16−2 想い
「アンリエット嬢、食事へ行こう」
「え、はい」
昼食時になり、ヴィクトルから誘いを受けた。アンリエットと二人きりかと思ったが、執務室の皆に声をかける。
「外へ」
(外へ? お時間あるのかしら)
返事をしてついていけば、店には皆で入ったのに、入った部屋はヴィクトルと二人の席だった。
「座ってくれ。先ほど何か気にしていただろう。ここなら誰も聞いていない」
(あ、そういう)
一瞬、身構えてしまったことに、申し訳なくなってくる。
(平常心よ。平常心)
「君が考えていることは、おそらくスファルツ王国のことだろう。簡単に言えない事かもしれないが、魔物についてであれば、話してほしい」
見透かされているのが恥ずかしい。国は違えど、危険を被るのは平民だ。気にしていることは伝えておいた方が良い。場合によってはクライエン王国の民に危険が生じるかもしれない。ヴィクトルとしては放置できない問題だ。
「実は、商人たちが襲われるような道であるのに、報告をもらったことがないのです。メッツァラという家門の領地なのですが、内々に収めているとしても、まったく私の耳に入らなかったので、気になって。それに、あの道は領地の境界でもありますから、商人が逃げれば隣地のパルシネン家も気付くと思うのです。パルシネン家は私と懇意にしておりますので、一度事件が起きただけでも連絡は寄こすだろうと」
「そのメッツァラという家が、商人を襲わせているとでも?」
「そこまでは申しません。そんな方法などないでしょうし。ただ、そちらに保護された商人がいるとは知りませんでした。全てが耳に入るわけではありませんが、魔物に関しては平民の魔法使いたちが知らせてくれることが多いのです。ですが、一度としてそのような情報が入りませんでしたので、気になって」
「ふむ、怪しい土地か」
「それと、前にお伝えした、魔物の目撃があったはずなのにいなかったという話のあった領地です。その時は平民の魔法使いが教えてくれたのですが」
魔物の存在を確認したと言う平民と、魔物はいないと言うメッツァラ。調べたら結局魔物はいなかった。それなのに、商人が襲われていた。辻褄が合わない。
「魔法使いたちに連絡を取るつもりです。十年に一度の魔物の増加の傾向もあるようですし」
前後はあっても、大体十年に一度はパルシネン家の領地から魔物が溢れる。元から住んでいる魔物が、なぜ増えるのかの調査はできていない。あの森は本当に危険だからだ。
伯父マルスランもその討伐で行方がわからなくなった。探しに行った者たちも、犠牲になっている。
(エダンの慕っていた方もその時に大怪我をして、さらに罰を受けて亡くなったものだから、エダンは王の所業に怒りを覚えたのだわ)
「アンリエット嬢」
「はい?」
「いや、今、」
「なんでしょう?」
ヴィクトルは何か言いたそうにして、視線を逸らすと、一度沈黙した。
「その、もしも各国共同で魔物退治となった場合、俺は参加することになるだろう。君は、」
「参ります」
「来なくてもいいんだ」
「いいえ、連れて行ってください。気になることも多いので。もしかしたら、魔法使いたちに会えるかもしれません。その時に情報を得られるでしょう。一緒に行かせてください」
「危険かもしれない。現状のスファルツ王国は、誰がどう指揮をとっているのか、よくわかっていないんだ」
「混乱が、あるのでしょうか」
「ないとは言わない。指揮系統が崩れているのだろう。商人からの話では、普段の取引が急に終わりになったこと、通行料を補助してもらっていたがそれがなくなったなど、いくつか聞いている。君が保証していたものが崩れているのではないだろうか。もしかすると、王女が仕事をしているからかもしれない。執務に入ったそうだ」
「こんな短期間で。いえ、補助がついているはずですが」
「権限は王女にある。そこでなにか齟齬が出たのかもしれないな」
「そんな……」
(エダンは、大丈夫なのかしら? 彼が指示していれば、そんな混乱は起きないはずなのに)
「心配か?」
「え、私は、」
今、アンリエットは誰の心配をしたのか? 民の心配をせずに、エダンの心配をして。
それに気付いて、力が抜けた。
(未だ、私は乗り越えていないのね)
ヴィクトルは今アンリエットが誰を思い浮かべているかわかったのだろう。複雑な表情を浮かべて、自嘲する。
(失礼な真似を。告白してくださった方の前で、婚約破棄された婚約者を思い出すなんて)
「アンリエット嬢、君がなにを考えようと、俺の気持ちは変わらない。だから、無理をすることはない」
「殿下、私は」
「それから、君は気にせず、できることをしてくれ。俺は君のおかげでとても助かっている。ただ、君が誰かを心配すると同時に、君を心配する者もいるということを忘れないでくれ」
「殿下……」
「さあ、食事を。うまいものが冷めてしまう」
ヴィクトルはこの話は終わりだと、食べるように促した。その後はその話は出ず、仕事の話もなく、ただ他愛のない出来事や町の話をしただけだった。
(素敵な方だわ。どうして私を想ってくれるのか)
今はただ、役立たずにはならないように努力するしかない。そんな気持ちで働いているだけなのに。ヴィクトルはいかにアンリエットが素晴らしいかを口にしてくれる。それが大げさでも、アンリエットを安堵させた。今まで認めてもらいたい人に認めてもらったことはない。だからだろうか、そんな言葉だけで心が温かくなるのを感じる。
「アンリエット、入っていいかい?」
「ええ、どうぞ。お兄様」
ノックの音が響いて、シメオンが扉の陰から顔を出した。いつものご機嫌顔とは違うシメオンの態度に、心当たりがある。あれから、パーティから、シメオンはアンリエットを前以上に気にしていた。
「手紙かい? 誰に?」
アンリエットがペンを持っているのを見て、今度は悪魔のような形相になった。誰を思い浮かべてその顔になったのかもすぐわかる。
「違いますわ。お兄様。知り合いの魔法使いに手紙を書いているんです」
「そ、そう。僕はてっきり」
エダンに書いていると思ったのだろう。エダンに手紙を書くなど、あるはずないのに。
アンリエットはペンを置いて、今日あった話をシメオンに伝えた。
「おそらく行われるであろう、共同の魔物討伐ですが、私も参加させていただくつもりなんです。もしかしたらその時に魔法使いたちに会えるかもしれないので。ただ、あちらが共同討伐を行うかどうかは、まだ未知数ですが」
「アンリエットが、魔法討伐?」
「はい。大規模の討伐には参加したことはありませんが、地方の討伐には参加することがあったんですよ。平民の魔法使いたちを伴うのに、私が行くべきと判断してから、何度か」
「それは、まだ、決まっていない話だよね?」
「ですが、共同ではなくとも、大規模討伐には参加するつもりです」
「僕も行く」
「お兄様もですか? お兄様は王宮騎士団ですから、参加は」
どうなのだろう。地方に回される騎士団とシメオンが所属する騎士団は仕事範囲が違うはずだが。
「僕も行くに決まっているだろう。妹が魔物討伐に行くのに、王宮騎士団副団長の僕が行かないわけがない!!」
シメオンは必ず同行すると息巻いた。明日になったらヴィクトルに直接言いに行く勢いだ。
共同魔物討伐。もしも本当に行われるとなれば、
(エダンも来るかもしれない)
会うことはないと思うが、もしも会った時、自分は冷静でいられるだろうか。
その隣に、王女がいたら?
ぎくりと胸が痛んだ。アンリエットは痛む胸を押さえる。いつまでもこの痛みを持っているわけにはいかない。
(前を向かなきゃ)
この先何があろうとも、エダンの隣に並ぶことはないに等しいのだから。




