18−2 探り
「ベルリオーズ様、王がお呼びです」
不意に呼ばれて、エダンは舌打ちしながら立ち上がる。宰相には一度休むように伝えた。倒れられた方が困る。
人の顔を傷付けておいて、すぐに呼び出したのは、王の気が弱いからだ。エダンに頼らなければならないということはわかっているのだろう。そのため、エダンの機嫌を確認するために呼び出す。
「お呼びですか」
部屋に入れば案の定、王はエダンの顔を一度横目で見てから、視線をずらし話を始める。エダンの顔を直視できないのだ。
「コホン、ああ、セシーリアのことだ。お前の仕事が忙しいのだから、そろそろセシーリアにすべてを行わせてはどうか?」
エダンの機嫌を取ろうとしても、考え方が斜め上すぎて、それこそ文鎮で殴りたくなってくる。
「宰相は学び途中だと言っていたが、セシーリアはマルスランの娘だ。すぐに慣れるだろう。借金が嵩んだと言うような宰相の話なぞ、聞いていられぬしな」
「王女様にはすでに仕事を割り振っております。残念ながら、まだ慣れぬ様子で、進み具合はよくありません」
「だったら、お前が常について教えてやれば良いだろう」
頭がおかしいのか?
口から出かかる言葉を呑み込んで、エダンは自分を落ち着かせるように息を吐く。
この王にまともな回答は望めない。わかっているが、今すぐ殺したくなる。
だが、それは今ではない。
「王太子代理が行っていたことをやらせるだけだ。問題ないだろう。すぐに行わせるといい」
「王女様は王太子代理が行っていた魔物討伐も渋っております。剣を習ったことがなく、魔法も使えませんので、当然でしょうが。そろそろ十年に一度の魔物増加の時期になりますので、私がそちらに赴くつもりです」
「セシーリアを連れていって、手伝わせよ」
「王女様がいては、あの時の二の舞になってしまいます」
あの時の二の舞。マルスランが行方不明になった、あの二の舞だ。それを口にすれば、さすがの馬鹿王も顔色を変えた。それは連れて行けない。連れて行くなんて馬鹿なことはやめろと言い出す。
いい加減。エダンでも怒りを抑えきれなくなってくる。いや、怒りなどとうに抑えきれないが、それを表に出さずにいた。それすら隠せなくなってきそうだ。拳を握り、足に力を入れ、どうにか耐えると、王は魔物討伐以外はセシーリアに委ねろと言って、エダンを部屋から出した。
(いつ殺そうか)
もうそれしか考えられなくなりそうだ。
幼い頃、兄のような存在で、師としてエダンに学びを与えてくれていた人が、王の理不尽な怒りにさらされて、罰を受けた。マルスランを行方不明にさせ、その後の行方を探せなかった罪で、家門が取り潰しになったのだ。そして失意の中、魔物に受けた怪我を負ったまま処刑された。
将来、マルスランについて、片腕となるべきだと言われていた人だ。厳しくも、気さくながら、エダンを弟のように可愛がってくれた。
マルスランを支えていた多くの者たちが、その地位を追われた。そんな家門はいくつもある。
マルスランがいなくなった後、王は能力のある者たちを理不尽に罰し、自分に擦り寄る者たちだけを優遇した。あることないこと囁く者たちの言うことを信じ、マルスランの事件に関わっていない者たちにすら、罰を下したのだ。
愚かな王。王の器ではない。マルスランの手足となっていた者たちを、一掃したのだから。
あの時のことを、エダンは忘れられない。王というだけで暴虐不尽の限りを尽くす、後先を考えぬ愚行。それがマルスラン派を一掃したいために行ったことならば、頭が回るのだと評価できたかもしれないが、王はただの腑抜けで、上に立つ資質もなく、実情もわからないまま思い付きで全てを進めてしまう。
その言葉一つ一つで、どれだけの者たちが犠牲になるか考えもせず。
アンリエットがいれば。アンリエットがいて、彼女の夫になれば、王を暗殺する予定だったのに。
(いつまで、あの王の相手をしなければならないのか)
「おや、これは、ベルリオーズ様」
甲高い声で呼ばれて、エダンはそのまま怒りを男にぶつけてやりたくなった。近寄ってきたのは、身長の低い、ネズミのような男だ。馬鹿な王に擦り寄って、身分以上のものを得ようとする、小賢しくも小物のヤーコブ・メッツァラ。
「王に呼ばれていたのですか? おや、そのお顔はどうなされたのです。綺麗なお顔に傷など、王女様が悲しむでしょう」
「大したことはありません。本日は、何用でこちらに?」
「王にお話がありましてな。先ほど王女様にもお会いしてきたところですよ。王太子殿下によく似て、聡明な方ですな」
あれが聡明ならば、王も聡明だろう。これ以上馬鹿どもに時間を取られたくないが、この男と話す必要を感じていた。エダンは内心ニヤリとする。
「王女様をお連れくださり、心から感謝いたします。メッツァラ様の機転がなければ、王は一生王太子殿下の娘に会うことは叶わなかったでしょう」
「はは。いやいや。とんでもない」
「王女様は王太子代理を務めなければならない立場ですが、魔物討伐だけはどうしても参加したくないご様子。やはり、魔物に追いかけられたせいでしょうか」
「それは、そうなのでしょうなあ」
「メッツァラ家の領地には魔物はあまり出ないとの話でしたが、メッツァラ家の騎士が出るほど、大変な状況だったのですか?」
気になっていたのは、セシーリアが魔物に追いかけられたということだ。
前にアンリエットに届いた知らせでは、魔物が多く見受けられるというものだったが、実際には魔物がいなかった。メッツァラ家の騎士たちが常に魔物討伐を行っているのか? セシーリアの家は山奥で人気のない場所に建てられた一軒家なのに、そんな山奥に討伐に行ったのか?
魔物はいるが、その姿が見えない。アンリエットも気にしていた、その矛盾。
魔物を使って、なにかしているのか?
セシーリアが仲間で、メッツァラから逃げてきたのかと考えたが、城に連れてきたことを鑑みれば仲間なのだろうか。その辺りが疑問だ。仲間であれば一人で他領に逃げたりしないだろう。しかしセシーリアは逃げた。逃げたが、その後メッツァラに城へ送られる。関係者ではないのか? 考えすぎか?
メッツァラは細い目をさらに細めて、口の上の伸びた髭をなでた。なんと答えるか考えているように見える。
「あの日は、魔物がやたら出たという報告がありまして、それで騎士たちに山の方へ討伐に行かせていたのです。王女様はその山の方の木々に囲まれた小屋に住んでいたようで、魔物に襲われたわけですよ。若い女性がいるはずという話だったので、その女性を探したところ、パルシネン家の領地の方へ逃げていたというわけです。いやはや、逃げてくださっていてよかったですよ。危ないところでした」
メッツァラはつらつらと一人で話して、王との約束があると、そそくさとエダンの話を切り上げた。
胡散臭さは否めない。メッツァラは小物だが、今まで王の機嫌をよく観察して、生き延びてきた。とはいえ、一度はマルスランに追いやられたのに、長く我慢して城に戻ってきたのだ。
(誰か、あの小物を懐に入れている者がいるか?)
その顔は簡単には浮かばない。
一度、メッツァラの領地に行く必要があるだろう。どうせ、すぐにパルシネン家の領地へ赴く。その時に、クライエン王国の人間と対話することになるだろう。十年に一度の魔物増加だ。前回のように、同時に魔物を攻撃して抑えることになる。
その時に、
「アンリエットに会えるだろうか」
エダンはぽそりと呟く。
クライエン王国の王太子についているならば。
それを考えた途端、苛つきを覚えた。
婚約者候補という話はまだ決まっていない。アンリエットは候補者ではない。だが、アンリエットが、他の男についていることが、どうにも腹立たしくてならなかった。
それがどうしてなのか、その時のエダンには理由はわからなかった。




