第八話 父の教え
XXX~ジン王国 湖岸沿いの古民家~XXX
「おい、起きろフィン。もう朝だぞ」
「えぇ、もうそんな時間か。おはよう父さん」
「さっさと起きろ、稽古の時間に遅れるぞ」
「分かってるよ。今行く」
フィンは眠い目を擦りながら身支度を整え、父の待つ裏庭へ向かった。
裏庭は、父親の背丈の倍ほどはある木々に囲われており、ところどころ雑草が生え、地面は風に舞いやすい乾いた土であった。また、外部からは覗くことができないため、そこは二人の特訓の場所となっていた。
「今日も型の復習から始めるぞ、フィン」
「あぁ、本気で行こう!」
「さぁ来い!」
「どりゃぁぁぁぁ! !」
フィンは剣の稽古が好きであった。日々、強くなっていく自分と、それを認めてくれる父親がいることがなによりも嬉しかった。
父は毎日欠かさず、剣の稽古をしてくれた。しかし、なぜこうも剣の稽古に力を入れるのか、疑問に思ったフィンは父へ尋ねた。すると父は答えてくれた。
「力がなければ、大切な人は守れない。後悔してからではダメなんだ。必要になったそのときに力を使えるように、常日頃から訓練していなくてはならない」
「でも、僕はまだ子供だ。父さんのように大柄でもないし、戦士には向いてないよ」
「戦士になる必要なんかない。ただ力をつけて、強くなればいいんだ」
「でも、僕は自分で言うのはなんだけど、頭脳派だ。知力だけで良いはずだ」
「そんなことはない。いいか? フィン。土台となる肉体を強くすることはとても大事なことなんだぞ。それに成長過程の今だからこそ、しっかり技を磨いておかなくてはならない」
このごろ、父はよくこう言う。[なくてはならない]。絶対的な強い意思で、そう言葉を投げかけてくる。また、このごろの父はどこかいつもと違って見える。言動の一つ一つから覚悟を決めているかのような、重たさを感じる。
「しかし最近は、力もついつきた。まだまだだが、それでも今まで通りつづければ確かな成長を遂げられるはずだ」
「任せてよ父さん。僕は期待通りに成長してみせるよ!」
「その意気だぞフィン。だがこれだけは忘れるな、大事なのはその意思だ! 意思さえあれば、どんな逆境でも乗り越えられるんだ」
それから二人は家に戻った。次は座学の時間だ。算術や語学、地理学から天文学に至るまで、さまざまなことを教わるのである。
「あらゆることを理解するには、こういった知識が必要になるんだ」
「僕はこうして知識を蓄えるのが好きだよ。でもどうして父さんはこんなことを教えてくれるのかな。どこでこんな難しいことを教わったの?」
フィンは思わず尋ねた。ジン王国の歴史や、その他さまざまなことを学ぶにつれ、父親がどのようにしてこんなにも高度な知識を得たのか、疑問に思っていたからである。
父親の持つ知識は、その身分に不相応なほど高度なものであった。どれくらい高度なものなのかフィンには測ることはできなかったが、父親が同世代の人々よりも高い知性を持っていることは確かであった。
「私が今それを教えることはできない。だがいつか分かるだろう」
フィンは父の言葉の意味を理解できなかった。父はそれから間もなくして仕事へでかけていった。
近ごろ、父は帰ってくるのが遅い。初めのころは行き先を伝えてくれていたが、最近は言ってくれなくなった。というより、もはや聞きもしない。聞いても嘘をつくのだ。
嘘をついていると気づいたのは、父の友人であり仕事仲間であるモハメドと、父のことについての会話が噛みあわないことが多々あったからである。
ある日、こんなことがあった。
「ねぇモハメドさん、父は仕事が終わったら加工資材を購入しに港へ行くって言ってたけど、本当?」
「さあなぁ……。確かにどこかへ向かっておるようだったが、行き先は聞いてないからな」
「そっか……。ポニーが港では見てないって言ってたんだ」
「まぁおかしな話だな。あいつがお前に嘘をつく理由がわからねぇ」
父親への不信感を募らせていたフィンは、この日父のあとを追うことにした。
仕事を終えた父は湖岸沿いを早足で歩いていた。
(これは港とは逆方向だ……一体、何処へ向かってるんだ?)
フィンは低い姿勢を保ち木陰に身を隠しながら父のあとを追った。国境辺りに差しかかったとき、背後からフィンを呼びとめる声がした。
「やぁ、フィン。こんなところでなにをしてるんだい?」
呼びとめてきたのは、親友のユースフであった。
「やぁ、ユースフ。突然声をかけられたからびっくりしたよ……」
二人は挨拶代わりにハイタッチを交わす。
「それは悪かったよ。でも、こんなところでフィンを見かけるとは思いもよらなかったから、俺こそびっくりしたよ。それで、なんでこんなところにいるんだい?」
「実は今、父を尾行してるんだ」
ユースフはニヤリと笑いながら、フィンの肩に手をかけ言った。
「えっ! ドスさんを? そりゃあ面白い。俺も一緒にいいか?」
「あぁ、君がいてくれると心強いよ。ユースフ」
ユースフは仲間思いのいい奴だ。ついこのあいだ一五歳の誕生日を迎えたため、大人たちと同じ強制労働に駆りだされている。そのため、以前と比べて話す機会はめっぽう減ってしまったが、二人の距離感は変わらず、たまにお店にも遊びにきてくれる。
しばらくして国境沿いを歩いていた父は、周囲を確認しながら脇道にある坑道へと入っていった。
「急ごう! フィン。あそこの坑道は入りくんでいるから、気を抜くとすぐに見失っちまうぞ!」
「本当か? ユースフ!」
「あぁ、俺も最近配属されたばかりだから、まだ坑道の地図が頭に入ってねぇが、あそこが迷路のようだったことだけは覚えてるよ!」
二人は全力で走った。
見つからないように離れて尾行していたため、フィンが坑道の入り口に辿りついたときにはすでに父の姿はなかった。遅れて着いたユースフが残念そうに声をかけてくる。
「ハァ……ハァ……見失っちまったな、フィン。俺がもうちょっと早く気づいていれば……」
「これは仕方ないよ、ユースフ! そりより、今日は手伝ってくれてありがとう」
「良いってことよ!」
ユースフは両膝に手をついたまま、顔を上げ嬉しそうにニッと笑った。それから二人は、互いの近況を報告しあいながら来た道を戻った。
「フィン! また、やるんだろ!」
別れ際にユースフが声をかけてきた。
「あぁユースフ、その時はよろしく頼む」
二人はハイタッチを交わし別れた。




