17 混乱
エダンと孤児院に行った帰り、町を眺めて食事して、なんならその後、エダンの屋敷に行って、二人きりで。
(なんて思ってたのに)
「まだ仕事が残っていますので」
結局、エダンはあの後どこにも寄ることなく城に戻り、またあの部屋にこもってしまった。セシーリアと仕事どちらが大切なのだろうか。そもそも、エダンはセシーリアの機嫌を損ねてもいいと思っているのだろうか。セシーリアがエダンとの婚約は嫌だと王に言えば、きっと婚約破棄してくれるだろう。
「いいえ、ダメよ」
そんなことはしたくない。エダンと結婚するのはセシーリアだ。他にいい男がいれば話は別だが、今のところエダンほどの美形には会っていない。城で見るのは騎士や魔法使い、よくわからない貴族たち。セシーリアに頭を下げて、道を譲ってくれる。そんな中にエダン以上の男なんて見なかった。いたとしても、エダンより身分が低いかもしれない。それは嫌だ。
セシーリアは王女だ。ならば一番高い身分の男としか結婚したくない。
その相手としてエダンは完璧だ。エダンは帰り際、セシーリアに長い手を伸ばし、馬車に乗せてくれた。その姿勢を見ているだけで、うっとりとしてしまった。
エダンはセシーリアのものだ。王太子代理のものではない。あの女はエダンと一緒にいたセシーリアを見て、絶望の表情を浮かべていた。そしてそのまま出て行ったと聞いている。
戻ってくるわけがないのだから、気にする必要はない。
今の生活を手放す気もない。もう、あの頃の生活に戻るなんて、考えられない。
(この生活は、絶対に手放さないわ。なんとしてもね)
セシーリアはどうすればエダンと一緒にゆっくりできるのかを考えた。深く考えることもない。仕事が少なくなればいいのだ。
仕事を理由に断られないようにするには、王に頼んでエダンの仕事を減らしてもらえばいい。
「ねえ、マーサ、おじい様に会えるかしら?」
「王女様であれば、今お会いに行っても会ってくださると思います。本来ならば、お手紙を出し、お伺いを立てなければなりませんが」
「ええっ!? おじいさんに会うのに、手紙を出すの?」
「お祖父様であっても、王であられるので。ですが、王女様ならば問題ないでしょう」
言って、マーサは窓から見える景色を眺めた。
そこにはセシーリアが住むための宮殿がある。古くからある建物を壊し、セシーリアのために新しい宮殿を建ててくれているのだ。その宮殿丸々一つがセシーリアのものになる。なんという好待遇なのだろう。それくらい王はセシーリアを愛していた。しかも、セシーリアが想像できないほど豪華にしてくれると言うのだ。
部屋の調度品も高価な物にしてくれるらしいし、部屋で過ごすためのドレスやアクセサリーも新調してくれる。この間は店の者がやってきて、何着ものドレスを注文した。
お金を惜しみなく使って孫の機嫌を取る。エダンもこうであればいいのに。
そういえば、贈り物の一つもよこさない。見知らぬ者たちからは連日のように届いているのに、エダンだけがセシーリアになにも贈ってきていなかった。
(忙しくて、買い物にも行けないの? そうかもしれないわね。やっぱり、王に頼みに行こうかな)
「マーサ、おじい様の所へ行くわ。頼みたいことがあるの」
「承知しました」
セシーリアは気分良く王へ会いに行く。かしずかれるのは最高だ。誰もがセシーリアに頭を下げるのだから。王だって同じ。セシーリアのために何でもしてくれる。
王のいる部屋まで行けば、警備の騎士たちが頭を下げた。
「おじい様に会いにきたの」
「今、ですか。今は、何と申しますか」
しどろもどろ。二人の騎士たちが顔を見合わせて、扉を開けようとしない。
さっさとしてほしい。セシーリアは邪魔だと言わんばかりに前に出て、騎士二人の間にある扉へ手を伸ばした。
「お、王女様、」
「説明をしろ! 借金だと!?」
隙間から聞こえた大声に、セシーリアは驚きに手を離しそうになった。かろうじて持っていた扉は閉まることなく、部屋の中の声を通す。
「それだけで、どうして借金などということになるのだ!」
王が大声を上げて、誰かを怒鳴り散らしている。ほんの少しの隙間だったので、中にいた人はわからなかったが、怒っているのは王で間違いない。王は同じことを繰り返し言っている。
借金が、どうして、なんで、どうなっている。何の話だ。
しつこいほど繰り返すが、その問いに返す方も同じことしか言えない。問いが同じなのだから、答えも同じに決まっている。
「で、ですから、今まで装飾品などを購入しておらず、それが急に増えて」
「それだけで、どうして借金になるのだ!」
「数年前に財政難になり、ぎりぎりだったところ何とか借金を返済しましたが、この度宮殿を新築したり、王女様の身の回りの物に高額な費用を費やしたりし、」
「だから、どうして、そんなことで借金になる!」
「今までの借金返済は、アンリエット様の功績によるものでして」
「あいつに功績なんてあるものか!」
「借金返済のために、地方の名産などを都で売買する仲介などを行なったり、魔法使いを育て地方に戻すことでその者の価値分の金額を手にしたり、食糧難の起きやすい領地に魔物をうまく食べられるレシピを売ったり、情報を集めて売買したり」
「ええい、話が長い!」
「借金返済のためのアイデアをいくつも出し、何とか返済を終え、貯蓄額を増やしてきましたが、時間が過ぎれば時代に合わない事案も出てくるため、財源確保に必要な策を考えなければなりません。それ以外にも定期的な収入も滞っており、税金だけではとてもまかないきれないのです」
「だから、なぜそうなるのだ!」
「ですから、はあ、王女がいらっしゃってから、多くの出費が重なり、現状の貯蓄額では借金が増えるばかりなのです」
「そんなわけがあるか!」
二人は永遠に続きそうな会話をしている。説明をしても王が理解できず、何度も説明を繰り返した。少し聞いただけでセシーリアですら嫌気がさしてくる。説明している方なんてうんざりが声に表れていた。




