第二九話 幽霊の正体
~~リエール王国 エピロスの街~~
リエール王国の東の国境付近に位置する街、エピロス。港に近いこともあり人口は王都よりも多く、街には人々が密集して暮らしていた。また、街は山のように高い城壁に四方を囲われていおり、リエール王国に存在する街は、すべてそのような造りであった。
この日、エピロスの城壁に組みこまれた側防塔の階段を登り、展望台へと向かう一人の青年がいた。
「衛兵の奴らマジでウゼェ。でも祭りの最中にこんな僻地に配属されたんだ。イラだってもしゃーねぇーよな」
彼はブツブツと小言を繰りかえしながら、展望台へと辿りつくと煉瓦造りの街を上から眺めた。
「まじ、なんもねぇーな」
彼はしばらくボーッと街を眺めたあと、今度は振りかえり、目線を王都へと向けた。
「祭りか……王都に行きてぇや」
彼はそう呟くと、フェンスをよじ登り、塔から飛びおりた。
ビューッ
両手足を目一杯広げ、滑空服を起動させる。
シュルルルルーッ……バンッ
すると滑空服が広がり、ムササビのようにゆっくりと空の上を滑りだした。
「いつもの場所に着地するか」
彼はゆっくりと滑空していき、やがて茂みの中のポツンと開けた土地に着地した。そしてそのまま、頭に手を置き、大地を背にして寝ころがる。微風に運ばれてくる草木の香りを感じながら、彼は呟いた。
「あーあ、いっそエディルネに行って酒でも呑むかー。いや呑み飽きたな」
リエール王国の中心部にある王都では現在、六年に一度の祭りがおこなわれている。神器である<繁栄ノ鏡>をジン王国からリエール王国に譲りわたす祭典だ。そのため、多くの国民は王都に駆けつけて祭りを楽しんでいる。そんななか彼は祭りには行かず、エピロスで暇を持てあましていた。彼の小さなプライドが、行くことを許さなかったのである。
「お袋も親父も……祭りは子供の行事とかほざきやがって……行ったらまた家でバカにされんだろうな……。行けねぇじゃんか……」
彼はボソボソと独り言をつづけた。
「この性格変えたいなぁ。金はくれるとは言え、なんであんなクズ両親の小言を気にして王都に行かねぇんだオレ。子作りしか能がねぇから育児放棄してきたヤツらの小言なんか、ムシすりゃいいのに……腐っても両親なんだよなチクショー」
彼は起きあがり、髪をボサボサにするほど掻きむしったあと、叫んだ。
「だぁぁもう! どうしたら良いんだよクソがぁぁ!」
うさ晴らしに叫んだ彼は、急に鳥肌がたった。
「今の誰だ……? 悲鳴のような声が聞こえたゾ……? ま、まさか……ゆゆゆ、幽霊……!」
驚きのあまり彼は凍りついた。それもそのはず、この場所は彼が滑空中にたまたま見つけた場所であり、今まで自分以外の人が立ちいったところを、見たことがないのだ。ましてや悲鳴など、こんな場所で聞こえてくるはずがないのだ。
彼は恐る恐る、音のした巨大な岩の方へと近づいていった。目の前の岩の裏を覗けば、音の正体が判明する。彼は歯を食いしばり、意を決して岩の裏を覗きこんだ。
「……」
そこには誰も居なかった。
「な、なんで誰もいないんだよ……!」
黒鳥が数羽、勢いよく飛びたった。
「ヒィィッッッ!」
驚きのあまり思わず後ろへ仰けぞったその瞬間、木の枝を手にした少年が勢いよく駆けこんで来た。
「ごめんなさぁぁい!」
少年はハッシュの顔面を目がけて枝を勢いよく振りぬいた。ハッシュは気絶しそうになったものの、踏みとどまり、意識を朦朧とさせながらも少年の持っていた枝を奪いとり、胸ぐらを掴んだ。
「ってぇなクソガき! いきなりなにしやがんだ!」
「ご、ごめんなさい……!」
苛だつハッシュが少年に手をかけようとしたそのとき、それを制止する少女が現れた。
「やめてください! その子はなにも悪くありませんわ! わたしたちを守ろうとしてくれただけなのです!」
「来ちゃダメです! ステラさん! 隠れて……!」
ハッシュは必死に少年を守ろうとするステラを見つめたまま、動きをとめた。そして少年を解放すると、彼はすっとぼけた。
「こ、子供を殴る訳ないでしょう……ヤだなぁ」
彼はうすら笑いを浮かべながら、鼻の下を伸ばしていた。
「ありがとうございます……。ファリドさんこちらへ!」
ステラはファリドの体を心配しながらも、ハッシュを警戒して見つづけていた。
ハッシュは自分を見つめるその潤んだ瞳に、なにを勘違いしたのか赤くなった。そして衣服のポケットに両手を突っこみ気どった顔をしながら、ステラを見つめかえした。
ステラは眉間にシワを寄せながら、口を開いた。
「わたしたちのことを誰にも話さないでください……さもなくば……」
「あぁ……安心してくれ。君と僕の、二人だけの約束だ。でも一つ条件があるステラさん」
「なんでしょうか……?」
「また貴女に会いたいです。明日、一人でここに来て。返事はいりません。でも断ったら貴女たちのことをオレは誰かに……フフッ」
彼は鼻に寄せた気どった声でそう言い放つと、その場から去っていった。
帰りぎわ、ポケットから片手を出して、彼女の方を振りかえらずに手を振る。彼は自分に酔っていた。
彼は街へ戻ると、友人と店でボードゲームに興じながら、さっき出あった少女の話を少しだけした。
「さっき出あった女、オレのこと見つめちゃってー。ありゃ惚れてるな。賭けても良い」
「その女の存在を誰が信じるね」
「ホントだっての」
「じゃあ賭けろよ。この賭けに勝ったら、信じてやる。さぁ、賽は投げられたぞ」
友人に挑発されたハッシュは大きく賭けに出た。そして、大損して恥をかいた。昼間からやることもなく享楽にふける彼は、店から出ると溜め息をこぼした。
「はぁ……。暇だなぁ。勝っても嬉しくねぇし、負けても、イタくもカユくもねぇよ。暇だなぁ」
享楽/快楽を味わうこと。"きょうらくにふける"




