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お言葉ですが今さらです  作者: MIRICO


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32 算段

「あーあ、結局帰ることになっちゃったわ」

 セシーリアは誰もいない馬車の中で腕を伸ばし、だらしなく足も伸ばした。


 魔物に襲われて混乱していれば、馬がいきなり走り出した。しかも崖下に落ちて、もう命はなくなったと思ったが、予想外のことが起きた。

 まさか、隣の国の王子に助けられるとは。


 エダンはいい男だが、セシーリアを大切にしようとする雰囲気はない。贈り物はくれないし、セシーリアに触れようともしない。男としてどうなのか? と思うが、今は何もなくて良かったと思い直す。


「王子の方がいいじゃない?」

 ヴィクトルはエダンと違い正真正銘の王太子で、結婚すればセシーリアは王太子妃。そのうち王妃になるわけだ。ならばエダンよりヴィクトルの方がいいに決まっている。顔だって、エダンと張り合えるくらい格好良かった。

 冷静沈着なところが顔に出ているエダンの方が好みだが、笑顔が爽やかなヴィクトルも好みだ。


 気になるのは、王太子代理だったアンリエットが、ヴィクトルの側にいたことだ。

 エダンもアンリエットを見る目が違うような気がした。


「もしかして、王太子代理に未練があるとか? だったらそうすればいいじゃない。私は王子様と結婚する方がいいもの。まさか、王太子代理が王子様と婚約とかしてないわよね?」

 そうであれば阻止したい。しかしセシーリアにはエダンという婚約者がいる。どうにかして、相手を替えられないだろうか。


 そんなことを考えていると、耳をつんざくような鳴き声が聞こえた。

「え、何? 魔物!? きゃあっ!」

 驚いて腰を上げた瞬間、馬車がいきなり急停車する。セシーリアはつんのめって前の席に倒れ込んだ。


「いった。ちょっと、何やってるのよっ」

 怒鳴ってやろうと思えば、外は騒がしくなり、木々を揺らす音や衝撃音が聞こえた。そっと小窓から外を見やれば、すぐ近くで騎士たちが魔物と戦っている。


「嘘でしょ。なんで襲ってきてんのよ」

 魔物が増えているとはいえ、外にいる魔物の数は見えるだけで何匹もいる。二足歩行の魔物で、長く太い手を振り回す。騎士や魔法使いが対応したが、避けるのが遅れた一人がその手に引っ掛かり、放り投げられた。


「勘弁してよ」

 セシーリアは扉から離れて、できるだけ馬車の端に寄る。

 魔法が放たれる音、剣がこすれる音。悲鳴が聞こえないだけましか。前に魔物に襲われる者たちを見た時は、聞いていられないような叫び声が森の中をこだまして、この世とは思えない恐ろしさがあった。

 この場所もそうなってしまうのか、不安がふくらむ。


「だ、大丈夫よね? だって、これがあるんだもの」

 セシーリアは胸に引っかかっている石を握りしめる。


 だが、前よりも魔物の数が多い。その上、これほど近くにまで寄ってくることはなかった。崖から落ちた時も、魔物は接近して、セシーリアは恐怖を覚えたのだ。


「効果がなくなってるとか? 効果がなくなるなんてことある?」

 この石は男たちが使っていた物で、何年も使用されてきた。だからセシーリアも無事に逃げ切ることができたのだ。

 魔物を寄せ付けても、一定距離は近付かない。そのはずなのに。


 メッツァラ家当主もこれを取り返そうとしたではないか。壊れているわけではないし、効果がなくなったわけでもないはずだ。

 馬車の扉がノックされて、セシーリアは急いで胸元を整える。返事をすればエダンが扉を開けた。


「王女様、お怪我はありませんか」

「ちょっと、魔物が多いんじゃないの?」

「時期が時期なので、数が増えているのでしょう。すぐにパルシネン家の屋敷に到着します」

「早くしてよね」


 セシーリアが存外に言い放つと、エダンは一瞬目をすがめた。セシーリアの態度に苛立ったのかどうかはわからないが、エダンが沈黙するので、セシーリアはつい尻込みしそうになる。

(時々、怖いのよね。顔はいいけど無表情だから、何考えてるかわかんないし)


 エダンが婚約相手となり、当初は喜んだが、ヴィクトルという素晴らしい相手を見つけた。だからもうエダンは用済みだ。身分は高ければ高いほどいい。

(城に帰ったら、王に言わなきゃ) 


 王には何と言って、エダンとの婚約を終わらせればいいだろう。

 エダンのせいで死にかけた。責任を取らせるべき。

 クライエン王国の王子に助けられた。お礼をする必要がある。


「とっても素敵な方でー」

 そう言っても、あの王では婚約など思い付かなそうだ。

「息子のことしか頭にないものね」


 王は異常なほど息子に執着している。行方不明になって十年は経つというのに、未だ息子の妄想から離れなれないのだ。

(なんであそこまで息子に夢持っちゃってるのよ。気持ち悪い)


「ああ、そうだわ。お父様のように素敵な方でー、とか言って、あんな方と添い遂げられたら、嬉しくてー。なんて」

 王太子を出せば、王は理解するだろう。王太子の代わりになる息子が、娘の婚約者になる。そう気付けば、あの王であればヴィクトルとの婚約話を打診してくれるはずだ。

 なんと良い考えだろう。


 王の前では、勇ましく戦ってきたが、危険が多かったのだと報告しよう。

(あんなじじい、ちょろいんだから)









「おじい様、ただいま戻りました」

 城から戻ってすぐ、セシーリアは王へ会いに行った。体は疲れているし、早く眠りたかったが、帰ってきてすぐ王に会いたいと知らせた。すぐに謁見の許可が出て、セシーリアは王へ挨拶をする。


「よく戻った。思ったより早かったな。もう魔物を押さえてきたのか」

(そんなわけないじゃない。エダンが何のために出発したのか、覚えてないの?)


 本格的な討伐を行う必要があるのか、その確認のために出かけたというのに、王はもう討伐を終えて戻ってきたと勘違いしている。もうろくしているのではなかろうか。

 こんな王では、王太子代理も苦労しただろうに。セシーリアですら同情する。

(それでヴィクトル様の側にいるんだから、運がいいわよね)


「おじい様、実は、討伐は大変なこと続きだったのです」

「何があったのだ?」


 セシーリアはエダンのせいで魔物に追われ、崖下に落ち、ヴィクトルに助けられたことを伝えた。どれだけエダンが足を引っ張り、セシーリアの邪魔をして、なおかつ危険にさらしたことを、いかにも辛く悲しく、恐ろしい体験だったと大袈裟に言って。

 セシーリアの話を聞いている王は、少しずつ顔を赤くして、最後まで話し終える前に、大きく憤慨した。


「あいつは、あれだけ優遇してやったのに! それほど無能だったのか!!」

(無能なのはあんたよ)


 ちょろすぎて馬鹿らしくなってくる。こんなのが王なのだから、この国はお先真っ暗だ。セシーリアは先にこの国を脱出し、ヴィクトルの妻となればいい。この国に未練などない。


「エダン様は素敵な方だと思いますが、あのようなことが起きて、私も、まさかという思いなのです。私が邪魔なのかもしれません。危ない目に遭っても良いと考えていたのでしょう。ですが、クライエン王国の王太子でん」

「あやつは罷免する! 全ての政務から手を引かせ、果ての土地へ送り、二度と都の土を踏めぬようにしてやる!」


 王はセシーリアの言葉を遮るほど激怒する。聞いてほしいのはその後の話なのだが。

(あーあー、そこまでしちゃうわけ?)

 さすがにかわいそうだろうか。セシーリアとしては、婚約破棄くらいで構わないのだが。側にいて顔を眺めるくらいはしたいのだし。

 しかし、王はひどく怒り狂い、処刑しても良いとまで言い出した。


「あの娘を追い出す時に、あの男も追い出しておけば良かったか。今はもう、お前がいるのだ。あれらが行っていた仕事はお前が行えるものなあ」

「え、仕事、ですか?」

「お前はマルスランの娘なのだ。政務くらいたやすいだろう。もう十分学んでいるのだし、全て行える」

(ちょっと、何言ってんの、このじじい)


「討伐も危険があったとはいえ、あやつの失策が引き金となっただけなのだろう? 次はお前が指揮をすれば問題ない。十年に一度は戦いだ戦いだと、まったくうるさくて敵わない。おかげでマルスランを失うことになった。だが、今回はお前が終わらせてくれたのだな」

「え、あの」

「今後は全てをお前に託そう」


 王はどんどん勝手に話を進める。セシーリアに問いかけるくせに聞く耳を持っていない。返事をする前に次々におかしなことを言い出す。


「お、おじい様。エダン様は確かに失敗を犯しましたが、一度でいきなり仕事を全て取り上げるのはやり過ぎだと思うのです。もう一度機会を与えてはいかがでしょうか」

「そんな甘いことを」

「婚約だけ破棄し、仕事は今のままで、彼の反省を促すのはいかがですか?」

「そんな必要はないと思うがな。お前の危険にさらしただけで、重罪だ」

「おじい様、ここは慈悲を。婚約破棄だけをして、あとは私にお任せください」

「ふむ。お前がそう言うならば」

「ありがとうございます」








(もう、ばかじゃないの。あのじじい!)

 婚約の話なんて出す暇もなかった。何とかエダンに仕事を押し付けたままにできたが、肝心のヴィクトルの話ができなかった。エダンとの婚約を破棄できただけマシだろうか。


「はあ、何で私が魔物を倒しに行かなきゃならないのよ。自分で行けっての! あのじじが一番何もしてないじゃない。役立たずはあんたでしょ!」

 セシーリアはベッドのクッションを投げ付けて、ぼさりとベッドに倒れ込む。


 疲労があったのに、さらに疲れてしまった。王におねだりするのは簡単だと思ったが、極端な考え方を持ち過ぎていて、話の方向を制御する苦労する。


「本当に頭おかしいわ。私が王の娘じゃなかったら、簡単に捨てる勢いじゃない」

 そう考えるだけでぞっとする。

(大丈夫よね? だってみんな死んだんだし)


 知っている者たちは、メッツァラ以外、全員死んだ。

「いや、まだいたわ」

 生き残りを一人思い出して、セシーリアは頭を抱える。魔物に襲われたり崖下に落ちたりしたせいで、すっかり忘れていた。


「頭がおかしいって言ってたし。大丈夫よね……?」

 セシーリアの前で、雄叫びを上げた男。セシーリアに気付いたようだったが、まともに会話ができず、獣のように泣き叫ぶだけだった。会話はできていないのだから、セシーリアのことを話したりできないはずだ。


(でも、何で生きてたの。みんな死んだと思ってたのに)

 セシーリアに文字を教えてくれた。仕事を教えてくれた。一番私をまともに扱ってくれた人だが、

「だからって、生きててもらったら困るのよ」


 放っておいて大丈夫だろうか。話ができないのだから問題ないだろうか。それとも、

「……殺した方がいい?」


 だがそんな方法なんて、城にいる今では考えつかない。あの男がどこに住んでいるのか知らないし、それを問うこともできない。城に帰ってきたのに、今さらあの男の話題など出せない。

「大丈夫よね……?」

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