第25話:皇太子殿下からの呼び出し。
皇太子殿下が天幕の下に視察にきてから数日後。お昼ご飯をフリードとイロスとヒルデと一緒に摂っていると、慌てた様子で神父さまが私たちが腰を降ろしている場所へと駆けてきた。
一体、どうしたのだろうと私たちは食事の手を止める。そうして神父さまが大きく息を吸ったり吐いたりを繰り返したあと、ごくりと息を呑んで口を開く。手には上質な紙を持って。
「サラさん! サラさん!! 皇太子殿下からお手紙が届いておりますよ!! イロスさんにも!!」
神父さまが手紙を机の上に二通並べる。裏を見ればノクシア帝国の皇太子殿下の印で封蝋していた。神父さまは何故私とイロスの下に高貴な人から手紙が届くのかと驚いている。とはいえ神父さまは好機と捉え、アルセディアの街から教会に配られている資金の増額を成功させているのだから遣り手と言わざるを得ない。
「……」
しかし、どうして皇太子殿下が私に手紙を送ってくるのだろう。一度、会話をしただけで縁も所縁もないというのに。
「サラ、サラ、戻ってきて」
フリードの声に私がはっとすれば、三人が苦笑いを浮かべている。先ずは手紙を開封して中身を確かめてみようとなる。皇太子殿下から届いたとなれば、キチンと中身を読んで返事をしなければならないはず。
「アルデヴァーン王の所業とアルデヴァーン王国の現状をどう考えているか問いたい……かあ」
「僕にはアルデヴァーンをどうしたいのかと問われているね。返事は総督府で聞くと」
イロスの下に届いた手紙も私の手紙に記された内容とそう変わらないようだ。皇太子殿下はアルデヴァーンの現状と過去を既に把握しているのだろう。でなければ、こんな手紙を寄越してこない。となれば、私たちはもう皇太子殿下の掌の上に乗っている。フリードが心配そうに目を細めて私と視線を合わせた。
「サラ。どうする?」
フリードは逃げても良いんだよという言葉をぐっと飲み込んだような顔だった。
「総督府に向かうよ。アルデヴァーンが今、どうなっているのか気になるしね」
正直、オットー王に連なる貴族の人たちを私は信頼していない。自分たちは高貴な血を持ち、選ばれし者だと声高に叫びながら前線で戦うことはなかった。いつも血を流していたのは無辜の人々である。
もちろん高貴な人たちが後方で戦を眺めていただけとは言わないし、そんな人ばかりではないことも知っている。貧民街で過ごしていた頃も陛下に助け出されて、戦場へと放り込まれたことも私の意思ではなかったけれど。得たものはたくさんある。
今、私が逃げたのであれば選ばれし者だと声高に叫ぶ人たちと一緒になりそうだ。だから、総督府に行ってみよう。どうなるかなんて、その時にしか分からない。でも、きっと道は拓けているはずだから。いや、拓けていないなら自分で作らなきゃいけないと、私はフリードに笑みを浮かべる。
「イロスは?」
「もちろん僕も向かう。兄を落とす絶好の機会かもしれないからね。例えアルデヴァーンが消えてしまっても、アルデヴァーンを形取っていたのは土地に住む人たちだ。彼らの衣食住と現状を維持できるなら、帝国の下に就くことも選択の中に入れているよ」
私がイロスに問えばしっかりと頷いていた。イロスは元々、自身の身分を利用してなにかを画策していたようだから、当然の答えなのかもしれない。
でも帝国の下に就くことまで覚悟していたのは本当に意外である。良くて同盟くらいかな、なんてぼんやりと考えていたのに。これも王太子殿下の考え次第だろうと、私とイロスは頷いて返事を認めようと食堂の席を立つ。神父さまには手紙を用意して貰い、自室に戻って備え付けの小さな机に私は向かう。
こうして政治的なことを記すのは久しぶりだと感慨深くなる。
でも、アルデヴァーン国内の貴族の人に向けたものではなく、相手は帝国の皇太子殿下だ。まさか国を追われた身というのに、こんなことがあり得るのだろうか。
これも運命なのかもしれないなと小さく笑って、手紙には皇太子殿下の都合の良き日に総督府へ向かいますと書き込んだ。そうして便箋を封筒に詰める。封蝋は施せないので仕方ないと肩を竦めた。手紙を神父さまに預けようと部屋から出れば、フリードが廊下に立っていた。いつも元気な彼の姿を見ていたのに、今は凄く気落ちしている。
「サラ、ごめん。結局、政に巻き込んでしまった。アルセディアの街でサラが静かに暮らせたらと願っていたけれど……上手くはいかないね」
自嘲するような笑みでフリードは私を見つめた。街で静かに暮らしたかったなら、私は治療士として力を行使しなければ良かっただけ。
でも、治療士として多くの人を救いたいという気持ちがあったからそれはできなかった。それに方向音痴な私が一人で旅に出ていれば、確実に路頭に迷っていたはず。無事にアルセディアの街に辿り着けたのはみんなのお陰だから、恨む気持ちなんて微塵も持っていない。むしろ、今まで生きてきた中で一番充実した時間だった。
「フリード、気にし過ぎだよ。陛下から聖女の位を賜って国と深く関わったから、政に関わるのは当然じゃないかな? でもノクシア帝国の皇太子殿下まで出てくるなんて凄いことだよね」
この街の総督と関わりを持ったことにも驚きであるが、まさかノクシア帝国の皇太子殿下とまで繋がることができるとは予想していなかった。イロスの存在が大きかったのかもしれないなと私はフリードと視線を合わせて笑う。
「ありがとう、サラ。君がどんな道を選び取っても、俺はサラの味方でいるから」
フリードが弱気になっているのは何故だろう。私が皇太子殿下とそしてもう一度アルデヴァーン王国と関わることを不安に感じているのだろうか。フリードが責任を負うことなんてないし、私は私の意思で動いて決めている。
「うん。どうなるか分からないけれど、もう一回あの人を殴れたらスッキリするかも」
一度目は亡くなった人たちを侮辱したからキレてしまったけれど、今度は婚約破棄された仕返しのためにあの人を殴ってしまっても誰も怒らないのではないだろうか。血統派の人たちは怒るかもしれないが、フリードのお父上である侯爵閣下は笑い飛ばしてくれそうだ。そう考えると気持ちが凄く楽になった。
「ふ、はは! うん。サラは強いね。俺が心配する必要はないのかな」
フリードが眉を互い違いにさせて大きく笑う。私は彼の表情からようやく憂いが消えたことに安堵した。そうしてフリードと私は神父さまを探しに教会内を歩いて行く。するとイロスとヒルデが途中で合流して神父さまを探すことになった。神父さまは祭壇で祈りを捧げており、少し待とうかと私たちは信徒席に腰を降ろす。
「どうなるのかな?」
手紙を持ったまま私たちは小声で話し合う。
「分からない」
「でも、最善を尽くさなきゃね」
「サラは後悔しない道を選んでくださいね」
フリードもイロスもヒルデも私のためを考えてくれながら、これまで一緒に行動してくれた。私は彼らの運命も握っているのだと実感する。でも、どうだろう。王宮で過ごしていた頃のように独りで抱え込む必要はない。困っていれば彼らに相談して、進むべき方向を決めてきた。
この先も彼らと一緒にいられるならばどんな道でも乗り越えていけるはず。皇太子殿下がどんな突拍子もないことを言い出しても、私たちであればきっと大丈夫。私が記した手紙に視線を落とせば、神父さまのお祈りの時間が終わったようだ。私たちは信徒席から立ち上がり手紙を神父さまに託すのだった。






