始めて二年後には完全に宮から出てこなくなった。俺と貴族派の者たちは、側室腹から生まれた負け犬に相応しい末路だとせせら笑っていたのに。


 何故アイロスは俺が婚約破棄を告げた場で突然宮から出てきたのか。黒髪紅眼の男も何故、アイロスなぞに見方したのか。


 婚約破棄のあとで調べさせてみれば、アイロスは黒髪紅眼の男はエーデンブルート侯爵の三男だそうである。エーデンブルート侯爵は父に並ぶ革新派の筆頭だ。

 どうやらアイロスは負け犬なりに縋りつく先を見つけたらしい。聖女サラフィナとの婚約破棄で二年間の鬱憤を晴らせるはずだったのに、あの女とアイロスと黒髪紅眼の男はどこかへ逃げおおせている。追手を放っているが、国内で見つかる気配はなく国外に逃げた説が有力になっている。

 

 本当に腹立たしいことであるものの、王都の治世をマルレーネに預けられたのは意外だった。


 顔の良い男に目移りしているが、政の才は元公爵令嬢だけのことはある。そして彼女と婚姻を果たして二ヶ月が経っている。良い報が届く頃相だが、マルレーネはなにも言ってこない。

 玉座に就けば全て上手く運ぶと考えていたのに、いろいろとままならぬことが起こっている。革新派の動きに注視しなければならないし、こうして諸外国の王の御機嫌取りをしなければならない。

 

 「アルデヴァーン王、少し顔色が悪い。休まれるか?」


 「申し訳ない、旅の疲れが出たようだ。だが、せっかく設けられた場。貴重な時間を失するのは愚策。続けましょう。気遣い、感謝する」


 隣国の王が眉尻を下げながら俺に声を掛けた。どうやら考え込み過ぎていたようで、苛立ちを覚えたことが表に出てしまったようだ。これは如何と小さく頭を振り、旅の疲れの所為にしておく。今度はアルデヴァーンと隣国との交易の話になり、税がどうだの、不法入国する者がいるだのと無駄な話が続いて行くのだった。


 ――夜。晩餐会。


 退屈な話し合いは終わり、夜の帳が降りた。大広間には隣国の高貴な者たちが集まり、アルデヴァーンの新王である俺を興味深そうに見ている。時々、俺が首から下げている魔法具に目を止める者がいた。

 戴冠式の際に贈られたノクシア帝国からの献上品に興味があるようだ。俺と隣国の王は案内役に一番良い席へと導かれ席に腰を降ろす。暫くするとワインが入った杯を係から受け取る。そして隣国の王の口上が始まり、毎度のことながら長いと心の中でぼやいていれば杯を掲げるようにと声が上がる。


 「では、両国の繁栄を願って。乾杯!」


 隣国の王が声を上げれば『乾杯!』という声が大広間に響き渡る。杯と杯がぶつかり合う音が方々で聞こえ、俺も隣にいる隣国の王と杯を当て一口ワインを含む。舌で転がしたあとゴクリと嚥下する。


 「ふむ。強いですな。そして重厚で深い」


 杯に入ったワインを覗き込めば、深い赤色のワインが揺れていた。俺が目を細めると、隣国の王は嬉しそうな顔になる。


 「若いアルデヴァーンの王の好みでありましたかな?」


 「ええ」


 どうやら隣国の王もワイン好きのようだ。面倒な執務から解放され飲むワインは極上に美味い。彼もまた俺と同じく、執務が終わればワインを楽しんでいるのだろう。なにかの機会に俺が気に入っているワインを贈ってみても良いのかもしれない。

 

 「それは良かった」


 やはり面倒な会議を先に終わらせて良かった。杯に入ったワインが面白いように進む。そして運ばれてきた料理に舌鼓を打っていると、隣国の王の下に高貴な者たちが集まっている。

 ついでとばかりに俺にも声を掛けてくるので適当にあしらう。魔法具が珍しいようで欲しいという言葉まで上がり、俺は傷を治してくれるモノだと伝えた。そしてどこからともなく声が上がる。


 「ノクシアでは平民も手に入るものでは……いや、違うか。そんな品、ノクシア帝国が贈るわけがない」


 誰の言葉か分からない。だが確かにそう言った。俺の首に掛かっている魔法具は帝国では平民でも容易く手に入る品なのか? だが、聞こえた声のとおりノクシア帝国が他国の王に平民でも手に入る物を贈るはずはない。

 ノクシア帝国は大陸の覇者であり、現皇帝は国内の発展に力を入れていると聞く。俺を侮るために贈れば、下手をすると戦争になると分からないのだろうか。仮に戦になったとしても、我が国をすぐに捻り潰すことができると考えているのか。


 「アルデヴァーン王は羨ましい」


 「怪我を負っても安心だ!」


 俺が首から下げている魔法具を見た者たちが嬉しそうに声を掛ける。あのどこからともなく聞こえてきた声の所為で、今まで心地良かったものが空虚なものにしか感じられない。杯のワインを口に含んでも、味が分からなくなった。そこから先の俺の記憶は残っていない。


 ◇


 ――隣国の王との会談を終え宮廷に戻った陛下の機嫌がすこぶる悪い。


 爵位の低い者にはきつくあたり、爵位の高い者には機嫌良く接していたのだが、戻ってきてから誰に対してもあたりがキツい。

 隣国でなにかあったのだろうか。少し変わったことと言えば、戴冠式からずっと首から下げていた魔法具を外していることくらいである。陛下の機嫌を察知してか、王妃殿下は自身の宮で執務を行っていた。


 最近の王妃殿下の評判はオットー王よりできる人というものになっている。急に輿入れし、王妃教育も受けていないマルレーネさまが無難に執務を行えるのは、公爵家で受けていた教育の質が良かったのだろう。

 もちろん、ご本人にやる気がなければ意味がないものなので、王妃殿下の能力の高さも伺える。ただ王妃殿下の難点は美男に目がないところだろう。オットー王との婚姻も顔の良さで公爵の命に従ったと聞いている。


 私は廷臣として謁見場の端に立ち、玉座に腰を降ろす方を見上げている。


 「陛下、帝国から贈られた魔法具は……平民でも手に入る品であるそうです。ノクシア帝国に出入りしている商人から聞き出した情報のため確かなものでしょう」


 「俺を虚仮にしたのかっ! 帝国は!!」


 レッドオークのように顔を真っ赤にしたオットー陛下が玉座で叫び、手に持っていた魔法具を御前で報告していた者に投げつけた。そう陛下が最近まで身に着けていた魔法具は、ノクシア帝国では平民でも手に入る品である。もちろん金を持っていなければ買えない代物なのだが、帝国が他国の戴冠式用の献上品としては最低の品となるだろう。


 「ど、どうでございましょう。ノクシア帝国製の魔法具は帝国外への持ち出しは禁止されております。それを陛下に贈られたならば、皇帝陛下のご好意とも受け取れましょう」


 報告していた者が言葉を続けていれば、陛下が玉座から立ち上がり右手を翳した。


 「そんなわけがあるか! 絶対に俺を馬鹿にして贈ってきたのだ!! 帝国に抗議を入れる!! 帝国に向かわせる使者も選べ!!」


 陛下の気持ちは分からなくもない。大国から見ればアルデヴァーンは小国であり、間に一つ国を挟んでいる。付き合う気はないと暗に伝えてくれているのではと、勘繰ってしまうのはいけないことだろうか。

 火山の噴火のように怒っている陛下を止められる者はおらず、謁見場内はシンと静まり返っていた。宰相閣下はどうするのかと視線を動かしていると、謁見場の正面扉を開かれて慌てた様子の近衛騎士が御前に立った。

 

 「へ、陛下!! エ、エーデンブルート侯爵がアルデヴァーン王国から離脱し独立すると、領都で宣言したそうです!」


 謁見場にいる全員に聞こえるような大音声である。そして数瞬の時間が流れて『はあ!?』という陛下の声が上がる。私は謁見場の隅で革新派が動くのかと小さく息を吐くのだった。

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