第三十話 エピロスデート
ΦΦΦ~リエール王国 エピロスの街~ΦΦΦ
フィンは、ポニーとともに街の郊外へと向かった。そこには住宅街が密集していたが、人気はなく、二人はその中から住人不在の家屋を見つけ、屋内へと侵入した。それはアンカラでは豪邸の部類に入る屋敷であったが、リエール王国では一般的な住宅であった。
二人が家屋へと侵入したのは、身なりを整えるためであった。アンカラの服装では、街で情報収集をおこなうときに、街の住民に紛れこむことができないのだ。
適当な服を数着拝借しつつ、フィンはなにげなく机の上にあった一枚の置き手紙を読んだ。
「愛する子供達へ……明日の朝には戻るので一緒にお祭りへ行こう。それまで家政婦の言う事をよく聞いて、良い子にしてなさい……か」
「なにしてるのフィン。あまりここに長居はできないよ!」
「そうだね……。すまないポニー……」
家屋の外へ出たフィンとポニーは軽く話しあったすえ、二手に分かれて調査することとなった。
街の周囲が高い壁に囲われているためか、日常生活に危険を感じることのない人々の表情は穏やかであり、疑われて捕まる危険は極めて少なく、情報収集が容易なことが伺えた。また、この街の大きさはアンカラの倍はあり、時間的観点からも手分けして情報収集をおこなう必要があった。
フィンは街に溢れるすべてのものに目を奪われていた。煉瓦造りの洗練された街並みに、空に向かって立ちならぶ建物の数々。思わず見あげてしまうほどのその洗練具合に、彼は高揚感を抱いた。五感で感じるすべてのものが、ジン王国にはない新鮮味で溢れていた。思わず笑みがこぼれるも、彼はすぐに現実に戻った。
「遊びに来たんじゃないんだぞ……」
気を取りなおして、人々を観察しながら街をねり歩いていると、すれ違う人々は老いも若きもみな幸せそうで、それは、もはやジン王国にいた人々と同じ人間には思えないほどであった。
そのことに悔しさを感じながらも、『もしこの地で生まれていたなら』と広がりだした思考の根をとめることはできなかった。
ドンッ
突然、肩になにかがぶつかりフィンはとっさに身構えた。地面にはローブをまとった小柄な子供が、四角い塊を持ったまま倒れていた。
フィンがその塊を触ってみると冷たく、薄紅色に滲んでいることから、どうやら凍った肉の塊を布で包んだもののようであると分かった。
「あの、大丈夫かい?」
フィンが尋ねると子供は、即座に起きあがり、足早に去っていった。懸命に走るそのうしろ姿を眺めていると、後方から大人の男たちが子供のあとを追って駆けぬけていった。
「こんな場所でも、食うに困る人は居るものなんだな……」
そう呟く彼の耳に入ってきたのは、周囲の人々の言葉であった。どうやら盗みを働くのはスリルのためであり、若者の娯楽らしい。
「理解できないな……」
街にはほかにもジン王国にはないもので溢れていた。彫刻や壁画などの芸術がそこら中に溢れるなか、壁に貼られた一枚の募集要項が目についた。
「造船に従事する技術者募集……。造船所があるのか……さっきすれ違った人が言ってた<船の墓場>というのも気になる。今度調べてみよう」
フィンは、日が暮れる前に情報収集を切りあげ、ステラたちの待つ茂みへと向かった。
「みんな無事みたいで何よりだ。ポニー、何か収穫はあった?」
「どこも祭りの話題で持ちきりね。あと数週間は憲兵が多いから、下手に動かずここに身を潜めるが吉ね」
サリーフがすかさず返す。
「自分はその考えには同意しかねます。ここにいてはいずれ餓えてしまいますし、万が一見つかれば逃げられません。一刻も早く船を確保し、港を出るべきです」
サリーフは、地面に置かれた少量の食材に視線を落としながら言った。
「サリーフの意見も一理あるね。でも、ポニーが言ったとおりここに身を潜めていれば、憲兵に見つからずに時間を稼げそうだ。それまでに船を調達しなければならない。それと、湖を渡るためにも食材収集は重要な課題か……。ステラ、誰にも見つからずにこの場所で目標とする量を確保できると思うかい?」
妙な間が空き、フィンは嫌な予感がした。
「そ、それが……」
ステラは事の顛末を話し、フィンに判断を仰いだ。
「そんなことがあったのか。憲兵じゃなくてよかったよ……。そうだな……その青年が取った態度の意図が全く読めない。それに女子供のみなのにわざわざ一度引いた理由もだ……」
「ねぇフィン、わたし明日会ってみようと思うの。もしかしたらあの人……わたしたちに味方してくれるかも……?」
「どうしてそう思うんだい?」
「あの人もしかしたら……わたしに好意を持ってくれているのかも……? もしそうだとしたらすべて合点がいくし、わたしたちが森へ向かうためにこれは必要な気がするの」
フィンは好意という概念が理解できなかった。それはフィンだけではない。常に生きるか死ぬかの世界で生きていたアンカラの子供たちにとって、ロマンスは理解し難いのである。
フィンはステラの直感を信じ、運命を委ねた。
翌日、茂みに囲われた草原に一人で待つステラを訪ねて、昨日の青年が茂みの中にある細道から現れた。青年は革製の靴を履き、おしゃれなカーディガンを身にまとい、着飾っていた。
「お待たせしましたお姫様」
気どった青年の言葉にステラは驚いた。身分がバレたのかと一瞬焦ったが、それが青年による詩的な言いまわしであること察し、心を落ちつかせた。しかし、驚きにより顔を背けたその一瞬の動作が、青年を勘違いさせ、さらに調子づかせた。
青年はぎこちなくも、紳士的な立ちふるまいをしながら、自分自身に酔っているようであった。しかしその姿勢には確かな優しさがあり、徐々にステラの警戒心を解いていった。
「そ、そういえばお名前を聞いていませんでしたわ」
「やっと興味を持ってくださいましたね。オレはハッシュです。ハッシュ・クセナキス。あなたは?」
「ステラ……ですわ」
「それは知ってます。姓は?」
ステラは焦った。姓を名乗れば、自身が王族であることをさらしてしまう。焦ったステラはパッと思いついた姓を名乗った。
「ア、アンカライト! ステラ・アンカライトですわ!」
「以後お見知りおきを……」
フィンたちは岩陰に隠れてステラを見まもっていた。二人は少し話しこんだあと、青年の通ってきた道の方へ歩きはじめた。途中、ステラがうしろを振りかえり、人差し指と親指の先端をくっつけて合図を送ってきた。
「一人で大丈夫ってことかな?」
「どこに行くんだろう……」
「街に行くんだろうよ。余分に服を確保しといて良かったね。フィン」
「そうだねポニー。尾行といきたいところだけど、ここは……ステラに任せるしかないな」
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リエール王国憲兵・・・リエール王国の秩序の維持を主任務とする兵隊。




