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幻精ノ国  作者: 唯響(いおん)
第一幕〜緑ノ石〜
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第九話 アンカラの日常

    挿絵(By みてみん)



 XXX~アンカラの湖岸沿い~XXX



「ねえフィン! また大人たちがなん人も広場行きにされてるよ!」


「本当かい? 止めに行かないと!」


 フィンは息を切らしながら、クルヴスとともに広場まで走った。広場と呼ばれるそこは、周囲に草木が生いしげった岸壁にあり、だだっ広いだけの空き地である。


 そして広場行きとは、残忍な処刑を意味していた。このアンカラでは、ほんの些細なことでさえも罪に問われることがあり、恒常的に処刑がおこなわれていた。


 消耗品のように扱われる人々と、その残虐さをも楽しみ良しとし、いたぶる狂気。労働を課せられている大人たちは、仲間の最期を看とりに行くことさえ許されていない。アンカラは理不尽に満ちている。


 広場へ辿りついた二人は、木陰に隠れた。


 そこには数人の裸同然の大人たちが、茶色い染みのついた角張った小石が敷き詰められた地面に膝を突き、(こうべ)を垂れていた。


「なあ衛兵さん、なんで俺たちが殺されなくちゃいけないんだ! 理由ぐらい聞かせてくれ!」


「んなもん知らねぇよ、どうせ昨日のやつみたいに、酒場で話しかけた女が衛兵の女だったとかそんな理由だろ。運が悪かったなお前」


「待ってくれ、俺はそんなことしちゃいない! なにも知らずに殺すのか!」


「それが仕事だからな」


 そのやり取りを二人は木陰から静観していた。


「あれは……鍛冶屋のおっさんじゃないかフィン!」


 地面にひざまずく男のうしろ姿を見ていたクルヴスが、思いだしたように叫んだ。そして隣にいるフィンを見ると、彼はただ冷静に、救いだす方法を思案しているようであった。


「おいフィン……まさか……!」


「クルヴス。君にも手伝ってほしい」


「なにバカ言ってるんだ! 剣だって持ってきてないし。それに君はもうすぐ一五歳だろ。もし捕らえられでもしたら……」


「大丈夫だよクルヴス。僕を信じて!」


 フィンはそう言うと、クルヴスに小耳を打った。



 会話を終えた衛兵が、剣を構え、振りおろそうとしたそのとき。


 フィンは息を切らす素ぶりをしながら、広場に飛びだしていった。


「ハァ……ハァ……ハァ……大変だ! 衛兵さん助けてくれ! ついさっきアンカラの鉱山が廃坑になってしまって、開鉱の為に鉱夫が必要なんだ!」


「あぁん、なんだぁ?」


「子供じゃ開鉱はできないから、とにかく大人たちが必要なんだ!」


「知るかよ、仕事の邪魔だ」


「フィーン!」


 二人が話しているうしろから、クルヴスも息を切らしながら駆けよってくる。


「ハァ……ハァ……ハァ……このままじゃ……マズいよ。リエール王国に納める……鉱物資源が……不足してしまっていて……衛兵さんに渡している……キンピカの……石が……渡せなくなるかもしれない!」


 息が切れているクルヴスを見て、フィンは、唇を強く噛みしめた。


 子供たちの会話を聞いた衛兵は、そっと剣を下ろした。


「今の話、本当か?」


「本当ですよ。だからこうして急いで伝えに来たんです!」


「お前たち、すぐに開鉱に向かえ」


 そう言うと衛兵は大人たちを縛っている縄を切り、その場を去っていった。


「迫真の演技だったよクルヴス」


 フィンは苦笑いを浮かべながら言った。


「セリフを間違えるかと思ったよ……ハァ……ハァ……」


「ありがとう、フィン、クルヴス。助かったよ。ところで廃坑になったって本当か?」


「うん本当だよ。全ての鉱山が廃坑になった訳ではないけどね。近々開鉱するための鉱夫を募集すると聞いているよ。ポニーの情報だから間違いはないはずさ」



 ~~後日 鉱山にて~~



「おいファリド、てめえなに休んでんだ」


「すみません衛兵さん、さっきからお腹が痛くて……ユースフにお願いして作業を休ませてもらってます……」


「そんなの知るか、さっさと働け!」


 そう言うと、衛兵はまだ子供であるファリドの腹を蹴りつけた。


「クソガキが……あの鉱山の表面は堅いからデケェ穴は開けられねえ。おデブのユースフにお前の代わりは務まらねぇんだ。さっさと戻って、奥で鉱石を掘ってこい!」


 ファリドは涙を流し、お腹を抑えながら作業場へ向かうために立ちあがる。か細い泣き声を我慢し、嗚咽(おえつ)しながらも足早に戻ろうとした。


「おいファリド!」


 衛兵に呼びとめられファリドは振りかえった。


「ユースフを連れてこい」


 ファリドは、小さくこくりと頷き、元いた作業場へ戻った。


「ねぇユースフ、衛兵が呼んでるよ」


「えぇ、呼びだしなんてツイてねぇな」


 ユースフはそう言って、ツルハシを地面に放りなげた。ツルハシの鈍い金属音が坑道中に響いていた。


 その後、衛兵の許へと向かっていったユースフが、作業場に戻ってくることはなかった。


 作業が終わり、ファリドはユースフを探した。見つけたとき、彼には指がなく、歯が欠け、片目が(えぐ)られていた。そしてすでに虫の息であった。


 それを見たファリドは思わず悲鳴を上げた。その声を聞きつけた仲間たちが、 ファリドの許に駆けよってくる。


 ファリドは涙をこぼしながら呟いた。


「ユースフ、いったいなにが……」


 するとユースフを見た大人の一人が口を開いた。


「他人を庇うなんて非効率だから、作業の和を乱した罰を受けたんだ」


「そんなの……酷すぎる!」


「仕方ないさ、和を乱したら罰せられる。初めてじゃないし普通のことだよファリド。自分勝手なことしちゃダメなんだよ」


 ファリドはとても理不尽なこの世の理に、涙がとまらなかった。優しくて真面目な人が不幸になるこの世の中を憎んだ。そして、ユースフの息が途だえるまで、側で手を握りつづけた。



    挿絵(By みてみん)

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自作ボイスドラマです。 https://youtube.com/@GENSEI_NO_KUNI
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