第三二話 船の墓場
数日後、フィン、ルスラン、ポニー、ステラの四名は、一人立ちしたハッシュの許を訪ねた。そこはおよそ新卒の一人暮らしの家とは思えないほどの邸宅であった。フィンがハッシュへ尋ねると、これがリエール王国の中流階級の暮らしだと彼は答えた。
フィンは、自分たちを受けいれてくれたハッシュに礼を告げた。
「ハッシュさん、感謝申し上げます。本当に恩に着ます」
その横でルスランがフィンを真似て頭を下げる。
「ハッシュさん。ありがとうございます」
「あ、あぁ。良いのさ」
つづけてポニーも礼を言った。
「本当にありがとう。助かりました」
「良いんですよ。貴女たちを助けることができて自分が誇らしいです。お名前をお聞かせ願いますか?」
「ポニーです」
「会えて光栄です。貴女はとても自信に満ち溢れていてとても気高く見えます。まるで貴女はかつてこの国で活躍した女性の英雄……」
彼は饒舌に話しつづけた。フィンやルスランが邪険に扱われているのを見ていたポニーは、ハッシュに対し良い印象を持てなかった。
その日フィンたちは、ときおりハッシュに意見を求めなから今後の作戦を話しあった。
フィンたちがハッシュ邸へ訪れた日から数日が経ったころ、ハッシュは街中で衝突事故を起こした。
乗馬しながら街道を移動していたところ、脇道から飛びだしてきた子供に驚いた馬が暴れ、民家に衝突したのだ。状況的に彼に非はなかったが、それでも調査をされることになった。
その際、憲兵は悍ましい容姿をした狼のような生き物を従えていた。その生物の顔は硬い皮膚で覆われており、長く裂けた口から見える牙は密集して生えていた。そして、敵を威嚇するかのように体毛は逆だち、目はまっ赤に燃えているかのようであった。
また、ときおり聞こえてくるうなり声は、身の毛もよだつほどであり、まるで悪意に満ちた罵詈雑言のように、聞いた者の生きる気力を奪うものであった。
「あーほらほらそんなに騒ぐなヘルハウンド。こいつは街の住民だぞ」
「ヘルハウンド……?」
ハッシュが恐る恐る尋ねる。
「どっかの地方の言葉さ。意味は……地獄の番犬……だったかな。にしてもこいつ、なんでこんなに吠えんだ?」
ハッシュはなにか嫌な予感がした。
(もしこの生物の嗅覚が鋭く、ステラたちの匂いを知っているのなら、オレの服についた彼女らの匂いに気がついているのかもしれない)
「ヘルハウンドなんて初めて見ました……」
「祭りのあいだだけ警備にな。最近は国境にいたんだが……コラッ鳴きやめ!」
ヘルハウンドが鳴きやまなかったため、憲兵は規約に従い、巡回している高級武官の派遣を要請した。数十分後、エピロス近郊を巡回中だった高級武官が、指揮下の重装騎兵とともに駆けつけた。
「高級武官殿、ご足労様です」
憲兵は規約どおりの挨拶をした。
「ご苦労様。単刀直入に聞くが、どこから連れてきたヘルハウンドだ?」
「このヘルハウンドは国境にて従事していました」
「そうか……認識番号がほしい。反応を示した記録を読みたい」
「失礼ながら開示請求のためにお名前を頂戴したく存じます」
「失礼。私はルース重装騎兵隊長だ」
ΦΦΦ~エピロス周囲の茂みの拠点~ΦΦΦ
そのころフィンは、茂みの中の拠点で、調査から帰ってきたサリーフと話をしていた。フィンの指示でサリーフは、廃棄された船が一箇所に集まる場所、通称<船の墓場>の調査をおこなっていたのだ。
それは、船着き場のすぐ近くにあり、湖に面してはいるが、周囲を聳えたつ岩壁に囲われた場所にあった。そして、その場所には数十隻もの使われなくなった船が日々朽ちていきながらも浮かんでいるのである。
「大小さまざまな旧式の船がありました。正しい知識があれば動かせます」
「動くのかな……。墓場と言われているほどだ……どこか壊れているのだろうか……そうだとしたら、直すだけの知識や材料もない……」
「ご安心を。墓場にあるのは、速度が出にくい型落ちした船のようです。力の伝達能力が悪いとのことで……」
「ありがとう。より優れたものと代えられただけで、船自体は現役で使えると……。それで森まで……ん? 遠くでやけに整然とした足音が聞こえる。何事だ……!」
フィンは音のする方を見つめ、憲兵がこちらへ向かっていることに気づいた。
「サリーフ、退避行動だ! 訓練通りに子供たちを連れ出すんだ!」
「どこへ向かえば……?」
フィンは逡巡した。このまま茂みの中に身を潜めておくほうが良いか、あるいはエピロスの街の外にあるスラム街や旧市街地跡へ潜むべきか。
彼らがここへ来てわずか十数日、全員が忙しく情報収集や食材収集などに勤めており、有事のさいにどこへ逃げるかを決定しそこねていた。
フィンは、まるで時がとまったかのように、一瞬のあいだに多くのことが頭をよぎった。こんなにも早く危機が訪れるとは思わず、後悔の念が押しよせる。
「船の墓場だ! 下手に逃げれば皆が捕まる! 僕たちの存在が知られたのだとしたら、尚更この街に長居はできない。指笛を鳴らせ! 皆を集めるんだ!」
「分かりました!」
フィンは身が震えているのを感じた。まだ準備のできていない状況で船の墓場へ向かうというのは、一か八かの賭けであったからだ。彼は不安により硬直した全身の力を抜き、そして深呼吸をした。
(訓練通り皆はすぐ集まるはず……。そして、船の墓場へ向かって、船に乗り込んで……大丈夫……大丈夫……! その後は、石の示す光の道標に従って進むだけだ)




