第二十話 救出作戦
「なぁフィン、助けに行きたい気持ちは分かるし、人としてそうすべきなのも分かる。でも、わざわざ君が、その危険を犯す必要があるのかい?」
クルヴスの懸念はもっともであった。ただでさえ救出行為は危険であり、それに、カイゼル髭が絡むとなると危険度は数倍に増す。苦楽をともにしてきたアンカラの住人であるならまだしも、知りあって間もない彼女のために、そこまでして危険を犯す必要かあるのかはなはだ疑問であるからだ。
クルヴスの問いかけに対し、フィンは一瞬迷いが生じたが、すぐに言葉を返した。
「損得じゃないだろクルヴス。それに少女の一人も救えずに、子供達を守りながら国外へ脱出なんてできるはずがない。これは良い機会だよ……クルヴス」
「でも、相手はカイゼル髭の悪党、ギョクハンだぞ……救出中に見つかりでもしたら殺されるのは当たりまえだし、腹いせに親族皆殺しだってあり得るんだぞ……!」
「クルヴス……! そんな国だから僕達は抜け出すんだろ……? そして、そんな国にステラを置いては行けない……!」
話しあいをする二人のもとに、隣の部屋で聞き耳を立てていたルスランがやってきた。
「ステラさんを助けに行くんですか……?」
「あぁ……」
「いつですか、フィンさん」
「可能なら今夜だ。猶予がないんだ。一刻を争う」
三人は黙りこんだ。張りつめた重たい空気が流れるその空間では、かすかに呼吸音が聞こえるのみであった。
沈黙を破ったのはルスランであった。
「僕も行きます……!」
ルスランは、強い決意の眼差しをフィンへと向けていた。その覚悟を受けいれるように、フィンは頷いた。
「一緒に行こう……。クルヴス、君はどうするんだい?」
「……見殺しにはできない。僕も協力するよ」
それから三人は計画を練った。話しあいのすえ、クルヴスとルスランが、明るいうちに下見に行くこととなった。廃墟の家屋が建ち並ぶ中で、人の出入りがある建物を確認するのだ。
二人が鹿ノ崖まで下見へ出発すると、フィンは子供たちの訓練を終えたばかりのサリーフの許へやってきた。ルスラン同様、彼にも救出に加わってもらおうと考えたのだ。
フィンは救出作戦の一切をサリーフに話した。
「自分はこの数日間で要領を掴んだ気がします」
「子供達はなつい……てはいないけれど、もう初日のように君に怯えてはいないね」
サリーフは頷きながら答えた。
「今夜はヌライを同行させます。自分と違って、人を励ましたり慰められる子です。きっと役に立ちます」
その日の夕方、フィンは下見から戻ったクルヴスの報告に耳を傾けていた。ゴーストタウンと化した集落で、唯一、人が出入りする建物を見つけたのだ。フィンはそこに目星をつけた。
空に浮かぶ光源体が西へ沈むと同時に、それよりも薄暗い光源体が上空に現れ、空一面に散らばっていた小さくて微弱な光源体が見えはじめる。人々は、そのもっとも明るい光源体を太陽、薄暗い光源体を月、そして、空一面に散らばった小さくて微弱な光源体を星と呼んでいた。
太陽が西へ沈むと同時に、一行は衛兵に見つからないよう細心の注意を払いながら現地に向けて出発した。クルヴスが立てた道筋を、フィンやルスランが先導し周囲を警戒しながら進んでいく。ヌライもサリーフの指示で要領よく動けるようになっており、もはや密かに動きまわるのはお手のものである。
クルヴスは崖近くの洞窟まで来ると、フィンの肩を叩き、建物を指差した。そこにステラがいるのだ。
フィンは素早く手を上げ、全員の注目を集めた。そして語りかけた。
「僕とヌライ、サリーフでステラを救出しここまで運ぶ。そしたら人目につかないように離散して、クルヴスとルスランがステラをトロッコまで案内する。必ずステラに同行する者と見張り役の二つに役割を分けてくれ。あと、ステラを連れていない方の組は、いざというときの陽動を行ってくれ」
ついに危険な救出作戦が始まった。
フィンは、衛兵らが見張りを交代する隙に建物の裏へまわり、地面と建物の隙間に空いた小さな穴から屋内へ侵入した。幸いにもステラはすぐに見つかった。フィンは怯えきった彼女の許へ駆けより小声で慰めた。
それからステラの拘束を解き、彼女を連れ、通ってきた穴から出ようとしたそのとき、高らかに叫ぶ衛兵の声が聞こえてきた。
「その場で気をつけ! ギョクハン・ビュユクウストゥン様ご到着!」
それはこの領域の支配者である、カイゼル髭のギョクハンが到着した知らせであった。二つか三つ隣の部屋から外に出る、複数人の足音や声が聞こえる。
「休め。さて例の金の成る木を見せてもらおう。今回は並みじゃないそうじゃないか。早くここへ」
「ハッ! 直ちに!」
フィンは焦った。足音がだんだん部屋の方へ近づいてくるのだ。
「急げ! 速く穴を抜けて外へ!」
ステラを先に外へ出すと、サリーフが穴の外からフィンに声をかける。
「急いでくださいフィンさん。クルヴスさんたちはまだこのことに気づいていないので、自分たちが陽動で気をそらします!」
「フィンさん、うちとサリーフはなんとか切りぬけますから! 早くステラさんを洞窟へ!」
迷っている時間はなかった。フィンは穴の外へ這いだすと、ステラの腕をつかみ洞窟へと向かった。衛兵に出会さないよう建物の影に隠れながら進む。少しすると、サリーフたちが近くの建物に着火したのだろう、不純物の焼けた匂いが風に乗って漂ってきた。
「ハァ……ハァ……二人は無事だろうか」
「フィンさんどうしてここが分かったの……?」
「いろいろあってね。細かく話してる暇は……」
「ごめんなさい……わたしのせいでお友達が危険な目に……!」
ステラは泣いていた。声を殺しながら嗚咽し、小さな声でずっと謝っていた。
「君が無事で良かった……。僕たちはすべきことをしたまでだよ。それにお礼は帰り着くことができてからだ!」
フィンはそう言って、ステラの肩に手を置き、優しく微笑んだ。そして、二人はクルヴスらの待つ洞窟へと急いだ。




