31−2 追跡
「まだ、体調が良くないんです」
セシーリアは健康そうな顔色をして、ヴィクトルの前で、ほう、っとため息を吐いた。
昨夜の騒ぎがおさまって、エダンやセシーリアは、早朝スファルツ王国へ帰ることになった。
朝メイドに起こさせても頭が痛いだの、だるいだの、身体中が痛いだの、うだうだうるさかったようだが、医師から何の問題もないと言われて仕方なく外に出てきた。だが、まだ帰りたくないと言わんばかりに体調が悪いふりをする。
(この屋敷に滞在するのは構わんが、俺がいつまでもいると思っているのか?)
セシーリアは婚約者のエダンに振り向きもせず、ヴィクトルに向かって訴え続ける。
いいから帰れ。その一言を、口にしかける。
セシーリアは気分が悪そうにして、胸を押さえた。胸元には王太子マルスランが持っていたというブローチが飾られている。大きめなブルーグリーンの宝石。かなり高価であることは確かで、世界に一つしかないブローチだと言われて納得の美しさだった。
エダンの話では、どこに行くにもこのブローチを胸に飾っているとか。
「ああ、やはり、まだ馬車に乗れないわ。吐き気がして」
「それはいけませんね。私はそろそろ帰らなければなりませんので、この屋敷の主人に、王女様をお願いしておきましょう」
「え!?」
何が、え? この屋敷がヴィクトルの物だと思っているのか。領主にも会っているのに、勘違いする要素があったか?
言いたくなる言葉を抑えて、ヴィクトルは微笑む。
「シーデーンに伝えておきましょう。王女様にはシーデーンが責任を持ってお仕えします」
「あー、そんな、悪いですわ。休ませていただいたのに、また倒れたりしたら、迷惑ですものね。体調は悪いですけれど、我慢すれば馬車に乗れるかも」
「そうですか? お気になさらず、長く滞在していただいて構いませんよ」
「ヴィクトル様は、この後は……?」
「城に戻ります。行わねばならないことも多いですから。魔物討伐の計画も立てなければなりません」
「魔物討伐。そうですわね。私も、魔物討伐の計画を立てなければ。また、その時にお会いできるのかしら」
余計なことを言ってしまったか。ヴィクトルは答えずに、セシーリアに笑顔を向けた。
(どうでもいいから、こいつをさっさと連れ帰ってくれ)
エダンは何をしているのか。後ろに控えていたが、王女と王子が話しているのに割って入れるわけがない。王女に仕えているつもりは全くないだろうが、立場はわきまえていた。
アンリエットを捨てて王女に乗り換えた男。セシーリアと同じくわかりやすく王女の婚約者になったのかと思っていれば、エダンは常識的で、判断が早く、むしろ部下であれば重宝しただろう。それがわかっただけに、スファルツ王のひどさを思い出させた。あの王の下で下手な動きをすれば罰せられ、殺されてしまう可能性も否めない。
表面的な情報だけでエダンを蔑んでいたが、会ってみて印象が変わった。
だからこそ、エダンに会ってから落ち着かない。
セシーリアはとうとう観念したのか、馬車に乗った。エダンは傷が悪化しているはずだが、馬車には乗らず、馬に跨る。
アンリエットはそんなエダンと話すことはなかった。だが、エダンはアンリエットに視線を向け、アンリエットはその視線を受けて微かに顔を歪めた。その顔にどんな意味があるのか、ヴィクトルにはわからなかった。
エダンとはまたすぐに会うことになるだろう。
アンリエットがユリアナに迫った選択は、大きな意味を持っていた。
アンリエットが手に入れたのは、エメラルドの宝石がはめられた指輪だ。
「なぜ真犯人を追及しなかったんだ?」
「真犯人はわかっておりますので、それよりもこの宝石を手に入れたかったのです」
国境から屋敷に戻り、ユリアナを震え上がらせたアンリエットは、手に入れた指輪をヴィクトルに渡してきた。
アンリエットはユリアナに選択を迫った。真犯人の名前を言うか、宝石をよこすか。
ユリアナはどちらも選べないと首を振った。シーデーン家当主も誰が指示をしたのか気付き、顔面は蒼白だった。しかし、指輪を渡すことにも困惑していた。高価な物だとしても、それだけではないようだった。震えて唇をかみしめていたからだ。
ヴィクトルでも魔法がかけられていることはわかる。だが、何の魔法かはわからない。宝石に魔法をかけることは多く、攻撃や防御に使う切り札として持ち歩く者は貴族に多い。何の変哲もない指輪に思えたが、アンリエットは首を振る。
アンリエットは、この指輪を見た時から気になっていたのだ。
「同じ魔力が残った指輪を、王女が持っているのです」
「ブローチか?」
エダンの声に、アンリエットは頷く。
セシーリアのブローチと、ユリアナの指輪に同じ魔力が残っている。
「それと、似たような魔力で、別の力が入った指輪を、ベンティクス家当主が身に着けていました」
「……何だと?」
関わりがわからない。ベンティクス家当主の指輪。ユリアナの指輪。セシーリアのブローチ。それはマルスラン王太子が持っていたブローチだ。
「馬車に乗った際、シーデーン令嬢はその指輪を気にしていました。なぜわざわざ指輪をしてきたのか疑問でした。ですがあの森で置き去りにされて、すぐ、魔物が集まってきました。それがとても気になったのです」
餌であるアンリエットが置いていかれたとしても、そんなにすぐに魔物は集まってこない。数が増えていたとしても、アンリエットは香水を付けないため、血でも流さない限りあの数は集まってこない。
「魔物を集めるような力があると?」
「断言はできませんが、その可能性があるかと。ベンティクス家当主の指輪はまた別のものになるでしょうが、その二つは同じです」
アンリエットはきっぱりと言い放つ。魔力を感じられて、間違うことはないのだ。アンリエットを疑うわけではないが、そこまで物にかけられた魔法の魔力を感知できる力は、相当なものだった。シメオンも首を傾げて、困惑気な顔をしている。
エダンは理解があるのだろう。少し考えた風にした。
「森の中で魔物が王女を追ったように思えたのは、そのせいだった可能性があるのか。では、マルスラン王太子は、魔物を呼び寄せるブローチを王から贈られたということになるな」
「伯父様を暗殺しようとした者がブローチを製作し、王に渡したのかもしれないわ」
シメオンが頭を抱えた。ヴィクトルも同じ気持ちだ。それでは、クライエン王国にマルスランを殺す手伝いをした者がいるということになる。
「ブローチの製作者を突き止めます」
「こちらも調べてみる。母上が何か知らないか」
スファルツ王国はエダンに任せるしかない。こちらはシーデーンを締め上げるしかなかった。証拠を隠滅される前に調査が必要だ。
「殿下、あのワイン工場は」
「そうだな。これは早急に調べさせる」
頭が痛い。他国の王太子を殺す手伝いをしたとなれば、国際問題だ。
「そのベンティクス家当主の指輪にかけられた魔法というのは、どういうものなのだ?」
「どんな魔法がかけられているのかはわからなかったけれど、似たような魔力ではあったわ。ただ、王族のパーティでも着けていたくらいだから危険性はないと思うの」
「だが、似たような魔力なのだろう?」
「かなり近しい力だと思うわ」
エダンは考えるような仕草をする。そんな魔法は聞いたことがないと言って。
ヴィクトルも魔物を呼び出す力など聞いたことはなかった。そんなものがあれば、王はすぐに使用を禁止し罰則を設けるだろう。
(魔物を呼び寄せるものに近しい力とはなんだ?)
ベンティクス家当主がはめていたのだから、自分に危険のない物だ。
だからこそ、碌な物ではないのは確かだった。




