18 探り
「え、ベルリオーズ様!? その顔は一体」
宰相が執務室に入ってすぐ、エダンの顔の傷に気付いて蒼白になった。
エダンの頬に傷を付ける者など、考えなくてもわかるだろう。宰相はめまいがしたように瞼を伏せた。
「この国を傾ける気なのでしょうか」
「あの王のままなら、そうなるだろう」
「何があったのですか」
「王女が私の仕事を減らせと王に直談判し、王から指示されたため、それは無理だと断った」
「それだけで、その傷ですか!? 何で殴られたのですか」
「側にあった文鎮だ」
台形の金属の文鎮を投げ付けてきた王は、逃げる真似をせず姿勢を崩さず立っていたエダンの頬が削られるのを見て、今の宰相のように青ざめて震えた。他人を傷付けても血が流れれば、直視する勇気がないのだ。化け物を見るような目で見て、さっさと部屋を出て行けと喚いた。
「王女はなんと……?」
「まだ会っていない。私に近寄らせぬよう伝えてある。そろそろ周囲の態度も変わってきたからな」
本物のマルスランの娘だと言って、セシーリアに擦り寄っていた者たちも、セシーリアの性格に気付いて距離を置くようになった。
重要ではない仕事をセシーリアに回し、家庭教師たちと共にその仕事を進めさせたところ、適当に判を押す以外はサボってばかり。少しきつく叱らせてみれば、すぐに王へ告げ口するようになった。実際、セシーリアは王に会う回数を増やしはじめている。王を味方にして、すべての責務を他人に押し付けたいのだ。
(マルスランの娘と言うより、王の孫だな)
おかげでセシーリアの噂は随分と悪くなった。高価な買い物は前よりも増え、借金を増やすことに夢中で、責務をまっとうせずに王に擦り寄る。周囲が見えていないところが王と同じだ。まともな者ならアンリエットと比較し、セシーリアを卑下する。まともでない者はセシーリアに擦り寄り、マーサにならってセシーリアを煽てるだろう。マーサは常にセシーリアの望みを叶えるように動いている。
セシーリアに自由を許した分、わがままが目立ってきた。エダンの言う通り、マーサはよくやってくれている。
今まで以上に、誰を倒すのかがわかりやすくなった。
「例の件は王女に伝えたか?」
「伝えました。辺境で魔物が増えているようで、討伐に赴く必要がありますと。しかし、領主が行うことだろうと一蹴されました。場合によっては、地方から要請が来るとも申しましたが、領主がやればいい。何かあれば責任を取らせろと、王と同じことをおっしゃいました。話になりません」
「そうだろうな。だが、それでいい。こちらは全て伝え、王女に動くようお願いした。しかし、動かなかった。マルスランの娘だが、マルスランのようにはいかない。それを周囲や王に印象付けろ」
宰相は土気色の顔をして、弱々しく頷いた。クマどころか死相が出そうなほど目が窪んでいる。時間に関係なく王に呼ばれ、眠る暇もなく王の叱咤を受けているため、今にも倒れそうだ。
王の相手ほど時間を無駄にすることはない。生産性のない会話。永遠に続く同じ話。同じことしか言えないオウムを相手にしている気がしてくる。少しでも気に食わない話を聞かされると、なぜそうなったのか、どうしてそうなったのかを永遠に問う。なぜもどうしても同じだと気付いていないように。
その代わり、事実を伝えず耳心地の良い話だけは素直に信じる。
「王にあることないこと囁く者がいれば、すべてリストに」
「承知しております。それと、こちらが王女の調書です。細かいところは増えていますが、前回と同じで気になる点はありません」
調査は二度目。セシーリアの素性について、別の者に調査を依頼した。わからない点が多すぎるからだ。
エダンは書類に目を通す。前回と同様、セシーリアの宝石に気付き保護したのは、パルシネン家の家臣となっている。
「パルシネン家当主からも話を聞いております。保護したのは間違いないと」
パルシネン家であれば嘘は言わない。正直な性格だから、アンリエットの立場が悪くなるとわかっていても、伝えなければならないと考え、真摯に対応したのだろう。ただし、エダンやアンリエットに連絡をよこさずセシーリアを城によこしたのは、メッツァラ家の当主だ。
パルシネン家当主がマルスランのブローチの存在を知り、城へつてを出す前に、メッツァラ家から魔物に襲われて逃げた者を探しているという連絡があった。そこでセシーリアの話になり、城へ連絡することについて話したのだろう。メッツァラ家の当主はそれならば急いでセシーリアを城へ送ると言い出した。
セシーリアの家はメッツァラ家の領地にあり、かなり山奥に住んでいた。魔物に襲われたセシーリアはメッツァラ家の領地からパルシネン家の領地に逃げ込んだのだ。
そして、メッツァラ家の領民であるなら、責任を持って送ると言うことになった。
そこで疑いもしないのがパルシネン家当主だ。マルスランの娘を見付けたと報告すれば、パルシネン家当主が褒美をもらえただろう。メッツァラ家当主はさも自分が見付けたと言わんばかりに、セシーリアを城に連れて王に知らせた。そのためエダンとアンリエットに話が来なかったのだ。
「メッツァラはまだ城にいるのか?」
「王から褒美をもらったことを自慢げに話し、王に擦り寄る者たちと頻繁に会っているようです」
「城に戻ってくるきっかけを得て、また王の周囲をうろつくか。セシーリアがメッツァラ家に関わっていた証拠などは見付からなかったのか?」
「特にありません」
セシーリアを育てた老婆は人を好まぬ者だったらしく、一番近い村で買い物をする程度で身の上を話すこともなかった。セシーリアが村に来ることもあったが、二人共に村へ来ることはほとんどなく、二人が一緒に住んでいることを知らない村人もいた。
「情報がなさすぎだな」
エダンはため息交じりで書類を放り投げる。セシーリアの噂をおとしめたところで、マルスランの娘ではないという証拠が無ければ、城から追い出すことができない。
(そこでアンリエットを連れ戻したところで)
頭が痛い。アンリエットを連れ戻す手立てもない。早くしなければならないのに。
「アンリエット様がいると、華やかでしたよね」
突然宰相がそんなことを口にした。窓の外を見て、今建てられている宮殿を眇めた目で見ながら。
アンリエットは華やかな格好をする女性ではなかった。幼少の頃、着飾って王に会った際、無駄金使いの穀潰しと言われたからだ。パーティでの中、王への挨拶をした時である。周囲に多くの貴族が集まっている時に、そんなことを言われたのだから、アンリエットは一生覚えているだろう。パーティですら着飾ることを許されないのだと。
だからアンリエットは、常に質素であった。
だが本人はそれが楽だと口にする。衣装を考える必要がなくて楽なのだと。
エダンも王から指摘されることのないように、実用的な物や、花や絵などを贈った。王がアンリエットの部屋に立ち寄ることはなかったからだ。部屋に置いておける物なら問題ない。髪飾りやアクセサリーの類もダメだ。小言を言われるきっかけを作るわけにはいかない。
アンリエットは華やかではなかった。王太子代理とは思えないほど、地味な格好をしていた。それでも本人はエダンの贈り物に常に笑顔だった。本来ならば、もっと高価なドレスやアクセサリーを贈るべきなのに。
「女性がいたからそう思うのだろう」
政務に女性はいない。この国は男尊女卑が強い。マルスランが少しずつその体制を変えていき、アンリエットがそれを継いだが、他国に比べて女性の進出は少ない。
宰相は窓の外を見るのをやめて、執務室をくるりと眺めた。
「忙しいながら、花を飾ったりしてくれていたではないですか。アンリエット様は忙しくても常に笑んで、殺伐とした空気を柔らかくしてくれました。女性だからというのもあるかもしれませんが、暗い空気を明るくしようとする前向きさがありましたから、皆それに釣られてしまうのでしょう。ベルリオーズ様も、アンリエット様がいらっしゃると、雰囲気が柔らかかったですよ。お気付きではなかったですか?」
(自分が? アンリエットといると?)
そんな馬鹿なこと。アンリエットがいればここまで苦労しなかったからだろう。そう言うと、宰相は困ったように笑った。




