失恋と仲直りその後バンディット
「………………」
遥に殴られてから一週間。あれから一度も顔を見れていないし、声も聞けていない。
しかし、このままで良いはずがない。
大学やバイト中も気もそぞろ、ひなたには防犯意識の欠片もない吽行だとか罵られた。たぶん罵られてるんだろう、たぶん。
ベッドに腰掛け、スマホを握りしめる。
今のままでは自然消滅待ったなしだ、そうならないためにも俺から動く必要がある。
通話ボタンを押して、耳にスマホを押し当てる。
無機質なコール音が数回鳴った後、電話の持ち主は通話に応じた。
「あ……もしもし、夕夜?」
――そう、俺は日和った。
まずは相談だ、ともっともらしい言い訳をして拒否されることを恐れてしまった。情けないと言われてもしょうがない。
「もしもし? 今大丈夫か?」
なんか向こう側うるさいな……。重低音っぽいのがずっと響き続けてる。
「え? クラブ? あ、そう…………いや、行ったことないけど。え? いや行かねえよ、ぼっちが行くところじゃないだろ」
そうとも限らないだろうが、少なくとも今は気が乗らない。遊んでる場合かっつの。
「でだな、相談があるんだけど……整形? ほっとけ、ってそうじゃなくて」
なかなか本題に入れないな。
どうやら酔ってるらしく、電話の向こう側はやたらテンションが高い。
相談する相手間違えたかもしれん。
「元カノに会ってるのがさ、今カノにバレて連絡つかないんだけど。どうすればいいかな?」
字面だけ見たら最悪だな。
いや、字面だけじゃないか、遥に何も言わずに会ってたのは事実。愛想を尽かされてもしょうがないだろう。
「………………え? 別れろ? ケンカしたらもう修復不可能?」
マジで? もうダメなの?
血の気が引くのがわかる、平衡感覚が消え、不気味に宙に浮いてるような。
「いや、謝らないとダメだろ…………話し合わなかったら修復不可能なのは当たり前だろ!?」
やっぱり相談する相手が間違ってた。
別れた途端付き合ってた彼女の顔を忘れるような男に、誠実な付き合いの相談をしてどうなるというのか。
「だから行かないって……あ? 俺の分のドリンク頼んどいた? 知るか、俺は行かないからな!」
向こうの返事を聞かずに通話を切る。
ずっと笑っててご機嫌だった様子から、明日になったら今日の会話は覚えてないだろう。
しかし何の解決にもならなかった。やっぱり、直接喫茶店に会いに行かないとな。
今日は…………夜も遅いし、明日にしよう。迷惑になるだろうし、うん。
言い訳しているようにも聞こえるかもしれないが、時刻はそろそろ日付を跨ごうという時間。
流石に今行っても御両親や近所の迷惑になりかねない。
明日の予定を考えつつベッドに仰向けに倒れ込む。
見えるのは天井。だけど頭の中に浮かんでいるのは、今まで遥とやってきたことばかり。
その時だった、ドアの呼び鈴が鳴る。
……まさか、夕夜が迎えに来たのか?
「………………」
いや、あいつは家を知らないはず。だとしたら一体誰だ、こんな時間に。
ここは居留守を使うのがベターだろうか。
「ジローさん? いますか?」
「遥!?」
扉の向こう側には聞きたかった声があった。
扉越しでくぐもってはいるが、聞き逃すことはない。
「い、今開ける!」
慌ててベッドから起き上がり、立ち上がる。
ちなみにここ一週間、掃除はまともにしておらず、床には衣服が散乱している。
故に。故にだ。
衣服の上を踏みしめて、盛大に滑るのは自明の理という訳だ。
「うわああああああああああ!!」
「じ、ジローさん!?」
テーブルをひっくり返し、上にあった物をぶちまけて大転倒。
よかった、食べ物や飲み物はテーブルの上になかった。それだけが救いだ。死ぬほど近所迷惑だろうけど。
遥はドアノブをガチャガチャと回す。だが悲しいかな、俺はセキュリティ面は完璧だった。
つまり帰宅したら鍵は締めるタイプだ。
この事を報告すればひなたは前言を撤回するはず。
…………って、言ってる場合か。
ドアノブをガチャガチャと回す音、そしてお隣さんからの壁ドンは鼓舞の太鼓。
痛む体にムチを打ち立ち上がり、ふらふらと扉まで向かう。
ここで第二のトラップ発動。水に濡れた床!
「ぐわああああああああ!!」
「ジローさん、ジローさん!?」
ガチャガチャガチャガチャ。
ドンドンドンドン。
まるで祭囃子。笛の音と櫓の上の太鼓の音が聞こえてくるようだ。
這うように扉の前まで行き、なんとか鍵を開ける。
後はチェーンロック…………。
「ジローさん!!」
扉が開くや否や滑り込むように入り込んできたのは俺の最愛の彼女。
あれ……チェーンロック忘れてた。
セキュリティも中途半端な俺だった。
「大丈夫です………………か…………」
俺の部屋を見るなり絶句。それはそうだろう。
ここ一週間、掃除をする気が起きなかったのだ、そう。する気が起きなかっただけなのだ。
他に心配事があって、手がつかなかっただけ。決して面倒だったからとかそういう訳ではない。
「こ、これは……」
流石に呆れただろうか。それもそうか。
ここでは探し物を見つけることすら出来ない荒れ果てた山。
しかしこの次郎、生ゴミだけは欠かさずに捨てているのだ、安心して欲しい。
そうじゃなくて。
部屋の惨状を見てプルプルと震える遥。
これは神の怒りが落ちるのだろうか。
「……私のために、残しておいてくれたんですか!?」
しかし彼女は打って変わって爛々とした瞳を俺に向けた。
「え?」
「これだけの荒れ具合……さぞお掃除のしがいがあるでしょう……!!」
最近、尽くしたいのかただ掃除が好きなだけなのかわからない時がある。
どちらでも良いのだけど。可愛いし。
「そ……そうさ、遥のために取っておいたんだよ」
「ありがとうございますっ!!」
嘘は心苦しいが、俺の快適な部屋と遥の胸の高鳴りの為に俺は断腸の思いで事実とは異なる発言をした。
本当に心苦しかった。
その後、邪魔だからあっち行けとベッドの上に放り投げられた俺は、ウキウキと掃除をする遥の背中に声を掛けた。
「怒ってないのか?」
遥は一度手を止め、俺の方をチラリと見る。そしてまた手を動かし始めた。
「怒ってましたよ。今はもう怒ってませんけど、だから会いに来たんです」
「それは……今掃除をしてるから?」
「なんでですか、違いますよ。あれから色々あったんです」
その色々を聞いてみた。
…………………………
「…………というわけで、これは私たちがいがみ合ってる場合じゃないな、と」
「へえ……世界って思ってたより狭いんだなあ」
遥の友達と二夕見さんの友達の彼氏が一緒だったとは。
「だからなし崩し的に友人関係を承諾しちゃったんですけど…………浮気したらダメですからね?」
「もちろん。俺には遥しか見えてないし」
「……………………」
途端に顔を赤くした。可愛い、好き。
部屋はみるみるうちに片付いていく。俺だとまだテーブルを起こす程度の時間だ。
俺が遅いのか遥が早いのか、どちらかなのかは想像に任せる。
「って、こんな夜遅くに掃除してもらっちゃダメだ! 送っていくよ」
日付は既に次の日になっていた。
ベッドから立ち上がり、綺麗になったスペースに降り立つ。
そして上着を羽織り、玄関まで歩いて行った……が。
遥は動こうとしない。
「あれ、遥?」
遥は黙々と部屋の隅の掃除をしている。狭い家だ、聞こえないなんてことはないだろう。
「おーい」
背中を向けたまま、ぽそりと呟いた。
「…………ですか?」
狭い家だ、聞こえないなんてことないだろう。前言撤回だ、聞こえなかった。
「え?」
「今日、泊まって行っちゃダメ……ですか?」
「――――――――」
一瞬で思考回路が破壊された。
意を決したような表情、赤らめた顔、恥ずかしそうな仕草。
「ダ…………メ、じゃないです」
そういうのが精一杯だった。
「良かった」
そう言いながら俺の胸元まで寄ってきて、よりかかる。
何も言わずに抱きしめるのが唯一俺に出来ることだった。
――――――――――
翌朝。
俺は怒り狂っていた。
「くそ……隣のやつ、殺してやる……!!」
「ま、まあまあ」
夜、同じベッドに横になって眠りにつき。
手を繋いだり抱き合ったりまあなんだ、言い方を選ばないならイチャイチャ、乳繰り合っていた訳だけれども。
事ある毎に隣の部屋からの壁ドンが襲来した。
まるで部屋の壁に太鼓でも設置したかのような頻度に、俺の怒りのボルテージはマックスである。
「じゃあ私は大学に行きますけど……」
「俺は隣に一言いってやらないと気がすまない!!」
あはは、と困ったように笑う遥。
家の前で軽くキスをして、遥は去って行った。
…………さて、バンディットジローの御成りである。しかし蛮族になる前に紳士らしく、礼儀を持とう。
隣の家の扉の前に立ち、まずは軽く二度ノック。
返事なし。
拳を握る。そして三度強くノックした。
…………返事なし。
そして現れるバンディット。
両拳を握る。数え切れないほどの乱打を扉にお見舞いしてやった。
師父がここにいれば免許皆伝を授けてくれたことだろう。
部屋の中からようやく足音。とても勇ましく荒い音。
扉が勢い良く開け放たれ、そして――
「うるせえな!! ぶっ殺すぞこの野郎!!」
若い女性が、∨シネ俳優真っ青の口汚さで現れたのだった。
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