第七話 黒髪の少年
「お知りあいの方が職人さんなのですか?」
「そうよ。それも腕利きのね」
ステラの問いに、ポニーは自慢気に答えた。そのやり取りだけでも、二人が親しいことがわかる。
細工職人の店へ向かうために屋外へ出ると、そこには殺風景な町並みが広がっていた。
「留守番頼んだよ! クルヴス」
「うん! 任せてよ!」
二人の会話を聞き流しながら、ステラは初めて見るアンカラの町に釘づけになっていた。そこには、錆びて剥きだしになった鉄骨を板で覆っただけの家屋や、浅く掘られた穴に藁を敷いてあるだけの寝床があった。そしてなによりそこに住む人々は、ボロボロの布を身にまとい酷く痩せこけていた。
ステラにとって、それは異世界そのものであった。ここにいる人々がなぜこんな暮らしをしなくてはいけないのか、まったく理解ができなかった。
そこかしこで鉱山の冷たい岩肌が剥きだしになっており、安全な生活は難しそうである。くわえて空気もどこか息苦しく、臭気が漂っている。
「あそこの店だよステラ、近いでしょ?」
少し離れた湖岸沿いにある建物を指差してポニーが言った。
「建物が密集してて、道を覚えるのも大変ですわね……」
「まぁね」
鉱山を出ると、遥か遠方まで町並みがつづいていた。外は鉱山のような息苦しさはないが、それでも居心地の良い場所ではなかった。
ステラは、ヴァール湖が見えても美しく感じないことを不思議に思った。どうして同じ湖なのに、ルーダンで見ていたときとは違い、癒されないのか。それが不思議でならなかった。
「ステラはペンダントにいくら出せるのかな? ってあれ、おーいステラ?」
ステラは、ポニーの問いかけに気づかずしばらく考えこんだあと、その原因に気づいた。
このアンカラの町は、無造作に建築された建物のせいで景観は最悪であった。そのため、美しい景色を堪能できないのである。
「おーいステラ、聞いてる!」
「うわ! ごめんなさい。聞いていなかったわ!」
ポニーは少し怒った顔をして、正面からステラを見おろしていた。ビックリしたステラは目を丸くして、そして苦笑いした。
「考え事をしてたの。ごめんなさい……」
「はぁ……あっそ」
「それで、なんのお話でしたっけ?」
「ペンダントにいくら出せるのかって話だよ。大事な話だろうったくもう……」
呆れた顔をして腕を組むポニーに申し訳なさを感じながら、ステラは答えた。
「お金は、必要なだけお支払できます」
「銀貨三枚くらいは必要になると思うけど、持ってるの?」
「現金は持ちあわせてはいないけれど、この腕輪や絹の手拭いを売ればお金は工面できますわ」
そう言いながらステラはポニーに見せてあげた。
「あんた……どうしてそんな高価な物を持ってるのさ。何者?」
「えぇっと……とにかく行きましょ! 日が暮れたら困るわ!」
ステラは逃げだすように歩きだした。
「ちょっと待ってステラ!」
しかし、すぐにポニーに呼びとめられた。
「そっちじゃないよ!」
「あ、えぇっと、ごめんなさい」
「あんたさっきから謝ってばっかりね。まぁ良いわ。お金があるなら大事なお客さんだからちゃんとついてきな。あんたにも事情があるんだろうし、言いたくないことを何度も聞いて悪かったよ」
ポニーはそう言うと、ステラの手を引き、入りくんだ脇道へ入っていった。
狭い細道を進んでいるあいだ、二人は無言であった。少し道幅が広がったところで、沈黙に耐えかねたステラがポニーの横へ並び、尋ねる。
「ねぇポニーさん、一つ質問をしても良い?」
「え、うん。なに?」
「細工職人の方は、おいくつなのですか?」
ステラが気になったのは、ペンダントの製作を依頼する細工職人の年齢であった。彼女は道中で、労働に勤しむ子供たちを見ていた。
思いかえせば、ポニーも見た目の割にはしっかりとしている。ステラがお金のことに疎いのとは対照的に、そう年が離れていないであろうポニーがお金のことをしきりに気にするようすは、かなり大人びて見えた。
「もしかして、ポニーさんと同じくらいの年齢ですか?」
「あぁ、同い年だよ。一四歳」
「一四歳で腕利きの職人ってことは、本当に幼いころから技術を磨いてらっしゃるのね」
「あぁ、そいつは親父と二人暮らしだから小さいころから家業を手伝ってるのさ。手先が器用で賢くて、おまけに根性も据わってる。だから本当に、幼いころからずっと頑張ってる奴なんだ」
ポニーの言葉や表情からは、その少年に対する信頼や尊敬の念が見てとれる。ステラは、自分が森への憧れを抱いていた自由気ままな日々とは対照的に、必死になりながら生を繋いでいる人々がいることを知った。
ステラは心が締めつけられる思いであった。アンカラの町に住む人々を見て、今まで彼女の心の中で輝いていたものは、誰しもが得られているものではないということを痛感したからである。
湖岸沿いに出て少し行くと、鬱蒼と立ち並ぶ木々に隣接した建物の前で、ポニーの足がとまった。
「ついたよステラ。入ろう」
そこには、表層の剥がれた合板の外装に変な印の入った扉がついているだけの、お世辞にも立派とは言えない、不規則に積み重なった土のレンガでできた建物が、ポツンと一軒佇んでいた。
ステラは外観をまじまじと眺めていたが、ポニーに腕を引かれそのまま店内へ入ることとなった。
「いらっしゃいポニー」
「お客さんを連れてきたよ。フィン」
そこには親しげにポニーと挨拶を交わす黒髪の少年がいた。