第二一話 星の輝きに
暗闇の中、月明かりを頼りに、ステラの手を引きクルヴスらの待つ洞窟へと走るフィン。彼は、開けた道を避けながらも、可能な限り近道を選んでいた。
ガッガッガッガッ
さきほどまで二人が走ってきた通りの方から、馬の蹄の音が聞こえだした。遣りすごすため、急いで物陰に隠れると、松明を持った数人の兵士からなる騎馬隊が、フィンたちの目指す洞窟がある方向へ駆けぬけていった。
「もしかして……サリーフらが捕まって口を割ったのか……いやサリーフに限ってそんなことは……!」
「ごめんなさい。やっぱりわたしのせいで……クルヴスさんまで捕まってしまうかも……!」
ステラは自責の念に駆られて目が泳いでいた。声を震わせながら鼻をすすり、目には月明かりに照らされた涙が燦然と浮かぶ。
ステラを慰めていると、今度は別の方向から馬の蹄の音が聞こえてきた。
「人海戦術……なるほど、やつらは君を探しているんだ。各方角に小部隊を配置して、徐々にその包囲網を狭めていく。気が付かなかっただけで、通りの反対側も大勢の兵士が捜索し始めているだろう」
フィンの推測どおり、徐々に馬の嘶きや兵士の声が聞こえはじめ、敵が迫ってきているのがわかった。下手に進めば兵士に見つかってしまう危険性がある。まさに、四面楚歌であった。
「あの建物の中へ! 敵が去るまで潜んでよう!」
二人は向かいにある建物へと入り、狭い暖炉の中に身を潜めた。外からは徐々に近づいてくる兵士の声や足音が聞こえてくる。
暖炉内は、子供二人潜むのがやっとなほど狭く、暗かった。そんな状況からかフィンは心做しか安堵していた。それはステラも同じであった。
二人は不思議な感覚を味わっていた。まだ助かってもいないのに、妙に落ちついている。閉鎖的な空間に身を潜めているからだろうか。少し肌寒い外とは異なり、外気と遮断されていて暖かいからだろうか。
二人は密着しており、互いの体温が直に感じられる。
フィンは、ステラの鼓動がまだ少し早いのを感じとっていた。
「まだ怖いかい?」
「ううん……わたしぜんぜん怖くないよ……あ、すみません馴れ馴れしい言い方しちゃって……!」
「気にしないで。礼儀なんて気にしてる場合じゃないでしょ?」
「あ、あ、ありがとう……」
ステラは、フィンを見つめた。瞳孔を目一杯に見開き、薄暗い空間にあるわずかな明かりを取りこみ、フィンへと視線を向ける。彼女はフィンに不思議な感情を抱いていた。こんなに身の危険に晒されても冷静に的確な判断ができる彼から、目が離せなかった。
しばらくすると物音もしなくなり、安全だと判断したフィンはステラに声をかけた。
「そろそろ出ようか。洞窟まで急ごう。ステラ、行けるかい?」
「うん、フィンさんがいるから……!」
「さん付けなんて要らないよ。友達だろう?」
「う、うん……! 行こう、フィン!」
フィンは暖炉から出ると、彼女の手を引いて、周囲を警戒しながら洞窟を目指した。
辿りつくと、そこにはクルヴスがいた。
「無事で良かった。みんな捕まったのかもって心配だったんだ。サリーフとヌライは……?」
「分からない……でもなにが起きても全て覚悟の上だろう?」
「まぁね……。今ルスランが、廃鉱までの道が安全か確認してくれているよ。戻ってきたら僕たちも行こう」
そんな会話をしていると丁度ルスランが戻ってきた。彼は、薄暗い中でも見てとれるほどに曇った表情をしていた。
「どうしたんだルスラン。なんでそんなに暗い顔をしているんだい……?」
「クルヴスさんに教わった廃鉱の入り口は……崩落していて、とても人が入ることはできない状態でした……!」
その言葉はつまり、ステラがルーダン王国へ帰れないことを意味していた。なぜなら、ジン王国からルーダン王国へと渡る手段で、現状残されているのは正規ルートのみであり、その場合ルーダン王国へと渡る前に即座に捕まってしまう。また、ステラが身につけていた衣服はトロッコにあるため、王女であるという証明もできず、衛兵を買収し国境を渡る手段でさえとることができないのだ。
ステラは、頭の中がまっ白になり、膝から崩れおちた。フィンがとっさに受けとめる。
もう二度と王城へは帰れない。高台広場で花を愛でることも、城下街で人々と手を振りあうことも、ふかふかのベッドで眠ることもできない。なにより、バーバラにもう会えない。<森ノ精霊>を読んでもらうことも、優しく抱きしめてもらうこともできないのだ。
ステラの大きな瞳から、一縷の涙が流れた。
そんな彼女を見かねて、フィンは肩を優しく支えながら、薄暗い洞窟を出て、月明かりに照らされる岩影に隠れた。気持ちが塞がる経験を何度も重ねてきた彼は、こんなときに暗い場所にいるのは好ましくないことを知っていた。思いやりゆえの行動であった。
うつむき、声を殺し泣きつづけるステラ。フィンはなにも言わずただ側にいつづけた。ときどき背中を擦っては、彼女の心身に寄りそった。
彼は、彼女と自分を重ねていた。父や親友を失い絶望の淵に立たされたとき、ポニーやクルヴスが今の自分と同じように、向きあい支えてくれたことを思いだしながら。
やがて泣きやんだステラにフィンは告げた。
「もう家へは……帰れない。でも君をこの町に残すこともできない」
「うん分かってるよ……」
「君を危険な目には遭わせたくないけれど……!」
ステラは苦悶の表情を浮かべるフィンに、涙を拭い精一杯の笑顔を見せた。それは彼女が、ともにジン王国を抜けだすしかないという現実を受けいれたことを示唆するものだと、フィンはすぐに察した。
ステラは、迷いが吹っきれたことに、清々しささえ感じていた。夜空を見あげ彼女は呟いた。
「星は心が暗いときこそ、輝いて見えるのね」
美しいものばかりが揃うルーダン王国では、星さえも霞んで見えた。しかしアンカラで彼女は、初めて星の輝きを知った。それはまるで、星の居場所を暗示しているかのようであった。
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