第一九話 金のなる木
★★★~ジン王国 アンカラの町~★★★
フィンに代金を渡しおえ帰る途中、ステラは彼らのことばかりを考えていた。一歩一歩進むたびに、彼らと過ごした数日の思い出が、走馬灯のように去来する。たった数日の出来事であれど、抱いていた思いは強いものであった。なぜなら、王族である彼女にとって、彼らは初めて対等に接してくれた友人なのだ。
彼女は立ちどまり、深くうつ向きながら溜め息をはいた。そして、名残惜しそうに歩いてきた道を振りかえった。
(ここで帰ればもう二度と、フィンさんたちには会えない……。フィンさん……ポニーさん……クルヴスさん……。もう……会えないのね……?)
フィンたちは国外脱出という危険を冒してでも、尊厳を守り生きることを選択した。一方で、ステラにはルーダン王国という居場所がある。王女という立場を鳥籠の中にいるようだと憂うときもあるが、そこには何不自由のない暮らしがある。
彼女は、大切な友人たちとの早すぎる別れを悲しんだ。と同時に、フィンたちとともに手を伸ばせば、叶うことはないと想像の中だけに閉じこめていた憧れの場所へ行けるのだろうかという、淡い感情も浮かんでいた。うつ向きすぎて凝ってしまった首を按摩しながら、彼女は再び溜め息をついた。
それからしばらく歩いても、暗い鉱山内に入ったせいか、気持ちが晴れることはなかった。
気がつくと、廃坑の入り口に着いていた。光石の明かりで廃坑の扉を照らし、足を踏みいれようとしたそのとき。
「キャッ!」
突然目の前がまっ暗になった。
「ふへへへ、捕まえたぞガキんちょ!」
強欲に満ちた声が鉱山内に響きわたる。
彼女は突然背後から何者かに襲われ、顔に紙袋のような物を被せられた。そして、そのまま袋の上から手で口を抑えられ、彼女の意識は遠のいていった。
目が覚めると、がらんとした部屋の中で、木製の椅子に手足を縛りつけられていた。口は布のような物で覆われており、言葉を発することもできない。縄を振りほどこうと、何度も体を揺らし動かしたが縄が緩むようすはなかった。
椅子は長年使用されていた物なのか、少し動くだけで軋み、耳障りな高音が鳴った。その弱々しくも耳に残る音は、まるで老婆が耳元で残忍な言葉を囁くかのような異質さで神経を逆なでし、彼女の心に確かな恐怖を植えつけていった。その感覚を裏づけるように、椅子や椅子の周りの床には、赤黒いシミが付着していた。
暴れたり、叫んだりを小一時間繰りかえしていた彼女は次第に疲れていき、やがて抵抗するのをやめた。事ここに至り、彼女は自身が救いようのない現実に身を置いていることを悟った。城下街へ赴くにあたり、兵士たちがなぜ馬車を守っていたのか、その意味にやっと気づいた。
彼女は、不安と恐怖に押しつぶされ、目からは大粒の涙が溢れだしていた。
(わたし……これからどうなるのかしら……? もうお父様やバーバラたちにも会えないの……? 二度と会えないの……?)
それからどのくらい時間が経ったであろうか。数分のようにも、あるいは、数時間のようにも感じられた。生きた心地のしないまま、気がつけば彼女は疲労から眠ってしまっていた。
扉の隙間から差しこんだ光は次第に伸びていき、椅子に座る少女の顔を照らす。少しすると少女は目を覚まし、慌てふためいたようすであったが、自身の置かれていた状況を思いだしたのか、すぐにおとなしくなった。
ステラは一度眠ったことで、頭の中は澄んでいた。しかし、依然として身動きはとれず、現状を打開する方法を見つけることもできなかった。
XXX~ジン王国 湖岸沿いの古民家~XXX
ステラと別れてから数日後、子供たちの訓練をする傍ら、フィンは店主としての仕事も抜かりなく勤しんでいた。
「いらっしゃいませ」
「おう、子供店主。久しぶりだな」
「貴方は……あぁ、鉱夫の方でしたね」
その鉱夫は、癇癪持ちでよく衛兵と揉めていた。通常であれば即座に殺されてしまうのだが、彼は管理下にある子供たちから受けとった金鉱石を賄賂として横流しにすることで、なんとか生きながらえていた。
処世術ばかりに長けた獣は、衛兵に賄賂を渡してばかりのため、人一倍貧しかった。
(僕の店は技術が高く評価されているお陰で、品物は高く売れる。この鉱夫が店に物色に来るなんて……おかしい……!)
フィンの疑惑の目にも気づかず、鉱夫は自慢気に語りだした。
「金のなる木があってな。カイゼル髭の兵士さんが大盤振る舞いしてくれて、その木を今度譲りわたすことになったんだ」
それから鉱夫は小さな声でぼそりと呟いた。
「やっとうるせぇガキを売りとばせるぜ……へへ」
鉱夫の顔は、まさに悪人のそれであった。フィンはこの鉱夫が担当する鉱山が、ポニーから聞いたステラと出会った廃鉱にほど近いことを知っていた。
彼は胸騒ぎを覚えた。
(金のなる木なんて……このアンカラにそんなもの……あるわけがない。きっとステラのことだ。帰る途中に人拐いに逢ったんだ……!)
フィンは男が帰ったあと、ステラを助ける算段を立てようとしていた。貧困に喘ぐ町。金目のものなどない町で人拐いなど起きることは珍しかった。
どのようにして所在を特定し、助けだしたら良いのか皆目見当もつかず、一人では無理だと判断した彼は、すぐに隣の部屋の扉を開け、座学に励むクルヴスを呼んだ。
「クルヴス……ちょっといいかい?」
クルヴスはペンを置くと、フィンのいる部屋へ向かうため席を立った。
「あぁ、そんなに血相を変えて……どうしたの? なにかあった?」
「大変だ……ステラが人拐いに逢ったかもしれない」
それからフィンは、店であった一連の出来事をクルヴスに伝えた。
「えぇ! どうしよう!」
「落ち着いてくれ。どこにいるのか分からないが、鉱山近くなのは確かだ。クルヴス……その近くで、子供一人を隠しておける場所はあるかい?」
「そうだね……フィン! それならきっと<鹿ノ崖>の近くだ」
鹿ノ崖とは、オス鹿の角のように鋭く尖った二つの岩が、天を穿つかのように聳える崖のことである。
「確かに、あそこは崩落事故があってから、無人の家屋が立ちならんでいる。だから、悲鳴をあげられても誰にも聞こえない……。それに何より……」
「なにより……?」
クルヴスが恐る恐る尋ねる。
「カイゼル髭の兵士の支配領域だ。尚更、取引には絶好の場所だ!」
フィンは話をつづけた。
「まずいな……鉱夫が品定めに来たということは、もうすぐ取引を終えて報酬を受けとるということだ。ステラの身が危ない……もう時間の猶予はないじゃないか!」
フィンの話す内容から事の深刻さを理解したクルヴスはごくりと唾を飲みこんだ。




