失恋とファミレスキャットファイト
いらっしゃいませ。
ここは駅から少し離れたファミレス。俺はキッチン担当の田中。
今日はホール担当のバイトの人が数人休んだお陰で、ホールを担当することとなった訳だが。
「………………」
なんか女が四人、二人ずつテーブルに向かい合い、不穏な空気を放っていた。
店内の軽やかなBGMなんて耳に入らないくらい、テーブルの周辺には重圧がある。
「ええと……今日は来てもらって、ありがとう……ございます」
ゆるふわっぽいウェーブの子の隣に座っている女の子が最初に声を上げた。
得も言われぬ雰囲気に、俺の野次馬根性はかつてないほどに盛り上がっている。
しかし誰も何も言わない。重苦しい空気の所為で、彼女たちの周囲のテーブルはがら空きだった。
俺はお冷の継ぎ足しという名目で行ったり来たりしてる。
「朝野さん……でよかった、ですよね?」
「ええ」
朝野と呼ばれた黒髪のロングヘアーの子はソファーの背もたれにもたれながら、大仰に頷いた。
その子の隣に座る黒髪のセミロングの子は横柄に足を組み、足は通路側に投げ出している。行儀悪いな。
「えっと、その……この度は、うちの花蓮が申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
なんだ? 金でも盗んだのか? それとも男でも取った?
「その当の本人が頭を下げていないみたいですけど?」
隣に座るゆるふわウェーブの子、あの子が花蓮か。確かに頭を下げる様子はない。
俯いたまま口を一文字に結び、表情は羞恥を堪えている様子。
おっと、あまり見てると聞き耳どころじゃなくなってしまう。
周辺のテーブルの拭き掃除をしながら聞き耳を続行。昼下がりのがら空きのファミレスにこんなドラマがあるなんて誰が思う? 俺は思わなかった。
「ほ、ほら花蓮! せっかく来てもらったんだから謝んなさい!」
花蓮っていう子の背中に手を添えながら、謝るよう促す。が、本人はびくともしない。
「…………私、悪いと思ってませんから」
「………………」
朝野と呼ばれた子の眉がピクリと引き攣る。
音楽の切り替わりになり、店内は無音になった。なんつータイミングだ。
「花蓮が悪いよ? 彼女がいるのにストーカーみたいな真似するんだから!」
思ってたよりも生々しい話になりそうだ。っていうかストーカーって。
「私ストーカーじゃないもん」
「その彼の受ける講義の時間を調べたり、出席日数を調べたりするのは立派なストーカーだよ?」
それは俺もそう思う。
しかし本人は自覚がないのか、頬を膨らませそっぽを向く。
仕草は可愛らしいが、やってることは恐ろしい。
彼氏持ちにじゃなくてフリーの男にすればすぐに落とせるだろう。それほどまでに整った容姿だった。
…………っていうかこのテーブル四人とも顔のレベル高いな。誰かワンチャンないかな。
「あのー」
通路に足を投げ出していた子が投げやりに声を上げた。表情も気だるげで、とてもめんどくさそうな顔をしている。
「なんで私呼ばれたの?」
え、そこ? っていうか当事者じゃないんだ。
ということは、隣に座る朝野って子の彼氏を、花蓮っていう子がストーカーじみたことをしたわけだ、ふむふむ。
俺の頭の中で人物相関図が次々と完成していく。
紙ナプキンを補充してる振りをしながら盗み聞きは絶賛続行中。
「朝野さんと花蓮だけだと話し合いになりそうになかったので……。友人が間に入れば、まだ纏まるかと思いまして」
「あっそう……じゃあ私の意見言ってもいい?」
「はい、お願いします!」
事態が好転しない場面への救世主の一言となるかもしれない。そんな一縷の望みを持っているのだろう。
花蓮の連れの子は表情を明るく輝かせながら頷いた。
「はーちゃん、あいつ殴っていいよ」
「ってちょっと!?」
けだるげな表情のまま、地獄へのゴーサイン。流石にそれは待ったがかかる。
しかし当のはーちゃんはテーブルの下で既に握りこぶしを作っていた。
「そもそも、間に私たち友人を挟むっていうのが訳わかんないのよね。来た所で味方するのはわかりきってることじゃない?」
「収集がつかなくなった時や、殴り合いに発展しかねない時に止めることが出来るかな、と……」
「私は殴れって言うよ? だってその子反省の色ゼロでしょ」
確かに。反省はしてなさそうだ。
花蓮はずっと俯いたまま、連れの子が全部喋っていてその子もたじたじな有り様。
「それに、あんたもおかしいよ」
「私がですか?」
「うん、解決するために呼んできた割に、ごめんしなさいって背中を押すだけ。その隣にいるゆるふわは小学生か何か? 頭の中までゆるふわなの?」
言うなあ。手のひらを見せつつ花蓮に指を差すその様はまさに姉御肌。
言ってることは辛辣だが事実をはらんでいるためか、誰も何も言わない。
「……私は昼河くんと友達になりたかっただけなの」
と思ったのだが、ゆるふわちゃんが顔を上げて強い意志を持って言った。
だけど、聞いた感じではキミは横恋慕しただけだよね?
「貴女の言う友達というのは、相手のことを隅から隅まで調べることを言うんですか?」
はーちゃんが言う。その視線は相手を咎めるものであり、俺の紙ナプキンの仕事は終わりつつあった。
……そうだ、爪楊枝もやろう。
「だって学部が違うから……そうでもしないと会えないし」
「そもそも!」
はーちゃんが強く机を叩いた。
がら空きの店内に響き渡る。離れた所に座った客も恐る恐ると様子を窺っている。
「ジローさんを振ったのは貴女ですよね!? 今更友人になりたいとか虫が良すぎるんじゃありませんか!?」
え、まじで?
ゆるふわ花蓮ちゃんが振った後、今怒り狂ってるはーちゃんが彼女になった。だっていうのに、ゆるふわちゃんはストーカーをし始めた。
なんだこれ。
「だから、こっちとしては言いたいことは一つだけなんだよね」
……あの人名前なんだっけ。わからんから姉御と呼ぼう。
「そっちはジローに近付いてほしくない。今二人は良い感じなのよ、だってーのに、やってることは泥棒猫よ?」
現実で泥棒猫って初めて聞いたかもしんない。
「私……」
と、花蓮ちゃんが小さく呟く。
声が小さいためあまり聞き取れない。近くのテーブルの爪楊枝を補充しよう。
「私、良い人って言うのがわからなくて……」
「は? なにいってんの?」
「私から説明しても良いですか? いいよね、花蓮」
頷く。それを見てから友達は話し始めた、彼女の過去を。
それを聞いた俺は友人くらい良いんじゃないだろうか、と思ってしまう。
信じられる人がわからなくなった今、自分から信じたいと思えるのは貴重なんじゃないだろうか?
「でもそれってさ」
お冷を呷った姉御。
「甘やかされて育ったっていうだけだよね?」
冷水をぶっかけるような事を言った。いや、確かにそうかもしれんけど。
「人に優しくされて人を見る目を養ってこなかったってだけでしょ? 自業自得じゃない?」
コップが空いてチャンスとばかりに俺はお冷を継ぎに行く。
早すぎて不自然かもしれないが、話を間近で聞くチャンスだ。
「かもしれない……けど、私も変わりたいの」
「別のとこでやってくんない? わざわざうちのはーちゃんに心労かけてまでやることじゃないでしょ」
気持ちはわかる。酷いけど。
「っていうか。ずーーーーーーーっと気になってるんだけど、聞いても良い?」
ゆるふわちゃんの連れの子を指差す。
「は、はい?」
「それ、見せてほしいんだけど」
姉御が指したのは右手の薬指にはめた……シルバーリング?
「え?」
「貴女、名前は? 下の名前」
「え……っと。志保ですけど」
「志保……」
ゆっくりと飲み下すように口の中で反復する。
「……みーちゃん、どうかしたの?」
みーちゃん? 姉御が? そんな可愛いあだ名?
「………………嫌な予感がする。知らない方がいいんだろうけど、気になった以上知らなきゃいけないみたいな」
「この指輪が……ですか?」
「そう。それってズバリ、誰かからの贈り物?」
右手の薬指だしな。ファッションでもなければ贈り物という可能性が高いだろう。
更にそれは彼氏からの確率が高そうだ。
「え? ええ、彼氏から……ですけど」
「……………………」
姉御の顔から表情が消えていく。
コップの中の水をまたも一息に飲み干し、足りなかったのかはーちゃんのコップからも飲んだ。
俺はチャンスとばかりに直ぐに注ぎに行く。
それが間違いだったと気付くのは少し後だ。
「もしかして、彼氏の名前マサヤだったりしない?」
そこまで言った後で『んな訳ないよね』と言ってソファーに深くもたれかかった。だが。
「はい、そうですけど?」
「………………」
上体を起こす姉御。
ピッチャーを持ってコップに水を注ぐ。
そのピッチャーを持つ俺の手に重ねられる、姉御の手。
「あね…………お客様?」
あぶね。
しかし姉御がやったことは、俺の手からピッチャーをもぎ取ることだった。そして。
目の前の子にぶちまけた。
「きゃああああっ!?」
「うわああああっ!!?」
「いやああああああ!」
目の前の子はビチョビチョ、横のゆるふわちゃんもビチョビチョ。ついでに俺もビチョビチョ。
そして床には大きな水たまり。
無事なのは掛けた本人とはーちゃんのみ。
「な…………何するのよ!?」
「あんた、ホルモン好き?」
「はあ!?」
「答えて」
「好きだけど!?」
「あっ!?」
ちなみに最後の声は俺。
俺の腰にささったPOSを奪い取り、志保ちゃんに投げつけた。
っていうか俺を武器庫扱いするのやめろ!?
「みーちゃん、もしかして?」
「間違いない。こいつ、あいつの二股相手だ」
なんと。
「はあ? どういうこと?」
「知らなくていいわ。ただ一発だけ殴らせなさい」
もう既に殴る以上のことやってないか?
「じょ、冗談じゃないわよ!」
「うるさい」
と、俺の胸元からボールペンを抜き取る。
「ってそれはヤバいでしょ!!」
思わず俺が止める。
「あんた誰よ」
「今更!?」
「ええと、志保さんでしたっけ」
「え、ええ……」
烈火の如く怒り狂う姉御を抑えつつ、少しずつ引き離す。
その間にはーちゃんが説明を開始。なんで俺がこんな目に。いや、自業自得か?
「貴女が今付き合ってる……マサル? マサオ?」
「マサヤ」
「その人は、同時期にうちのみーちゃんとも付き合ってたみたいで」
「は!?」
マジで?
友達のトラブルを解消するために出会った二人が、二股相手?
そんなことってある?
「あんたがあの水香ってやつ!?」
「だったらなに?」
「ふざけないで! この前ヘアブラシ貰ったら、刻印がMIZUKAってなってたの! 誰だって聞いたら、姉貴だって……」
「……私に? 名前入りのブラシを?」
そこときめくとこじゃないだろ。
名前入りのを渡す相手を間違えるなんてどうかしてる。
「まさか二股してたなんて! どっちが泥棒猫よ!」
「あんたでしょ!?」
「いや、あんたよ!」
悪いのはその彼氏だと思うんだが。何故同性同士で争い合うのか。
唐突に始まった友達同士のケンカに、はーちゃんもゆるふわちゃんも呆気にとられていた。止めないんだ。
「…………こんなことになるので、出来れば言い寄るのは控えてもらえると」
「……いえ、私は本当にまだ、言い寄るとかそういうんじゃ……本当にただ友達が欲しくて……」
「そうなんですか……?」
「はい……今はまだ、そこまで考えられないと言うか……」
ヒートアップしていく二人とは対称的に、冷静に静かに話し合う二人。
俺はどうすればいいのかただ立ち尽くすのみ。厨房からも従業員が顔を出し始めた。
やがてはーちゃんとゆるふわちゃんは、店内の視線を独占していることに気付く。
「だから友達だけでも許してもらえると……っ」
「わ、わかりました。とりあえず出ましょうか……!」
どさくさに紛れて自分の要望通したな。そしてはーちゃんは要望を受け入れたことに気付いてないっぽい。
二人は自分の友人を引きずりながら、会計をして店を出ていく。
店を出ていってもしばらく声が聞こえてくるほどの騒ぎだった。
店内は静けさを取り戻し、軽やかな音楽が耳に届く。
台風一過。残ったのは台風が荒らしていったテーブルのみ。
「……へっくしょい!!」
冷房の効いた店内で、氷水を被るのはある意味自殺行為だったかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
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