第一八話 弱虫ファリド
翌日、フィンは、日中に子供たちを集めていた。
「よし、今日も訓練だなサリーフ」
「はい。今日は子供たちをよく観察して、柔軟に対応していきます!」
サリーフは松葉色をしたヒジャブを締めなおしながら意気ごんだ。
「その意気だ。頑張ってくれ……!」
そう答えながらもフィンは、子供たちが途中で音を上げるのではないかと心配していた。サリーフが堅物であるため、柔軟に対応している姿を想像できなかったのだ。だがそれ以上に、危惧することがあった。それは今日の訓練の面子の中には、あの少年がいたのだ。
彼はサリーフが連れてくる子供たちを家で迎えたあと、その少年に声をかけた。
「久しぶりだねファリド。鉱山で会った時以来だ」
「あのときは……泣いちゃってごめんなさい。うるさかったですよね……?」
「そんなことはないさ。また会えて嬉しいよ」
フィンは少し微笑みながら答えた。
「サリーフ、体力強化の訓練は任せたよ。昨日教えたことを忘れないようにね?」
「はい! もちろんです!」
フィンはサリーフたちを裏庭へ案内したあと、家の中へ戻った。そこではクルヴスらの座学がおこなわれていた。
「今日はルスランが労働で来られずか……。少しでも長く、文字や知識を教えたいところだけど、仕方ない」
「フィン、今日の分の学習は終わったよ。次はなにをすればいいと思う?」
「そうだな……そうだクルヴス。大雑把で良いから、複数枚ジン王国の地図を書いてくれないかい?」
「王国の地図なんて描いたことないけどできるかな。でも、どうしてだい?」
「全員が生きてリエールへ辿りつく為には、何班かに分かれる必要がある。その時に地図があれば何かと便利だ」
「確かにそうだね……うん、やってみるよ!」
「ありがとう。細かい補足情報は、今度ルスランに書き留めて貰おう」
クルヴスが地図を作成するようすをしばらく眺めながら、彼は思案していた。
(サリーフやルスランには、クルヴスやポニーのように上手く役割を与えられそうだ。二人とも重要な役割を担えるだけの気概はあるが、本当に大丈夫だろうか……。それに他の子供達はちゃんと最低限の成長を遂げられるだろうか……。いざという時に身を守れるだけの成長が……!)
いつの間にか眉間にシワを寄せ、険しい表情をするフィンに気づいたクルヴスは、彼の肩を叩き、呆れた表情で話しかけた。
「おいおいフィン……僕の地図の出来が悪いから睨まれてるのかと思ったじゃないか……」
「す、すまないクルヴス!」
「まぁいいさ。考えにふけるのが君らしさだよ。でも、そんなに一人で背負いこまなくても、僕やポニーだっている。君にとっては心許ないかもしれないけど、僕たちを頼ってよ!」
「クルヴス……ありがとう。今回の計画は皆の命がかかっているから……失敗はできない。それに不確定な要素が多いからね」
「そうだね。でも……なんとかなるさ!」
「どうしてそう思うんだい?」
「どう転んでも、道は繋がっているからさ……! たとえ間違って遠まわりしたとしても、目指す場所を見うしなわなければ、必ず辿りつける」
それからフィンは、サリーフたちのようすを見に裏庭へ向かった。子供たちの中には、数名、訓練についていけず庭の隅で泣いている者もいたが、ほぼ全員がサリーフに従って体力強化をおこなっていた。
「昨日よりは上手くやってるようだな……。ん、あれは……?」
訓練をおこなう子供たちの集団に一人だけ遅れてついていくファリドの姿があった。彼は、涙を流しながらも必死に食らいついているようすであった。
「ファリド! もっと早く走れ! 諦めたらやり直しだぞ!」
「サリーフ、ファリドは何で泣いてるんだい?」
フィンはサリーフの許へ行き、尋ねた。
「あぁ、フィンさん。ファリドは、訓練に上手くついていけない自分が情けなくなったようです。打たれ強くはないですが、休まずついていこうとする意思の強さがあります」
「ファリドは座学の方が向いてるのかも知れないな。諦めの悪さは、学ぶ強さにもなる」
フィンはその日、訓練を終えた子供たちを見おくったあと、ファリドを家へ招いた。
「ありがとうございますフィンさん。ボクがダメダメなばっかりに手間をかけさせてしまって……すみません」
「謝る必要なんかないよファリド。人には向き不向きがあるんだ。色々と試すのは理に適っているよ」
それからフィンは、一対一で学問を教えた。物理学、易学、数学など多岐に渡る授業をしたが、ファリドは、どの学問に対してもまったく理解が追いついていないようすであった。
「すみません……ボクは体力がなくて……頭も悪くて……勇気もない弱虫で……」
「でも、根性はある。それは何よりも大切な、意思を生むんだ」
「意思なんかないです……ボクは命令されるがままに動くだけです……。バツが怖いから……」
「卑屈になるなよファリド……君の悪い癖だ。……最近の僕も似たようなものだけどね……」
「そうなんですか?」
「あぁ……でもそのお陰で、理不尽に目をそらさずによく考えて、ここから抜け出すという大きな決断を下すことができた。悪い事ばかりではないのかもしれないね」
「フィンさんって人の長所を見つけるのが上手ですよね。サリーフさんの規律重視な所は監督役にうってつけです」
「あれは彼がやりたいと言ったから、やらせてみただけだよ。ああいう融通の効かない性格は本来なら損ばかりするけど、活かせない訳じゃない。君のその性格もいつかは活かせるようになる。全ては君次第だ」
「でもボク……」
「往生際が悪いなぁ。まったく……」
そう言ってフィンは少しだけ笑い、ファリドの頭を撫でた。