第四四話 幻想の楽園
★★★〜幻精の森〜★★★
じんわりと暖かく柔らかな光。肌を優しく撫でる風。全身にゆっくりと溶けこみ染みわたっていく花々や木々の香り。そんな心地よさを感じながらステラは目を覚ました。
「もしかして……」
ゆっくりと体を起こすと、前方に緑色の景色が見えた。彼女は嬉しくなり、少しでも間近で見ようと急いで船首へ向かった。
「おはよう。ステラさん」
彼女がぼんやり前方を眺めていると、操縦室から出てきたハッシュが挨拶をしてきた。
「おはようございます。ハッシュさん」
「もうすぐですね……。 色々あったけど、なんとか辿りつけて良かった……。あっそうだ! この石は返しておきます」
そういってハッシュは、首から下げていたペンダントを外しステラへ手渡した。それは、航湖にあたり船を進める方向の指針として、ステラが渡していたあの深緑の石が入ったペンダントであった。
「ええ、ありがとう」
「それじゃあ……オレは上陸の準備をしてきます」
そう言うとハッシュは、操縦室へと戻っていった。
ハッシュが船首から去ると、ステラは再び前方へと目を向けた。彼女は夢心地であった。憧れの森が目の前にあり、あともうわずかで船が到着するのだ。
王城の高台広場から眺めると、掌に収まるほど小さく見えていた森が、今では彼女の目の前にあり、視界を埋めつくすほどに広がっている。
彼女はその存在感の大きさにただただ圧倒されていた。
船は辺りを木々に囲われた小さな砂浜へと上陸した。すかさずハッシュが船から降り、近くにあった木に綿縄を括りつける。
「よし! これで船は大丈夫だな! それにしても……最高だ!」
ハッシュはそう言いながら砂浜へと仰向けに寝転んだ。その姿を見て、我先にと子供たちも船から降りだす。
浜辺はまるで常夏の楽園のように、砂は白くサラサラとしていて、寝そべれば羽毛のようにふわふわと全身を包みこむ。湖は水底がはっきりと見えるほどに透きとおり、船はまるで宙に浮かんでいるかのようであった。
風が吹くと聴こえてくる木々のさざめきは、美しい音色を奏でる大自然のオーケストラのようで、その音色は長い船旅で疲れきった子供たちの心を癒した。
「わぁ……きれい……」
ステラは湖に煌めくものを見つけ水面を覗きこんだ。そこには透明な生き物がヒラヒラと泳いでいた。不思議な動き方をしていなければ、それは生き物なのかすら分からない。
「ふわふわと泳いで気持ちよさそう」
その生き物は美しくもがくように、ただ透明な湖の中を漂っていた。ゆっくりとだが四方八方に手を伸ばすように泳いでいる。
ザーーーッ
泳げど泳げどその生き物は同じ範囲を漂っていた。少し進んだかと思えば、押しよせる波にさらわれまた沖合いへと戻される。それを何度も繰りかえしていた。
「そこから出られないのね……」
その小さな生き物が陸に向かって泳いでいるのだと思った彼女は可哀想に思い、両手で包みこみながら優しく掬いあげた。そして、砂浜へと歩いていき降ろしてあげた。すると、生き物は水が地面に溶けこむのと同じように跡形もなく溶けて消えさった。
「うそっ……。もしかして、死んじゃったの……? ごめんなさい……」
彼女にはあの小さな生き物が、国外へ出ることができなかった自分と重なって見えていた。そのため、望みを叶えてあげたいという一心であったのだ。
彼女は自分のおこないを悔やみながらも、生き物が消えていった砂浜へ手を合わせ、祈りを捧げていた。
子供たちは変わらずはしゃいでいた。木に登って木の実を取ったり、目を輝かせながら昆虫採集をおこなう者もいた。
各々(おのおの)が初めて見る生き物や植物に夢中になるなか、トゥヴァはファリドへ花の茎で作ったミサンガをプレゼントしていた。どこか照れるファリドは少女のようで、可愛らしかった。
ステラが木陰に座り砂浜を眺めていると、近くにいたヌライが声をかけてきた。
「みんな、楽しそうね!」
「えぇ、まるで楽園だわ。絵本で読んだおとぎ話のよう」
「絵本……? どんな話?」
ヌライがステラの隣に腰かけながら尋ねる。
「<森ノ精霊>というお話なんだけど……あるところに、裕福な大人と貧しい子供の住む村があって、その村の子供たちはとても飢えていたの」
ヌライが相槌を打つ。
「でね、子供たちはあるとき、大人たちに内緒で祠の精霊に頼みにいったの」
「祠の精霊?」
「そう! 村の守り神とされていて祠の中にいるの。でね、祠の精霊は子供たちに言ったの。みんなの望みが同じであれば、試練を乗りこえられるだろう……って」
「試練?」
「そうよ! 大穴の試練というのだけれど、その村では大人になると、強い願いを一つだけ思いうかべながら大穴へ飛びこむという仕来りがあるの。子供たちは祠の精霊の話を聞いて、まだ大人ではないけれど、みんなで一斉にその穴へ飛びこむことにしたわ」
「結果はどうなったの?」
「子供たちが目を開けると、そこにはたくさんの果実や草木が生いしげった、まるで楽園のような美しい森が広がっていたの。そして、そこには森の精霊がいた。森の精霊は子供たちを歓迎したわ」
ステラは嬉しそうにつづけた。
「子供たちが望んだものは、宝石でも黄金でもなく、自由と幸せだった……。みんなが笑顔で過ごせることは、なににも勝る宝物なの」
「幸せ……か。アンカラは怖いところだったけど、みんながいたから生きていられた。みんながいなかったらって考えると……そうね」
「わたし……ドキドキしてきちゃった。この森に辿りつけるだなんて思ってもみなかったから……!」
「ステラ! わたしもドキドキしてきたわ! みんなで探検に行こうよ!」
子供たちは集まり森の探索について話しあっていた。
「全員で行くのはあまりに危険だ。小さい子たちは船に残して、数人で行こう。ルスランくん、君はどう思う?」
「賛成です。フィンさんでもきっとそうすると思います……。探索は年長者で行きましょう。鬱々(うつうつ)とした森の中では視界が悪く逸れてしまいそうですが、この浜辺にいればいざというときは船もありますし、安全でしょう。となると……年少の子供たちをまとめる人が必要ですね」
「あたしはファリドを推すわ。ファリドのやつ、最近なんだかんだ子供たちとよく話してるし、いい機会だと思うわ」
ポニーの意見に反対する者はいなかった。
話がまとまると子供たちは二手に別れ、探索を行う年長者たちは森の中へと入っていった。
「クルヴス、砂浜へ帰れるようにあんたちゃんと道を記録しときなさいよ」
「もちろんだよポニー。でもこんなにも……風景が変わらないと……少々難しそうだ……」
クルヴスは息をきらしながら答えた。
しばらく進んでいると突然、先頭を歩いていたサリーフの足が止まった。
「静かに! 水の音が聞こえる……川があるのかも」
「僕も聞こえたよ、サリーフ。行ってみよう!」
うしろを歩いていたルスランが答える。
辿りつくと清水の涌きでる小さな小川があった。水面には木漏れ日が差しこみ、煌めく薄緑の模様に覆われた上空では鳥の囀りが木霊する。
彼らはその美しい光景に気をとられていた、そのときであった。サリーフが腰に差した剣の柄に手をかけ叫んだ。
「そこのお前! そのまま動くな! 神妙にしていろ……!」
サリーフの目線の先には、小川のほとりで屈みこんでいる男がいた。どうやら川で手を洗っていたようであった。男は尖った麦わら帽子を被り、布でできた衣服を身にまとっていたのだが、その腰には小さな刀のようなもが拵えられていた。
サリーフを含め子供たちは、後ずさりをしながら距離を取った。
ピューーーッ
男が甲高い音で指笛を鳴らしたかと思うと、近くにいたのだろう数人の男たちが、どこからともなく現れた。
「まずい……他にもいたとは不覚!」
「剣を抜くのよ!」
サリーフとヌライは剣を抜き、ステラら非武装の仲間を守るように立ちまわった。
ルスランも遅れをとったが剣を抜いた。そして二人に伝えた。
「連中をまいてから帰ろう! ついてこられては困る!」
男たちは物凄い勢いで躊躇なく切りつけてきた。サリーフが叫ぶ。
「貴様らがその気なら、こちらも容赦はしない!」
サリーフは剣撃を弾きかえすと、素早くしゃがんで敵の懐に入り、おもいっきり腹を切りつけた。辺りに血飛沫が飛ぶ。
「死にたいヤツから出てこい! 自分は、人を斬ることを恐れないぞ!」
その姿を見て男たちが数歩だけあとずさりをする。サリーフはその瞬間を見逃さなかった。
「今だ! 逃げろ!」
サリーフの声を聞いた子供たちはいっせいにうしろを振りかえり走りだした。迫りくる追っ手を斬りふせながら走るサリーフの服は返り血で赤く染っていた。
次の瞬間一本の矢がサリーフの背中に突き刺さった。と同時にサリーフが倒れこむ。
「サリーフ!」
「振りかえらないでルスラン! 今はとにかく逃げなきゃ!」
ルスランはヌライの忠告を無視して振りかえり、サリーフの許へと駆けよった。見かねたヌライがそのあとを追う。
追っ手の男たちは三人を無視して通りすぎ、非武装の子供たちのあとを追っていった。
「サリーフ! 死ぬな!」
「うっ……。うっ……」
「良かった! まだ生きてるわ!」
サリーフは力を振りしぼりながら口を開いた。
「自分はいいから……今の……うちに……茂みに……隠れ……ろ」
「バカね……。あんたを置いていくわけないじゃない」
ヌライは目に涙を浮かべながらサリーフの肩を
優しく二回叩いた。その声を聞いたサリーフは安堵の表情を浮かべながらゆっくりと目を閉じた。
「ルスラン。急ごう。サリーフを引っ張っていくよ」
「そうだなヌライ! あっちの茂みへ行こう」
二人はサリーフを引きずりながら茂みへと向かった。
ドンッ
「痛っ」
「大丈夫か? ヌライ」
うしろ向きで引きずっていたヌライは、巨木に体をぶつけてしまった。ヌライは痛みを我慢しながらも再び歩きだした。しかし、すぐに立ちどまり叫んだ。
「ルスラン!」
「なんだヌライ! 早く茂みに隠れないと見つかっちゃうよ!」
「聞いてルスラン! さっき当たった木なんだけど、音や感触が軽かったの。もしかしたら中が空洞なのかも。ウチちょっと見てみるわ!」
「ちょっとまてよ。時間がないんだぞ! ……あぁもう少しだけだぞ!」
ヌライは観察しながら巨木の回りを一周することにした。すると、途中で足元に沈むような違和感を覚え屈みこんだ。そこには巨木の根があったが、押すと確かに沈みこむ感触が伝わってくる。
彼女が不思議に思い調べてみると、巨大な根のようなものは外れ、人が入れそうな小穴が現れた。彼女が巨木の根と思っていたものは、良くみると根を模して作られたカバーのようであった。
彼女は振りかえり叫んだ。
「ルスラン、入り口を見つけたわ! サリーフを連れてきて!」
★★★〜柵で覆われた場所〜★★★
ステラはぼんやりと目を覚ました。どうやら気絶していたようだ。辺りを見わたすと、子供たちが眠るように地面に倒れており、四方は檻のようなもので囲われていた。彼女らはその中に閉じこめられていたのである。
だんだん感覚が戻ってくると全身が痛みだし、頭に触れると少し流血しているようであった。次第に意識が朦朧としだし、彼女は再び気を失った。




