第二七話 思いこみ
ΦΦΦ~エディルネの酒場~ΦΦΦ
午前、零時をまわり、町の住人たちが寝しずまったころ、フィンは荷物部屋で寝ていたみんなを起こした。
「ステラさん! 作戦決行の時間になりましたよ」
「ううん……もうそんな時間なの? ……おはよう……ルスラン」
よほど疲れていたのか、なかなか起きないステラをルスランが揺さぶり起こす。
フィンは、全員が起きたことを確認すると作戦の概要について話しだした。
「ここからは、二班に別れてエディルネ北部……町外れにある駐屯地へと向かう。一班から三班は僕が先導する。四班から六班はサリーフ、よろしく頼む」
「はい!」
「僕らの班を見失わないように、後から少し離れてついてきてくれ」
フィンは、みんなの顔を見ながら声の音量を落とし言った。
「ここからは、極力物音は立てずに行こう。話すときは小さな声で! 分かったかい?」
「はい! !」
フィンの言葉に子供たちは一斉に返事をした。
「し……ず……か……に! じゃあ、行こうか」
フィンは合同一班を先導し、裏口から外に出た。
外へ出ると、町の明かりは消えていたが、空に浮かぶ月や星々の明かりで、視界は確保できる状況であった。
それから一行は、小一時間かけて駐屯地付近までやってきた。
「クルヴス……地図を頼む」
フィンの側にいたクルヴスが、腰に身に着けていた小物入れから地図を取りだす。
「今はこの辺りだから、ここから西に進路を変えて、予定どおり巨大樹から乗り移って駐屯地内に入ろう」
クルヴスがコクりと頷く。
それから一行は進路を西へと変え巨大樹を目指した。
「あれ……ここら辺りのはずなんだけどな……」
「おかしいな……地図は精巧に作っているはずだけど……フィン、地図を貸してくれないかい?」
「ああ……」
そう言ってフィンはクルヴスに地図を渡した。
「あ……これ……西にあるのは巨大樹じゃなくて、巨大石だ。巨大樹があるのは東だよ」
それをうしろで聞いていたルスランが、青ざめた表情をしながら割ってはいってきた。
「まさか、そんな……。僕は西側にある格納庫の横の巨大樹から侵入可能と書いていたはず」
地図には確かに侵入可能と書かれていた。しかし、それは西にある巨大石を指して書かれており、ポニーからの聞きとりのさいに格納庫に近い方から侵入するのだろうと思いこんで書いたルスランのミスであった。
「ルスラン……。この絵は、巨大樹じゃなくて、巨大石だよ……」
ルスランが周囲を見わたすと、外壁から離れた位置に巨大な石の固まりが見えた。
「僕は、なんてことを……!」
ルスランがその場に膝から崩れおちる。
「ルスラン。気を落とさないで……」
ステラが、うなだれるルスランの背中をさすりながら慰める。
「今から東の巨大樹に向かったとすると、恐らく……時間が少し足りない……。格納庫は目の前なのに……どうしようか……」
フィンたちが考えこんでいると、灰桜色の髪をした少女が声をかけてきた。
「フィン、なにかあったの?」
「ああ、トゥヴァ……。この壁の向こうに馬車の格納庫があるんだけど、想定外の事態が起きてしまって、何とか侵入する方法を考えているんだ」
「そう……なにか方法はあるの?」
「ああ……あるのはあるんだけど……時間がかかりすぎて……皆を危険に晒してしまう」
トゥヴァは少しの間考え込み、口を開いた。
「ここから少しだけ北に行くと、子供だけが通りぬけられる……駐屯地内に繋がる小穴がある。そこだったらどうかしら?」
「それなら……うんん! 大丈夫そうだ」
フィンは、トゥヴァへの信頼から提案を受けいれた。
トゥヴァの案内に従い、一行は小穴へと向かった。その道中、フィンはトゥヴァに尋ねた。
「トゥヴァ、さっきはありがとう。助かったよ。それにしても、クルヴスやポニーでも知らなかった小穴の存在をよく知っていたね」
「いいのよ……役に立てて良かったわ。そのことについてだけど……」
それからトゥヴァは、小穴を見つけた経緯について話しはじめた。
トゥヴァは、その雰囲気や容姿から子供たちにも好かれていた。とくに年下の女の子からの彼女に対する憧れは凄く、毎朝、彼女に挨拶をすることがエディルネに住む女の子たちのなかでは日課となっていた。
彼女はある日、子供たちと挨拶を交わすなかで、とある違和感に気づいた。
はじめのうちは気にもとめていなかったが、徐々に挨拶をしに来る彼女らの数が減っていったのだ。無論、彼女らの顔を覚えていたトゥヴァは、町中でも出くわさないことに不信感を抱き、その原因を突きとめようと奔走した。
「それでね、彼女らを拐った衛兵たちが、その小穴から……」
「それ以上は言わなくていい……辛かったね」
涙を浮かべるトゥヴァにフィンは優しく言葉をかけた。
拐われた子供たちは、外へ出れず鬱憤の溜まりやすい駐屯地内の衛兵たちの許へと秘密裏に運ばれており、それには、小穴から駐屯地内へ通すという方法が取られていた。
駐屯地内へと入った少女たちの中には、衛兵に気に入られ娶られる者もいたが、それ以外の者は、衛兵らに弄ばれ殺されるという運命を辿っていた。
「たしか……ここら辺……」
トゥヴァが外壁の周りの草を掻きわけると、そこには子供なら背を屈めば通れる程度の小穴があり、駐屯地内へとつづいていた。
「これは気づかなかったな……トゥヴァを一班目に入れておいて良かったね。フィン」
クルヴスがフィンに話しかける。
「ああ……初めは弟のファリドと同じ班を考えていたが、エディルネに詳しい者をと思って、此方に着いて来て貰っておいて正解だった」
一行は駐屯地を囲む外壁に沿って馬車のある格納庫へと向かった。
格納庫の中には、翡翠や琥珀に彩られた馬車が、数十台と置かれていた。
少しすると、サリーフの率いる合同二班も合流し、一同は分かれて、各々が馬車の荷物入れの中へと入っていった。
「あれっ……全然開かない」
「どうしたヌライ。あとは君だけだ」
荷物入れの扉の解錠に手間どるヌライの許へサリーフが駆けより、扉の留め具をガチャガチャと音を立てながら力ずくで開けようとする。
「サリーフ。そんなことをしても……」
ギギィーーギィー
突然、格納庫の扉が開いたため、二人はとっさに馬車の影に隠れた。
「なんか、物音がしなかったか」
「そうか? ここは駐屯地内だぞ? 物音がしたといっても、どうせいつもみたいに小動物だろ?」
「それは、確かめてみないと分からない」
頭にヒジャブを巻いた二名の兵士が、格納庫内へと入ってくる。
刃が歪曲した剣を帯刀している姿を見て、サリーフはヌライに小声で言った。
「シャムシールとは、奴ら正規兵だ。恐らく……駐屯地内に常駐する者たちだろう。異変があればすぐに気づくはずだ」
「そうだねサリーフ。うちもそう思うよ」
二人は息を殺し、馬車と一体化するよう空間に溶けこんだ。
タン タン タン タン
先ほどまで、サリーフたちが荷物入れの扉を解錠しようと試みていた馬車の前で、正規兵の足がとまった。
「ここが、怪しいな」
「んー。どれどれ」
ガチャガチャガチャ
「全然開かないな……もう戻……」
「フンッ!」
チャギーーン
鋭い眼光の兵士が剣を振りおろし、荷物入れの留め具を叩ききった。
「おっ……おい危ねぇーじゃねぇーか! それにこれは、“お” “う” “ぞ” “く” の馬車だぞ! 勝手に壊すなよ……。怒られるのは俺なんだぞ……? まったく……」
上司と思われるその正規兵は荷物入れの中を覗き確認する。
「ほら見ろ……食い物しか入ってねぇよ……。はい。異常なし。剣は仕まえ! それに……勝手に抜くな! ほらっ、戻るぞ!」
そう言うと男は荷物入れの扉を閉め、鋭い眼光の兵士をつれて格納庫を去っていった。
シャムシール・・・わずかに曲がった細身の片刃刀。ジン王国に伝わる伝統的な武器。
ブックマーク・いいね頂けると励みになります。




